第24話 笑顔


 その後、俺は涼風さんと一緒に宿舎に戻った。

 

「あ、時雨!」


 ソファーに座っていた晴天が、俺の姿を見つけて駆け寄ってくる。


「ったくお前、どこ行ってたんだよ」


「いや、それは……ちょっと」


「もう暗いんだし、勝手にどっか行くなよな? 心配したんだからさ」


「わ、悪い」


 ぶつくさと悪態をつく晴天だったが、表情は安堵に満ちていた。

 俺のことをこんなにも心配してくれて、俺のことでこんなにも安心してくれる。

 これが友達ってことなのか。


「まぁまぁ、結果的にはよかったよ~。どうやら無事みたいだしね?」


「あぁ。ごめん、心配かけて」


 しっかりと頭を下げて、誠心誠意謝る。

 新島さんは小さく笑って俺の肩をポンと叩いた。


「結果オーライだよ。時雨君が大丈夫そうで私は大満足だし」


「……あ、ありがとう」


 照れくさくなって頬を掻く。

 温かな視線を向けられながら、ふと気になったことがあった。


「そういえば、その……あいつらは?」


「あぁーあの他校の生徒ね?」


 ぎくり、と体が反応してしまう。

 そんな俺を見た涼風さんが小さく「大丈夫ですよ」と囁き、俺の背中に手を添えた。


「なんかさ、めちゃくちゃなこと言いやがるから追い返したよ。ほんと、ああいう奴は俺嫌いだ。悪意しかない」


「ほんとそうだよね。それに、あんな分かりやすい嘘誰が信じるのって話。私たちは今の時雨君を知ってるんだし、すぐ分かるのにね!」


 その時のことを思い出したのか、怒ったように顔をしかめ、晴天と新島さんは続ける。


「あんなの気にすんなよ? 俺たちは分かってるからさ」


「そうそう。私たち、友達だしね!」


「友達……」


 その言葉が、まるで物として形を持って存在しているかのように思えてくる。

 拳を作っていた手を開けば、気づけばそこにあったかのような、そんな『友達』という言葉。


 そうか。俺は晴天と、そして新島さんと友達なのか。

 友達だから、俺を信じてくれたのか。


 涼風さんが、トンと優しく俺の背中を押す。


「そうですよ。友達ですよ」


 涼風さんの一押しで、俺は確信を持つ事が出来た。


「そうだよな、友達で良かった。ありがとう」


「ふふっ、どういたしまして」


「おうよ、相棒!」


 涼風さんと共に、輪の中に入っていく。

 

 俺は一体、何を気にしていたのだろうか。

 そう思わずにはいられないほどに、ここにはゆるぎない、確かな関係があった。


 それがたまらなく嬉しくて、俺はまた少し、泣いたのであった。





     ◇ ◇ ◇





 一泊二日の林間学校が終わった。


 今はバスに揺られ、俺たちの町に帰っている。

 隣に座っている晴天は大きく口を開けて寝ており、その他大勢のクラスメイトたちも同様に眠っていた。


 きっと昨日の夜、羽目を外して夜更かしでもしていたんだろう。

 俺も例外にもれず、あの後は消灯時間を過ぎてもじゃれ合っていた。


 消灯時間ギリギリに部屋に戻って、目を真っ赤に腫らしていたのだが、川上と竜見は何も聞かずいつも通り接してくれた。

 そこからは深夜テンションも相まってなかなか寝付けず、普段できないような話もたくさんした。


 今回を機にまたグッと、三人とは距離が縮まったように思う。


 窓の外をぼんやりと眺めながら、クリアになった頭で色々と考える。

 眠いはずなのに、頭は冴えていたのだ。


 そりゃそうだ。昨日はあんなことがあったのだから。

 

 ふと、窓に映った自分の顔が目に入る。


「……はは、すげぇな」


 自分がどんどん変わっていく。

 人と出会って変わっていく。


 そう、自分が気づかないくらいのスピードで。





     ◇ ◇ ◇





 ――かくして、再び日常は訪れる。


「はい、今日のお弁当です」


「ありがとう」


 いつも通り、屋上前の踊り場で涼風さんと昼食をとる。

 今日の弁当な俺の好物なものばかりで、吸い込まれるように胃に収まっていった。


「今日も美味しい、です」


「ふふっ、ありがとうございます」


 にこっりと微笑む涼風さん。

 俺はというと、今日こそは言わなければいけないことをいつ言うか、タイミングをずっと見計らっていた。

 

 そのせいで妙にぎこちなくなってしまい、それに気づいた涼風さんが首を傾げる。


「どうかしましたか?」


「い、いや、その……こないだの涼風さんの、その……告白のことなんだけど」


「っ⁉」


 顔を真っ赤にし、ぽとりと箸を落とす涼風さん。

 俺は拳を強く握って、しっかりと涼風さんの目を見て、切り出した。



「その……俺で良かったら、付き合ってくれないかな?」


 

 うるさいくらいにドクドクと鳴る心臓。

 達成感を感じながらも、体はカーっと熱くなり、逃走欲求に駆られた。

 

 でも、俺は目をそらさず、涼風さんを見つめる。

 涼風さんは数秒間を置いて、ふぅと息を吐いて応じた。


「よ、喜んで……」


 急に体の力が抜ける。

 体の熱も冷めていき、俺は安堵感から深く、息を吐いた。


「よ、よかったぁ」


「な、なんでそんなに緊張してるんですか。私が告白してるんですから、成功率は百パーセントなのに」


「いや、もしかしたら俺の聞き間違いかもって……」


「あははっ、時雨君は相変わらず心配性ですね」


「ま、まぁね」


 いかんせん自分に自信がないから、心配にもなる。

 心配の九割は取り越し苦労だとか、心配が時によくないこととされるけど、でも俺は心配はしていいと思う。


 だってそうすれば、弱い自分を否定しないで済むから。

 慎重に生きるのが、やはり俺の生き方だ。


「でも、良かったです。時雨君と恋人になれて」


「うん、俺もだよ」


 穏やかな表情を浮かべ、俺を見つめる涼風さん。

 俺はもう一度覚悟を決め、言わなければいけないもう一つのことを言おうと、涼風さんと向かい合った。


「その、こないだは涼風さんに助けてもらったけど……俺も涼風さんのこと、助けるから。その……彼氏として」


 今度は耐え切れなくなって、視線を下げる。

 涼風さんは頬を緩ませると、小さく頷いた。


「はい、お願いしますね、時雨君」


 沈黙が俺たちの間に流れる。

 でも、これは気まずい沈黙じゃない。幸せを噛みしめる沈黙だ。


 数秒経って、ぷっと涼風さんが笑いだす。

 何が笑えるのか、そんなものは分からない。


 けど、分かるのは今、一緒に笑いたいという共通の気持ちで。

 だからこそ、俺は頬を緩ませ、涼風さんと向き合って笑った。


「ふふっ、やっと時雨君を笑顔にできました」


 嬉しそうに目を細める涼風さんに、俺は自信を持って返す。



「涼風さんと隣だったら、ずっと笑顔でいれるよ、きっと」



 そう告げると、涼風さんは一番の笑顔を俺だけに見せてくれるのだった。



 

                         完



――――あとがき――――


最後まで読んでくださり、ありがとうございました!


この先も胸に残る作品を書き続けていきたいと思いますので、ぜひぜひ作者のフォローのほどよろしくお願いします!

ではでは!また!

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わざわざ誰も知らない高校に入学したのに、助けた涼風さんが離してくれない 本町かまくら @mutukiiiti14

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