第19話 自然の力


 曲がりくねった山道を進むこと数十分。

 森の中に作られた野外活動センターに到着した俺たちは、ようやくバスから降り、山の新鮮な空気を吸い込んだ。


「やっぱり空気うめぇ!」


「だな。都市部と全然違う」


 郊外に位置するここは、バスで都市部から二時間ほどの距離にも関わらず、辺り一面大自然が広がっている。

 空気もまるで違うし、こんなにも違うものなのか。


「いやぁ、夜は星がよく見えそうだね!」


 屈伸をしながら新島さんが会話に参加してきた。


「それはつまり……俺と星を見たいってことでいいかな?」


「晴天君と見る星はきっと汚れてるんだろうね」


「星を汚すほどの俺の汚れ⁉ なんてことだ……」


「移動の疲労を感じさせないテンションだな、二人とも」


 俺は二時間の移動でかなり疲れてしまった。

 日ごろから運動をしないツケがここに回ってきたに違いない。


「いやいや、私たちは楽しみで仕方ないんだよ」


「そうだとも! だってこれから――」



「「一泊二日の、林間学校が始まるんだからね!!!」」



「息ぴったりだな」


 口論とかするくせに、やはりそりが合っているというか、タイプが同じというか。

 ともかく、この二人の相性は傍から見れば最高だ。


「二人ともテンションが高いですね。私はついていけそうにありません」


「安心してほしい、俺もだから」


 高木さんが同じ班で良かった。

 これが竜見とかその他元気いっぱいの奴だった場合、ドロップアウトしていた気がする。

 その点、この班はかなりいい組み合わせだな。

 

 わーきゃー騒いでいる晴天と新島さんを温かい目で見守っていると、俺たちのバスのすぐ横に別のバスがやってきた。


「あ、時雨君!」


 そのバスから降りてきた涼風さんが、俺を見るなりパーッと顔を明るくさせて駆け寄ってきた。


「先着いてたんですね!」


「あぁ。涼風さんは疲れてないみたいだな」


「もちろんです! だって今日から、一泊二日の林間学校が始まりますから!」


「さっき聞いたようなセリフだな」


「?」


 首を傾げる涼風さんだったが、すぐに話題を変えた。


「私たち、別のクラスですけど会えますかね? これが林間学校で最後とか、私絶対嫌です!」


「大丈夫じゃない? ほら、食事の時だって同じ場所使うわけだし、宿舎に関しては男女共用スペースがあるから」


「ほんとですか⁉ じゃあ会えますね! よかったです」


 満足そうに微笑む涼風さん。

 思わず頭を撫でたくなるような顔をしている。


 無意識のうちに伸ばしていた手を引っ込めて、我慢していると近くにいた高木さんがジト目で俺のことを見ていた。


「……裏切者」


「え?」


 ぷいっ、と拗ねてどこかに行ってしまった。

 なんでだろう。理由が思い当たらない。

 記憶をたどって考えていると、またしてもバスがやってきた。しかし、出てきたのは俺たちとは違う制服を着た人たちだった。


「他校の生徒?」


「そういえば、この林間学校では私たちと同時期に別の高校の生徒も来るらしいです。まぁほとんど関わることはないと思いますけど」


「確かにそんなこと言ってたな」


「ふふっ。とにかく、また会いましょうね! 絶対ですから!」


「おう」


 ぶんぶんと俺に手を振り、涼風さんは自分のクラスの方に戻っていった。

 涼風さんが手を振り終えるまで俺も振り続け、ようやく手を下ろす。


「ご主人や、相変わらずのいちゃつきぶりで?」


「そんなんじゃないよ」


 そう、俺と涼風さんはみんなが想像するような関係ではない。

 涼風さんはきっと、あの事件がなければ俺とわざわざ関わるようなことはしなかっただろうし。

 そこを忘れてはいけない。


「お、そろそろ集合だな。荷物持っていくぞ」


「分かった」


 晴天の後を追って、俺も自分のクラスの方に向かう。

 

 ――この時の俺は気づきもしなかった。

 それにきっと、考えないように、忘れようとしていた。



「おい、あれ――」



 だって今を、新しく生きようとしていたから。










 宿舎に荷物を預け、先生の指示に従い、俺たちは宿舎にある食堂に集まっていた。

 宿舎においては部屋単位の行動で、俺、川上、晴天、竜見で一つのテーブルにつく。


「おいおい! マジかよ他校の女子いるじゃんよぉ!」


「声とかかけるなよ? 他校との接触は禁止だって、さっき先生が言ってたし」


「でも俺的には、愛に障害があった方が燃えると思うんだけど、そこんとこどう思う?」


「分かるわぁ! 障害物競走っしょぉ!!!」


「黙って食べれないのかお前らは」


 やはり晴天と竜見のコンビもなかなかに強力だ。

 今も他校の女子を指さしては「可愛い」と連呼している。何なら聞こえるように言ってるまである。


 二人の問題児に、俺の横に座る川上がため息を吐いた。


「お願いだから問題は起こさないでくれよ? 班長責任になるからさ」


「分かってる!」


「お任せよぉ!」


「信用できねぇ……」


 まぁ川上がいるから大丈夫だろう。

 俺がすることは特にない。


 それに他校の生徒と関わる機会はそうそうないだろうしな。





     ◇ ◇ ◇





「おい、あれ間違いないよな」


「たぶんそうだ。髪の色違うけど、間違えるわけない」


「ってかさ、ありえねぇだろ」


「お前も見てた? 普通に話してやがったぞ」


「なんだそれ。あんな最低なことしといて」


「許せないよな」


「あぁ、許せないな」


「ひひっ、俺らが教えてやんねぇと」


「はっ、だな」


 

 

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