第2話 振り返らない
駅前のカフェにて。
俺はブラックコーヒーのホットを注文して小さなテーブルへと持っていった。
椅子に腰を掛け、真正面に座る少女に視線を向ける。
「あ、あの……その! 突然すみません……!」
「……いや、別にいいけど」
どうしてこのような状況になっているのか。
それは遡る事、三十分前――
「お、お久しぶりです」
「ひ、久しぶり」
「…………」
「…………」
気まずい沈黙が流れる。
何もないなら立ち去りたかったが、少女が目を泳がせ、それでも何か言おうとしていたので「はいそれでは」とはいかなかった。
「あ、あの! お話があるので、ええと……か、カフェにでも行きませんか⁉」
「お、俺に?」
「はい! 大事なお話なんです」
そこまで言われてしまったら断るのも気が引けてしまい、断りきれなかった俺は小さく頷いた。
という感じで今に至るわけだが、正直な話彼女が話すであろう話の内容はおおよそ予想が出来ていた。
だから断れなかった、というのもあるだろう。
「あの……私、
「……知ってる。君はあの中学校では有名人だったから」
涼風聖奈。
俺が通っていた中学校では飛びぬけて可愛かった正真正銘の美少女。
薄いピンク色の長い髪とビー玉のような、それでいてサファイアを連想させる瞳が特徴的で非常に温厚な性格だと聞いたことがある。まぁこれは見るからにそうだろう。
身長は160㎝ほどと女子にしては高く、顔立ちは言わずもがな整っており、常に柔らかい表情をしている童顔。
中学では絶大な人気を誇っており、芸能事務所に何度もスカウトされたことがあるとか。
――そして何より、あの時不良たちに襲われた少女であり、俺が助けた少女だ。
「そ、そうですか。……あの、まずは、その……言わなければいけないことがあって……」
「……うん」
「あ、あの時はありがとうございました……! そして、本当にごめんなさい……っ!!!」
涼風さんは深々と頭を下げた。
「顔を上げてくれ。別に涼風さんが謝ることじゃない。何も悪いことはしてないんだから。むしろ被害者だろ? だから責任を感じる必要なんて全くない。だから顔を上げてくれ」
「いえ……そんなことはありません。時雨君は私を助けてくれました。……襲われていた私を。それに、私の力が足りなかったから。だから時雨君の誤解を解けなくて……。本当にごめんなさい!」
頑なに涼風さんは顔を上げようとしなかった。
むしろさっきよりも深々と頭を下げた。
「もういいよ。別に君が責任を感じる事じゃないから。あれは……あれは、しょうがなかったんだ」
「で、でも……!」
「ほんとにもういいんだ。もう、いいんだ」
とっくのとうに俺は諦めている。諦めているからこそ、こんな遠い学校を選んだ。
確かに悔しいし、なんでだよって思うときもある。けど、もうどうしようもないってことはちゃんと分かってる。
だからもう、あの件に関しては終わらせたかった。
「じゃあ、俺はそろそろ行くから」
コーヒーを一気に飲み干す。
まだコーヒーは熱を持っていて、おかげで舌をやけどした。しかし、今はそんなことどうでもよかった。
今はとにかく、終わらせたかった。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
立ち上がった俺を涼風さんが引き留める。
「……この学校に通うことにしたのって、あのことがあったからですよね」
「……まぁ、そうだな。誰も俺のことを知らない学校に行きたかったから。だからこそ、涼風さんがいたのはびっくりしたよ」
そういえば、なんで涼風さんはこんな県外の学校を選んだんだろう。
――まさか、な。
「時雨君にその選択をさせてしまったのは私です。だからやっぱり、私が……」
「涼風さんのせいじゃないよ。誤解を受けてしまったのも、この学校に通うことを決めたのも全部俺だ。全部俺の選択なんだ。だから、涼風さんが責任を感じる必要は全くないんだ。それに……」
「…………」
「涼風さんに何を言われても、何をされても。今の俺は変わらない。謝罪をされたところで、あの過去は変わらないんだ。そして今の現状も、何も変わらないんだ……」
「っ……!」
涼風さんの苦しそうな、悲しそうな表情を見て自分が少し強く言ってしまったことに気が付く。
しかし、今気づいたところで全く意味はなくて、取り消そうという気にはならなかった。
むしろこれで涼風さんが俺に幻滅して、そっとしてくればとさえ思った。
「……で、でもっ! それでも私は時雨君に謝りたい。そして、ちゃんとお詫びがしたいんです!」
「涼風さん、もうほんとにいいんだ。気持ちだけでも受け取っておくよ」
ここでいつまでも話していたところでしょうがない。
机の上に千円を置いて、強引にでも立ち去ろうと思ったその時。
「わ、私に! 私にできることがあれば何でも言ってください……! 私にできることなら何でも、なんでもしますから……っ!」
「…………」
涼風さんが俺の服の袖を掴む。
なんでも、か。
普通のラブコメだったらなんでもという言葉に色々な、健全な男子高校生が考え付きそうなことを連想してしまうが、俺は連想しなかった。
確かに涼風さんは可愛い。
きっと世の中の男子なら、涼風さんにこんなこと言われて天にも昇る気持ちになるに違いない。
でも、俺にとって涼風さんはあの時の人で、断ち切りたいものに変わりなかった。
「本当に大丈夫だから。気持ちだけありがたく受け取っておくよ。――じゃあ」
涼風さんの手を優しく袖から解いて、俺はカフェを出た。
涼風さんが後ろで何か言っていたが、決して振り返ることはしなかった。
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