第三話 山中の攻城戦 4

「メリッサ、どこに……」

 メリッサを探し急襲部隊の駐留場所へ向かう詠太えいた


「あれは……!!」

 詠太えいたが見つけたのは前方に浮かぶ一匹のワイバーン。そしてその下にいるのは――メリッサだ。

 策を弄している余裕はなかった。詠太えいたの乗るワイバーンはスピードを上げ真っ直ぐに突き進む。


「おおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉっっ!!」


 接近する気配にレイチェルが振り返る。

「あのワイバーン……騎士用の上位種 《ハイクラス》!?」


 詠太えいたの乗ったワイバーンはレイチェルの手前で急降下し、その足がメリッサを掴み上げた。

「ンニャーーーーッ!! ……あれ? ご主人……!?」

 そのままレイチェルを無視して一気に飛び去る詠太えいたたち。


「なっ! 逃がしませんわよ!!」

 即座に追跡にかかるレイチェルであったが、すぐさまワイバーンに制止をかける。

「いえ……まあいいですわ。それより――」

 レイチェルはワイバーンを旋回させると、そのまま砦の方向へと飛行を始めるのだった。



「司令官殿!」

 ワイバーン発着用の塔で、戻ったレイチェルを兵士が迎え入れる。

「至急裏側にも兵を回しなさい! リドヘイムの別動隊が来ますわよ!」

 レイチェルはワイバーンから降りざまに言い放つ。

「……このチェルモッカ砦、そう簡単に堕ちはいたしませんわ!」

 兵士たちが慌しく動く中、城塞内部へと歩を進めるレイチェル。

 辺りを包む喧騒が、次第に大きくなっていく――



 場所は移って砦の前庭部。未だ激しい戦闘の最中ではあるが、そこでは現在ちょっとした混乱が生じていた。


「おいあそこ……!!」

「兵が引っ込んで行く……!?」


 陽動部隊の兵士が指差した城塞の上で、隙間無く配置されていた兵士たちが次々と建物内に消えていく。

 そしてそれと入れ替わるようにして人影が現れ、前庭部を見下ろして仁王立ちの体勢で立ち止まった。


「おーーーーーーーっほっほっほっほっほ!!!!」


 高らかに響き渡る笑い声に、両軍の動きが止まる。


「リドヘイムの皆さん、ごきげんよう。わたくしはこのチェルモッカ砦を統括するレイチェル・フロイデンベルクと申します。このたびは少人数での果敢な戦闘、大儀でありました。でも……残念ですわね。わたくしたちは『おとり』のあなたたちに構っている暇はございませんの」


「!!」

「ばれた……っ!?」


「この砦に地上からアクセスするルートは二つ……正面と、裏側斜面ですわ。正面からはあなたたち。残るは……裏ですわね」

「クッ……!」

「すでに消耗しきったあなたたちのお相手など、もはや微小な兵力で十分。残りは裏側の守備へと回させていただきます。あなたたちはそこで何も出来ずに地団駄でも踏んでいらっしゃるといいですわ。おーーっほっほっ!! おーーーーーっほっほっほっほっ!!!」


 レイチェルは勝ち誇った顔で颯爽と引き揚げていく。

 それを呆然と見つめるリドヘイム軍の兵士たち。


「おい……どうすんだこれ……」

「いくらかはこっちに引き止めておけたとしたってこれじゃ……」

 兵士の間に動揺が広がる。


「慌てるな! 俺たちは俺たちのなすべき事をする! 少しでもこっちに兵力を割かせるんだ!」

 ハインツが檄を飛ばす。しかし――

 敵は先程までの激しい攻勢から一転、ハインツたちを遠巻きに包囲したまま動きを止めている。今はここに陽動部隊を釘付けにする事を優先させ、急襲部隊の方を片付けてから一気に叩く算段だろう。

 あたりに膠着ムードが広がり始めたその時――


「!!」

 何かを察知したリリアナが顔を上げた。

 リリアナがその視界に捉えたのは、遠方から近付いてくる影。はじめ点のようにしか見えなかったそれはみるみる大きくなり、ドラゴンのシルエットを形作った。


「……詠太えいたっ!!」

「主殿!!」


 それは詠太えいたの乗ったワイバーンだった。

 砦からワイバーン兵が次々と飛び立ち、詠太えいためがけて一斉に襲い掛かる。

 しかし――他の個体の優に二倍はあろうかという体躯を持つ詠太えいたのワイバーンは、それをやすやすと弾き返しながら砦との距離を詰めていく。


「……あれ? これブレーキってどうすんだ!?」

 減速もせずに砦へと突っ込んでいく詠太えいたのワイバーン。その先には対急襲部隊用に新たに配置されたセレニア兵が待ち構える。

「うわっ、うわわわわわっ!!!!」


 ゴッ! ガガガガガガガ…………!!!!!


