第4話 誓いです


 私、涼風聖奈はあの日、彼に助けられました。


 四人の男の人に乱暴されているところを、彼は勇敢に助けてくれました。

 今でもあの光景は忘れません。四人の男の人に迫られて、世界がまるで終わってしまったかのように感じたその時、彼が来てくれたのです。


 彼は私にとって、どんな映画やアニメに出てくるヒーローよりも、ヒーローでした。


「もう大丈夫。あいつらはもういない。だから大丈夫だ」


 彼はそう言って、私の頭を撫でてくれました。


 なぜでしょう。私は彼に触れられて、体中がぽっと温かくなりました。彼は魔法使いなのでしょうか。すごいです。

 しかも、彼は温もりと、そして安心感をくれました。そうなると、私は目から溢れる涙を止めることはできませんでした。



「――先生、こっちです!」



 その声が聞こえて、私はさらに安心しました。

 もう怖い思いをしなくて済む、もう大丈夫なんだ。そう思ったら、どんどん涙が溢れていきます。


 ――でも、予想外のことが起きました。



「おい、何やってんだ! その子から今すぐ離れろ!!」



 彼は感謝されるのではなく、ぶたれてしまいました。

 一瞬頭が真っ白になります。私には状況がよく理解できませんでした。


 その後も彼は駆け付けた方に色々と言われ、そこでようやく彼が私を襲った人だと勘違いされていることに気が付きました。

 言わなければいけません。彼は私を助けてくれたのだと。


「いや、違うんです! その人は……」


「いいから。もう安心してくれていい」


「で、でも……!」


 私が何か言おうとするたびに、先生たちは私の言葉を遮りました。

 どうしてでしょう。どうして私は、正しいことを言わせてもらえないのでしょう。


 そして彼は私の目の前で、大勢の人たちに押さえつけられてしまいました。

 彼の苦しそうな顔を見て、私は絶対に何とかしなければいけないと思い、叫びました。


「ちょっと!! 待って!!!」


 必死に叫びました。先生たちに止められても、私は叫び続けました。

 しかし、私は結局、何もできませんでした。





 それから私は、今回の事件の被害者のため色々と話を聞かれました。


「違うんです! あの赤い髪の人は、私を助けてくれた人で……!」


 必死に主張し続け、あの日から数日が経ってようやく誤解を解くことができました。

 早く彼に会いたい。会って早くお礼が言いたい。そしてごめんなさいと言いたい。


 でも、私が学校に登校できるようになった頃にはすでに遅かったのです。


「大丈夫? 時雨の奴がやったんでしょ?」


「あいつ最低だよね。昔から変だとは思ってたけど、まさか犯罪を犯すなんて」


「信じられない。許せないよあいつ」


 大多数の人たちが、私を襲ったのが彼だと認識していました。

 そして探しても探しても、彼はどこにもいませんでした。彼は学校に来ていませんでした。


「あ、あぁ。時雨は今日も、学校に来てないよ」


「先生! 私が時雨君にプリントを私に行きます!」


「で、でも涼風、他クラスじゃ……」


「私が行きます!」


 それから毎日、私は彼の家に行きました。どんな日だろうと、私は彼の家に行きました。



「あの、時雨君いますか?」


「あの、今日も時雨君にプリントを……」


「時雨君、部屋からは……」


「時雨君には会えないでしょうか?」


「時雨君に手紙を……」



 何度行っても、私は時雨君に会えませんでした。


「ごめんね、聖奈ちゃん。要、誰にも会いたくないみたいで」


「いえいえ、大丈夫です。いつか会えるようになったら、それでいいので」


 どれだけ断られても、私の意志は揺るぎません。


 私は絶対に時雨君に会って、あの時のお詫びとお礼を言います。そのためだったらなんでもすると、私はそう決意していました。


 ――だから。


「……あの、すみません。一つ教えていただけませんか?」


「え?」



「――時雨君の受験する高校を教えて欲しいんです」





     ◇ ◇ ◇





 卒業式の日がやってきました。


 今日で私が時雨君の家にくるというのも、最後になりました。今日も結局、時雨君には会えませんでした。


「最後の最後までごめんね」


「いえいえ。ですから」


 私がニコッと笑うと、お母様は少し辛そうな顔をしました。


「その……聖奈ちゃん。これから言う事は正直、母親失格なんだけどね」


 そう言って、お母様は真剣な眼差しで私に言いました。



「要のこと、よろしくね?」



 お母様の言葉が、ずしりと胸に響きます。


「あの子はたぶん、一人でいることを選ぶだろうけど絶対に辛いのよ、それじゃあ。人は一人で生きていけない。絶対に誰か隣にいないとダメなのよ」


「お母様……」


「だから、聖奈ちゃんには要の隣にいてほしい。どれだけ嫌がっても、強引にでも要を離さないでほしい」


 お母様のその言葉には、強い想いが込められているように感じました。


「これを母親である私が聖奈ちゃんに頼むのはおかしい話なんだけどね」


「そんなことありません! 私は……私は! 時雨君に助けられたんです!」


「聖奈ちゃん……」


「私は絶対に、時雨君を一人にしません! 絶対に、離しません!!」


 私がそう言うと、お母様は安心したように笑いました。

 そのお母様の笑みを、私は一生、忘れません。


 今度は私が彼を救う番なんだ。そのためなら、私は何だってする。



「あ、あの……時雨要しぐれかなめさん、ですよね?」



 ドキドキする胸の鼓動を必死に抑えて、彼の目を見ます。


 私の想いが届くように、私はすべてを込めて、彼を見ます。


「私のこと、覚えてますか……?」


 私は決めたのです。

 彼をもう絶対、離さないのだと。


 そう、あの日誓ったように。

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