第5話 晴天は雨男


 自宅から少し歩いたところにある駅で電車に乗り、揺られることおよそニ十分。

 電車一本で俺が通っている高校の最寄り駅へと到着した。


 この最寄り駅は県内でも有数の利用者が多い駅として知られており、駅を中心にショッピングセンターやらデパートやらが堂々と立っている。

 そのため、学校帰りに寄ったりする人が多いらしい。俺はあまり利用しないが。


「あっ、おはようございます、時雨君」


 改札を出ると、こちらに向かって手を振る美少女が一人。

 どうやら今日も粘りの女王こと涼風さんは、俺のことを待ち伏せしていたらしい。


「おはよう。なんで今日も俺のことを?」


「いや、いつものことじゃないですか」


「それもそうなんだけど……でも、涼風さんはもう俺を根負けさせるっていう目標は達成してるだろ? だったらわざわざ朝に俺のこと待つ必要はないんじゃないか?」


「根負け……それだとちょっと言い方が嫌な感じがします」


「……涼風さんって繊細なんだな」


「ふふっ、よく言われます」


 ここで長話をしていると人の視線を集めてしまうので、とりあえず学校へ向かおうと足を動かす。

 涼風さんは俺の横に小走りで追いついて、なぜか俺の方を見てニコッと笑った。


 な、なんで笑ったんだ?


 女子というのは本当によくわからない。まぁ俺からすれば、大抵の人間何を考えているのか分からないが。いや、当然のことか。


「さっきの質問、ちゃんと回答するなら理由なんてありません。でも、無理やり理由を作るのだとすれば、これもお詫び、というかお礼の一環だと私は思っています」


「お礼?」


「はい。常に一人でいるのは少し寂しいかと思いまして」


「それ、常に俺が一人でいる寂しい奴だって言ってるようなものだぞ」


「ま、まぁそ、そうですね! 本心を言えば……ごにょごにょ」


「すまん、最後の方がよく聞こえなかったんだが」


「ひゃ、ひゃい! い、いえ、な、なんでもありませんから」


 急にどうしたのだろうか。奇声を上げた上に顔を真っ赤に染めて。

 俺の目がおかしいだけかもしれないが、頭から湯気が出ているようにも見える。


 何か俺は地雷を踏んでしまったのかもしれない。


「まぁでも、世の中理由がなくてもいいことだってあると思うんです」


「そ、そうか」


 よく分からない理論に俺はよく分からないが納得させられた。

 考えれば考えるほど分からなくなるから、考えることを自分で放棄したのかもしれない。


 どちらにせよ、俺がこの先女心を理解する日は来ないだろうなと思った。


「では、今日一日も楽しんでいきましょうね、時雨君」


「お、おう」


 本当に最近の涼風さんはどうしたのだろうか。


 何か薬でも飲んだのかと思うくらいにグイグイ来るし、やけにハイテンションだ。しかも俺をいじる余裕すら垣間見える。

 まぁ女子というのは些細なことで気分が変わると昔近所に住んでいたギャルの姉ちゃんが言っていたし、特に気にしないでおくとしよう。





     ◇ ◇ ◇





「では、また昼休みに来ますね」


「あ、あぁ」


 昼休みも来るのか。

 涼風さんは友達がいないのだろうか。いやでも、涼風さんの人当たりの良さや容姿で友達がいないっていうのは……。


 なんてことを考えながら教室に入る。


「いやマジで、昨日先輩にカフェ行かないかって誘ったんだけどさー、断られちゃいましたきっつぅ~」


「これで何回目だよ竜見。そろそろ年上諦めなって」


「いやまだわかんねぇからな⁉ 失敗は成功のもとだし? こっからカウンターだし?」


「バスケ部の先輩が、『一年でやけにチャラい男がいるから気をつけろ~』って言ってたよ。竜見君、もう希望ないんじゃない?」


「ちょっと華ぁ! 辛らつだわぁそれ! 俺の青春はこっからだって言うのにさぁ」


 クラスカーストトップの会話が耳に飛び込んでくる。


 男女四人ほどで構成された、明らかに陽キャ感がすごくてミラーボールみたいな存在感を放っているグループ。

 その中心にいるのは間違いなくあの男――爽やかイケメンの川上佐久かわかみさく。噂によると、サッカー部期待のエース候補らしい。


 天は二物を与えず、とはよく言ったものだ。

 それに加えてコミュニケーション能力も高く、皆総じて顔面偏差値が高い。

 そんな人たちが集うこのグループは他のクラスでも存在が知られているほどにド派手なんだとか。


 できれば関わりたくないな、と思いながら気配を消してそいつらの後ろを通っていく。

 