 隊列の只中へと突っ込み、多数の兵士を巻き込みながら着地するワイバーン。


 城塞の石組みをがらがらと崩し、砂塵をまきあげながら両の足でブレーキをかける。

 そしてその巨体がようやく止まった時には――配置されていた部隊は既に半壊の状態に陥っていた。

 それでもかろうじて残った兵士たちが即座に駆け寄り詠太えいたを取り囲む。


「くそっ! ワイバーン! 炎だ!! ……ってそもそも吐けるのか?」

 ゴウッ――

「おぉっ! 出た!!」

 強烈なワイバーンの炎がセレニア兵を襲う。これがとどめ。あっという間に一個隊全滅である。


「すげえ! これなら……!!」

 喜んだのも束の間。突如ワイバーンの身体が光に包まれたかと思うと、その姿は一瞬にして掻き消え、詠太えいたの身体は支えを失った。

「うわっ!!」

 そのまま足元の石畳へと叩きつけられ、悶絶する。

「くぅ~、あたたたた……」


 カッ――


「ん?」

 目の前に現れた人影に顔を上げると、そこにはレイチェルが詠太えいたを見下ろして立っていた。


「あなた……!!」


 ――コイツ、さっきの……


 詠太えいたは無言で立ち上がり、レイチェルと正面から対峙する。

 どちらも口を開かない。ただ黙ってお互い睨み合う。

 幾許かの時を経てレイチェルが何かを言いかけたその時、建物の中からセレニア兵が走り出てきた。


「敵が来るぞー!! 準備は整っ――なんだこれは!?」

 現場の惨状に驚く兵士にレイチェルが答える。

「……ご覧の通りですわ」

「司令官殿!?」

「敵の本隊は確認できまして?」

「はっ! 現在目視で捉えられる位置まで接近してきております。その数およそ百!」

「そうですか……」


 レイチェルは目を閉じてしばし沈黙した後、静かに言った。

「……皆に撤退を命じなさい」


「はっ!? 今、何と……」

「主力のワイバーン兵が十数騎の損失、それに加え迎撃用の弓兵、魔法兵の部隊はほぼ壊滅。この状況でさらなる戦闘を強いることは司令官として断じてあるまじき行為。皆に撤退を命じるのです!」

「……はっ!」


 レイチェルは驚くほどあっさりと撤退の決断を下した。その顔には先程までの怒りの表情はない。


「撤退ーーーー!! 撤退ーーーー!!」

 撤退命令を伝える兵士を見送り、レイチェルは詠太えいたに視線を向ける。


「あなた……名前は何とおっしゃるのかしら」

秋月あきづき……詠太えいた

「種族は?」

「種族? ああ……人間だけど」

「なっ!? 単なる人間がハイクラスのワイバーンを使役し制御していたと言いますの!?」

「……?」


 何を言われているのか今ひとつ分かっていない様子の詠太えいたにため息をひとつつき、レイチェルは顔に不思議な笑みを浮かべる。

「あなたには興味が湧きましたわ。またお会いしましょう、アキヅキ」

 そう言い残すとレイチェルは詠太えいたに背を向け建物内部へと消えていった。



「ご じ ゅ じ ん゛ ~~~~!!!!」

 急襲部隊を先導してきたメリッサが詠太えいたに飛びつく。

 先程のメリッサ救出後、急襲部隊の陣へと向かい出撃を伝えた詠太えいたは、部隊の先導役としてメリッサを残してきたのだった。


「これは……」

 アルバートが呆然と見上げる先の塔からはセレニア兵を乗せたワイバーンが次々と飛び去っていく。


「メリッサ、部隊ちゃんと連れて来たよ? ご主人のところに戻ってきたよ?」

「わかったメリッサ……! わかったから!」


 抱きついて頬をすり寄せるメリッサを引き離そうと悪戦苦闘する詠太えいたの元にハインツら陽動部隊が駆け寄る。

「どういうことだ!? セレニアの兵たちが急に……!」


 詠太えいたが事の経緯を説明すると、ハインツは目を丸くして驚いた。

「てことはお前、あの状況をたった一人でひっくり返したのか!? がぁーーーっ! お前、大したヤツだよ! 大したヤツだ!!」

「俺はワイバーンに乗ってただけで自分では特に何も……」

「いや、それを使役していたのは間違いなく主殿だ。今回は武勲を誇っていい」

「そうね。アンタもしかしてサマナーの才能あったりするんじゃない?」

「ねーーえーーねーーえーーごしゅじんーーーー」

「だからわかったってーー!」


 山奥の城塞に賑やかな歓喜の声が響く。

 こうしてチェルモッカ砦の急襲作戦は見事成功を収め、リドヘイム軍は対セレニアの新たな要衝を得るに至った。

 砦の保存庫から発見された大量の食料は兵士の飢えと渇きを潤し、勝利の宴はその夜、遅くまで続いたのだった。

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