第6話 好みの大きさは?


 三限目は理科室で授業を行うらしく、この教室から通路を挟んで向かい側の別棟へと向かっていた。

 

 その道中、やけに視線を集めていることに気が付く。

 おそらくは涼風さんに関係するものだと思うが、一部は俺の隣を歩く晴天に純粋に向けられていた。


 確かに晴天はイケメンだけど、まさかここまで人の目を引くとは。


「それで、時雨は一人暮らしなのか?」


「あぁ。実家は他県にあるから、直接通えなくて」


「そうか。やっぱりこの学校の行事にかける熱量とか、進学実績とかで選んだのか? ……いや、聞き方が違うな。んんっ! 志望動機は」


「いや面接か」


「この学校に入ったら何がしたいですか」


「だから面接か」


「ツッコみにキレあり! 面接満点……ッ!!!」


 先ほどから晴天はこんな調子で、一時間前が初対面だったとは思えないほどにフランクに接してくれる。


 こんな人柄ならクラスで一際目立つ一軍にも入れただろうに……こんな関わりにくそうな俺とつるむなんて相当なもの好きなんだろうか。


「で、さっきから何羨ましそうに川上たちのこと見てんだよ」


「あっ、いや……別に、羨まし気に見てないから」


「見てただろ。というか、時雨ってよくあのグループ見てるよな。入りたきゃ入ってくればいいのに」


 そう呆れながら晴天はため息を吐いた。

 別に羨ましそうに見ているつもりはない。ただ、なんだか昔を思い出してしまうのだ。


 中学の頃、クラスで馴染めていなかった俺がいつも楽しそうにしているクラスの一軍を見ていたことを。

 あの時まで俺も、あのいかにも青春したグループを普通の中学生らしく羨んでいたのか。


「そういうお前こそ、あのグループに入ったらどうだ? お世辞抜きでも晴天はイケメンだし、コミュ力も高いだろ?」


 そう言うと、晴天はまたため息をついた。それも今度は深いため息。


「いや、俺は別に青春をウェイウェイ謳歌して、両脇に女抱いて真夏のビーチでウェーイ! 俺たち今、最高に輝いてんぜ! みんなズッ友だヨ! とか言って社会人になったら会わなくなっていざ会ったらノリわかんなくなってて気まずい……みたいなことしたくないんだよ」


「お前人生二周目なのか?」


「お褒めのお言葉……ありがたき幸せ!」


「別に褒めてないから」


「チッ、なんだよ……紛らわしいことすんなよな!」


 いやしてないから。

 晴天の奴、ツッコミを待ってる顔してやがる……。


 もうツッコむのは面倒くさかったので、あえて何も言わないで放置しておいた。

 するとそんな俺を見てしょぼんとした晴天が、再び話を続ける。


「ま、本心を言うと別に他人に自慢できるような青春をすごそうだなんて思ってないんだ。自分は自分、人は人で青春の……なんて言うんだ? 形とか目標とか違くていいじゃん」


 妙に感情の籠った言葉に、俺は思わず息を呑んだ。


「……確かにそうだな」


「おう。だから俺は、お前と最高の青春を過ごす予定だぜ?」


「遠慮しときます」


「そりゃひでぇよ!!」


 泣きべそかきながら俺に寄ってくる晴天は、まさに絵に書いたようなお調子者だった。

 だけど、おそらく晴天はその場その場で空気を読み、軽口を叩いて雰囲気をよくできる賢い奴なんだろう。


 本当に入学早々、変わった友人と出会ってしまったようだ。





     ◇ ◇ ◇





「えーですから、この場合はですね――」


 割と年を取った、いかにも理科の先生といった感じの人が教壇の上で熱心に授業をしている中。

 比較的多くの生徒がスマホをこっそりといじっていた。


 進学実績が優れているこの高校と言えど、所詮俺たちは高校生。こうも眠くなる授業を受けていると、スマホも触りたくなるだろう。

 若い人のスマホ依存、かなり進んでるしな。


 そんなどうでもいいことを考えながら授業を聞いていると、隣の席に座っていた晴天が「なぁなぁ」と話しかけてきた。


「時雨ってさ、好みの胸のサイズはいくつだ?」


「…………」


 どうやら男子高校生の下ネタ依存も、深刻化しているみたいだ。


「小さめか? 大きめか? D? AよりのB? もしかして、柔らかさ重視とか」


「な、なんだよ突然」


「いや、やっぱりこれから一緒に時間を過ごす者として、これは知っておきたい最重要事項だろ?」


「それはなかなかに偏見だと思うけどな」


「何言ってんだよ。男子高校生なら全国共通認識の事項だぞ。もはや男子校では、自己紹介のテンプレートにもなってるらしい」


「絶対嘘だろ」


「嘘だ。で、どうなんだよ。恥ずかしいなら、大きいか小さいかだけでいいからよ、な?」


 手を合わせて、頭まで下げて聞いてくる晴天。

 そこまでされたら、重要さが何だかひしひしと伝わってきてしまった。


「いや、別に興味はないよ」


「またまたー。別にこれを答えるのは、恥ずかしいことじゃないぞ? あ、さては時雨……むっつりさんだな? むっつりさんなんだろ」


「違うから。本当にそういうのに興味を持ったことないし、考えたこともないんだ」


 俺がそう言うと、晴天は何か考えるようにしばらく黙り込み、顔をパッと明るくさせて聞いてきた。


「分かった。じゃあ今から俺が言う状況を想像してくれ」


「……はぁ、分かった」


「ではでは、今時雨は放課後の教室にいる。そこで女子に迫られているとしよう。その時、体が密着して胸が当たった。さぁ! その時時雨は、どんな胸の大きさを想像した⁉」


「お前の性癖が見えすぎるんだけど」


「実はこれ、俺の『高校生活で一度はあってほしいシチュエーションランキング』の第三位なんだ。ちなみに第一位は、人目のないところで膝枕される、だ」


「別に聞いてないから――」



「おいお前ら! 話をきけぇい!」



 どうやら晴天の声に熱がこもっていたようで、いつの間にかクラス中の視線を集めてしまっていた。

 おまけに耳が遠そうな理科教師にも怒られる始末。


「「す、すみません」」


 クスクスとみんなに笑われる中、俺は巻き添えを食らわせてきた晴天を睨みつける。

 あはは! と楽しそうにする晴天に怒る気力もそがれてしまい、やるせない気持ちで授業に戻った。


 

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