第7話 お手伝い
その後、理科の授業は滞りなくすんなりと終わった。
途中で叱られたせいで先生に完全にマークされ、晴天もそんな中話しかける度胸はなかったようで、ちゃんとした態度で結局授業を受けた。
なんだかスマホをいじっている奴らの身代わりになっていたような気分で癪に障るが、ここは大目に見よう。
「じゃあそろそろ行くか」
晴天は荷物をテキパキとまとめて立ち上がり、俺のことを待つ。
「いや、まだ板書が終わってない。だから先行っててくれ」
「俺がそんな薄情なことするわけないだろ? だって俺たち、運命共同体なわけだし」
「それは初耳だし、まだ会って初日でそれは大げさすぎるんじゃないか?」
「そうご謙遜しなさんなよご主人~」
「…………」
こういうボケは無視するべきだと、このわずか数時間の間で理解した。
というのも、やはり晴天は人と野距離の取り方だったり、詰め方がとても繊細に、かつ上手くこなせるため、知り合ったばかりでもお互いに楽に接することができている。
こういう人は、そうそういるものでもないだろう。
やっぱりこいつはすごい奴なんだと、改めて思った。
「ふぅー何とか終わった。じゃあそろそろ行くか」
「おう」
俺たちが理科室を出ようとする頃には周りにはほとんど誰もいなくて、唯一理科教師と気弱な女子がいるだけだった。
その二人の会話が耳に入る。
「じゃあ高木さん。このノートを職員室まで運んでくれるかい?」
「は、はい……」
どうやら日直の仕事みたいだ。
このクラス四十人いる。つまりその四十人分のノートを職員室に運ぶわけだけど……それ一人で運べる量なのか?
理科教師はよぼよぼだし、そもそも運ぶ気はなさそうだ。それに日直は本来二人で行うはずが、今ここにいるのは高木さんだけ。おそらく男子のもう片方の日直はサボっているか、日直の仕事を忘れているのだろう。
「じゃあお願いねぇ」
高木さんは心底困ったような表情をしていた。
しかしそんなことを気にも止めず……というかたぶん気づいていないのか理科教師はそそくさと理科室を出ていってしまった。
「え、えぇ……」
ついには困り果てた声を出す高木さん。
理科室に今残っているのは高木さんと俺と晴天。
一部始終を見てしまったからには、さすがに「頑張れよ」と何もせずに立ち去ることはできなかった。
「あの……」
そう思って俺は声をかけようとした。
しかし、この先に続く言葉が出てこない。
高木さんの方へ足を向けたはずなのに、一歩を踏み出したはずなのに、どうもこの先に俺は進めなかった。
な、なんで……?
汗が額ににじむ。今は春なのに、やけに体が熱い。
俺は高木さんを助けたい。
あんな量絶対に無理だ。気弱な女子はおろか、きっと屈強な男子でさえ運ぶのは困難だろう。
だからこそ、俺が手伝わなければいけないのに、なんでこの先が続いてくれないんだ?
体と意志が噛み合っていない。
頭は手伝えとボタンを押しているのに、何かがそれを邪魔しているのか、もしくはそれに伴う行動につながっていないのか、反応しない。
こんな感覚は初めてだった。
そこでふと思う。
もしかして俺は――トラウマなのか?
事の大きさに関係なく、女子に声をかけるというのが? いや――助けるというのが?
「どうした時雨?」
明らかに不自然な俺に晴天が声をかける。
そこでふと我に返った。
「いや、あの子が……」
「あぁー確かにあれは大変そうだな。高木さーん! 俺たちが手伝うよ」
「えっほんとに⁉ ごめんありがとう……!」
「全然いいんだってこれしきの事。先に言っておくと僕の名前は晴天一馬――」
「いえ別に聞こうとしてませんから」
「いや君なかなか切れがあるツッコミだね⁉ 面接満点ッ!!」
「め、面接?」
そんな風に晴天はお茶らけながら自然にノートを積んで持った。
「ほら時雨。そろそろ行くぞ」
「あ、あぁ」
晴天の後に続いてノートを持つ。今度はちゃんと声が出た。
なんでだ? 俺はさっきの晴天みたいに動くはずだったのに。俺が行くべきはずの未来を晴天がやってのけた。
でもなんで、俺は高木さんを助ける行動に出られなかったんだろう。
やっぱりその理由を考えれば考えるほど、『トラウマになってしまった』というふざけた理由しか思いつかなかった。そんなこと、あるはずないのに。
「職員室は一階だよね?」
「そうだね。次の授業遅れないように早くいかないと。なっ時雨」
「…………」
「時雨?」
「ぬあっ! あ、あぁ」
晴天が耳元で俺の名前を呼んで、再び我に返った。
心配そうに俺の顔を晴天が見ていたが、俺のことを気遣って何も言ってこなかった。
しばらく職員室に向けて歩いていると、何やらとてつもない勢いで階段を駆け上がってくる音が聞こえてきた。それはだんだんと近づいてきて、正体を現す。
「た、高木さぁーん!!!! 本当にごめん日直だって佐久に言われるまで気づかなったわぁまじごめんごめんごめんごめん!」
そしてその勢いで謝罪を何度もするナンパ不動の無冠王者、竜見。
高木さんはその勢いに若干……というかだいぶ顔を引きつらせていた。
「だ、大丈夫だよ……この二人が手伝ってくれてるし」
「ふ、二人? ……あぁー時雨君と晴天じゃねぇのぉ! 二人とも、まじごめん! 俺が全部持つわぁ!」
そう言って竜見は俺たちからノートをすべて取っていき、急いで職員室まで運んでいった。高木さんの分まで。
あいつ……さては人じゃないな?
なんだか嵐に場をひっかけまわされたみたいな感じだけがこの空間に残り、なんだか三人全員、気が抜けてしまった。
「早くいこっか」
「「う、うん」」
それにしても、竜見って朝はあんなこと言ってたけどいい奴そうだな。
そんなことを思いながらも、もやもやを心の奥底にしまい込んだ。
一方その後、涼風さんは――
「(はぁ、早く昼休みにならないですかね。昼休みが待ち遠しいです)」
「(あ、そういえば今日の弁当上手に作れてるでしょうか。なんだか今になって心配になってきました……時雨君のことだから、なんでも美味しいとは言ってくれると思いますけど……)」
「(はっ! でも優しすぎるが故に、私の不味い料理を美味しいと無理に言って食べてくれている可能性も……)」
「(だとすると、私は時雨君に尽くすつもりが無理をさせてしまっているのでは⁉)」
「……はぁ、困りました」
頭を抱える涼風さん。
それを遠巻きに見ているクラスメイト達。
「す、涼風さんどうしたんだろう」
「私たちには想像できない次元で悩んでるんだよ、何かを」
「す、すごいなぁやっぱり」
「(うぅ……難しいです)」
勝手に尊敬されていく涼風さんだった。
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