第23話 大丈夫だよ


 俺の顔を真っすぐ見つめる涼風さん。

 その瞳はどこまでも真摯に、誠心誠意何かを伝えようと輝いていた。


「どうしてここに……」


「川上さんたちが時雨君を見たらしくて、どっちに行ったか教えてもらったんです」


「…………そっか」


 川上や竜見、それに晴天や新島さんのことを思い出して胸が痛くなる。

 俺はこれから、彼ら彼女らを失うのだ。それがたまらなく辛い。


 眩しすぎる涼風さんから目をそらし、強く歯ぎしりする。


「時雨君」


「……俺は、きっと誰かといちゃいけない人間なんだ。誰かと関わる事で、結局不幸せになる。そういう人間だったんだ」


「時雨君!」


「過去からは逃げられない。俺は一生あの過去にとらわれ続けて、一生、孤独なまま終わる。それが、一番いいんだ……ッ!!!」


「――時雨君ッ!!!!」


 今までで一番大きく強いその声が、俺の胸にずしりと響く。

 涼風さんは辛そうに顔を歪め、それでもなお俺を見つめていた。


「違うんです、そうじゃないんです! 時雨君は一人でいるべき人なんかじゃない。そもそも誰もが、一人でいるべきなんかじゃないんです!」


「……それは違うだろ。一人で完結してれば、こうして期待して傷つくこともない。傷つかないための人生が、一番いいんだ」


「ほんとにそう思ってるんですか? ほんとにそれが、時雨君にとって一番幸せな人生なんですか?」


「そうだよ。それが一番幸せだ。傷つかないことが、一番の幸せだ」


「それは違います! だって、だってだって! 時雨君は今――すごく辛そうな顔をしているじゃないですか!」


「っ!!」


 気づかないようにしてたことを、気づかされてしまった。

 分かってる。そんなの涼風さんに言われなくても分かってるんだ。


「……でも、もうどうしようもないだろ。辛いんだよ、一人になることが。前みたいに避けられることが。みんなと一緒にいることがこんなにも楽しいって知ってしまったから、だから辛いんだよ!」


「だったら! だったら一人でいるのが幸せだなんて言わないでください!」


「無理だ! だって俺はどうせ一人になる! 俺はいつか絶対、一人になるんだ……ッ!!!」


 俺の声が、静かな森の中に響き渡る。

 息が荒くなる。脈を打つのが速くなり、体が熱くなった。


 涼風さんは、俯いて優しく俺に答えた。


「違います。違いますよ、時雨君」


「…………」


「だって時雨君は、一人になりません。絶対に、一人になりません。これからもずっと、一人にはなりません。だって――私がいるじゃないですか」


「っ!!!!」


 涼風さんは俺にそっと触れるような温かな瞳で続ける。


「私は時雨君の隣にいますよ。いつだって、時雨君が正しいんだって、時雨君はいい人なんだって知っていますよ。信じるんじゃないんです。私はもう、分かってるんです」


 涼風さんの言葉が、痛む心の傷を撫でるように触れる。


「時雨君、私はどんな時でも時雨君の味方です。嫌だと言われても、離しません。だって私、知ってるんです。時雨君は隣に、誰かを必要としてるんだって」


 それは俺の一番欲しかった言葉たちで。

 でもだからこそ分からない。納得がいかない。


 俺の抱いている感情は、気づけば言葉になって零れていた。


「……どうして、どうして涼風さんはそこまで俺にしてくれるんだ。俺は、何も――」


「――時雨君」


 涼風さんが、俺に一歩踏み出してきた。

 ふわりと風が吹き、暗い空が一瞬明るくなったように感じる。


 涼風さんは、穏やかな表情をしていた。

 その表情に、俺に対するすべての感情が込められていて。

 そしてそのすべてが込められた言葉を、涼風さんは言うのだった。





「好きです。大好きです」





 知らない言葉にように感じる。 

 でも本能的にその言葉は体にじんわりと馴染んで、俺にすべてを納得させるような、そんな勢いを持って体全体に伝わった。


「好きだから、ここまで時雨君にできるんです。大好きだから、時雨君のことが分かるんです」


「涼風さん……」


「これが理由で、これが私の全部です。私は時雨君を離しません。好きだからです。一緒にいたいからです。すなわち、大好きだからです」


 涼風さんの言葉が、すべて体に吸収されていく。

 悲しみが、痛みが温もりへと変わっていく。


 なんだ、なんだこれは。 

 そうか、これが涼風さんの気持ちなんだ。

 これが涼風さんの、本音なんだ。


 涼風さんがさらに一歩近づき、近くで俺の目を見た。


「大丈夫ですよ、時雨君。私がいます。時雨君のことが大好きな、私がいます。だから一人にはなりません。一人に慣れることも、辛さに慣れることもありません。だって絶対に、私がいますから。だから――大丈夫です」



 大丈夫。



 その言葉がこれほどまでに実感を伴って感じられたのは、きっと初めてだ。


 涼風さんが言うから大丈夫。

 涼風さんがいるから大丈夫。


 間違いない大丈夫が、俺の目の前に、確かにあった。


「……そっか、大丈夫なんだ。俺、大丈夫なんだ」


「はい、大丈夫です。大丈夫ですよ」


「そっか……そうなんだ。大丈夫なんだ……」


「大丈夫です。大丈夫ですよ」


 涼風さんがそう言いながら俺をそっと抱きしめる。

 身に余るほどの安心感に包まれて、俺は気づけば泣いていた。


 声を上げて泣いていた。

 もう辛くはなかった。


 だって俺は、大丈夫なんだから。





――――あとがき――――


ここまで読んでくださり、ありがとうございます!


弱い人間が、自分を強く愛してくれる人に出会い、助けてもらう。

そしてその人が、弱い自分にとっての支え、大丈夫になる。


そんな誰もが夢思う理想と、やがて訪れる現実をこの物語に込めました。


次回が最終回になります。

どうかこの子たちの行く末を、最後まで見守っていただければ幸いです。


ここからは物語に関係ないことですが、新作の連載を始めました。


「病んでる義妹に寄り添ったら、俺がいないと生きていけない体になっていた件」


です。

ぜひ、こちらも方もご覧ください(o^―^o)ニコ

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