 すると俺のことを起こして喜ぶ趣味を持つ(俺の独断と偏見)新島さんが俺の存在に気づいてしまった。


「あっ、時雨君。おはよー」


 ちっ。その名前はやけに主人公感があって嫌だから呼ばれたくなかったんだ。

 そんなことを思いながら、目立たないように軽く会釈だけしておく。


 所かまわず誰にでも挨拶するような奴だ。俺みたいな奴が素っ気ない態度をとっていても何も違和感はないだろう。

 そう思っていたのだが、チャラ男で有名な竜見という奴が俺の姿に気づいてギロっと視線を向けてきた。


「あー俺も、清楚で可愛い彼女欲しいわぁ~」


「…………」


 明らかに嫌味のような言葉。そして間違いなく、俺に向けてだ。

 清楚で可愛い彼女というのは涼風さんのことだろうか。確かに清楚で可愛らしいし、ルックスで言えばこの学校一だろう。


 そんな人がこんなモブ男みたいな奴と一緒にいたら嫌味も言いたくなるのも自然なことか。


「そういうこと言ってるから彼女ができないんだぞ?」


「ほんとそう。アホだよね竜見って」


「言いすぎじゃねぇのぉ⁉」


 盛り上がる彼らに知らんぷりを決め込んで、そそくさと自席に座った。

 そして逃げるようにイヤホンを耳につける。


 すると、明らかに俺の前の席の人ではない奴が俺の方に体を向けて席に座った。


「よっ、時雨。いきなりだけど、俺のこと知ってる?」


「…………はい?」


 なんだこいつ急に……。

 よくよく顔を見れば、見覚えのある顔だった。おそらく同じクラスの人なんだろう。自己紹介の時寝ていたので名前は知らないが。


 でも、なんだか竜見って奴みたいにチャラそうだ。割とイケメンだし。

 イヤホンをつけたまま話すのは気が引けたので、しょうがなく外して鞄に入れる。


「まぁ自己紹介聞いてなさそうだったし、知らないか。じゃあ改めて、俺の名前は晴天一馬せいてんかずま。晴れが名字に入ってるけどめちゃくちゃ雨男だ。よろしく」


「よ、よろしく……」


 なんだこいついきなり。あと最後の情報いるか?


「それでまたまた突然なんだけどよ、気になっちゃってさ、一ついいか?」


「なんだよ」


「時雨はなんで髪黒く染めてんだ? ほんとは地毛赤だろ」


「っ⁉ な、なんでそう思うんだよ」


 いきなりの核心をついた発言に驚きが言葉にならない声となって出てしまった。

 そんな俺を見つつ、まるで推理を始める探偵のように、人差し指を立てて話し始める。


「市販のやつで自分で染めたんだろうけど、やっぱり綺麗に染まり切ってなくてじみーに赤い髪が見えてんのよ。まぁほんとにじみーにだけどな」


 なぜだろうか。地味の言い方が若干鼻につく。

 しかし、どうやら晴天は細かいところまで人のことを観察してるみたいだ。


「で、なんで? あんまり聞かれたくないことだったら答えなくていいんだけどさ」


 聞かれたくない……と言われれば聞かれたくないと即答できる。

 なにせ赤い髪を黒くしたのはあの事件があったから。あの事件を避けてこの髪の説明はできない。


「……あんまり答えたくないな」


「そうか。ならこれ以上は聞かないことにするわ」


「助かる」


 意外にすんなりと身を引いてくれたので助かった。

 晴天はどうやらこのことに関して重い理由があることを察してくれたようだ。察しがよく、空気が読める奴なんだろう。


「そ・れ・デ。隣のクラスの涼風聖奈とはどういう関係なんだ? 教えろよ相棒」


 少年のような純粋たるいたづら心全開にそう聞いてくる晴天。

 ……前言撤回。こいつは空気が読めると褒めてはいけない人種みたいだ。

 

 でも、確かにこんなにも涼風さんと関わりが多かったら、いつ同じ趣旨の質問をされてもおかしくない。実際さっきも、竜見とやらに悪態をつかれたわけだし。

 ならここでしっかりと弁明しておくのがベストだろう。


「別に特別な関係でもないよ。ただ同じ中学校ってだけだ」


 とても以前助けたことがあって、そのお礼で――なんて言えるわけがない。それに言いたくない。


「ほんとにそれだけかなぁ? それだけで、涼風さんがあんな顔するとは思えないけどなぁ……ななな、ほんとのこと言っちゃえよ。俺にだけさ!」


「ほんとのこと言ってるって。それに涼風さんは変な顔してなかったと思うが……」


「うーん、なるほどねぇ。ふーん」


「な、なんだよ」


「いや別に? まぁ時雨に鈍感主人公属性があるということを知って少し面白そうだなと思ってだけさ」


 晴天は品定めをするみたいに俺を足先から脳天までじっくりと見てきた。

 不思議と触れられているような気分になって、ぞっとする。


「まっ、これからよろしく頼むぜ? 相棒?」


 作り慣れた爽やかな、かつ人懐っこい笑顔で俺に手を差し出す。握手……ってことだろう。

 若干、いやバリバリウザがらみしてくる奴だが、ちゃんと空気を読んでくれるしきっといい奴なんだろう。 


 ――こんな奴と友達になれたら。


 それは昔から思っていたことで、この短時間で俺はすっかり晴天に心を掴まれていた。

 だから俺は、人付き合いを意図的に避けていたのにも関わらず、いつの間にか晴天の手を取っていた。


「あぁ、よろしく」


「おう!」


 友情って、こんなにもあっさりと、トラウマをも踏み越えてできるものなのか。

 晴天と視線を交わし、その事実に少しの感動を覚えていると「あ、あの」と声をかけられた。


「そこ、私の席なんですけど……」


「「す、すみません」」


 ……うん、やっぱり晴天とは仲良くできそうだ。

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