第20話 気づいたこと


 昼ご飯を食べ終えると、早速班活動に移った。


「これがマイナスイオンッ! さすが自然だぁ……」


「確かにね。都会では味わえないヒーリング効果ありそうだね~」


「お、あそこにリスが!」


「え、どこどこ⁉」


 軽快な足取りであっちこっちと動く晴天と新島さん。

 二人とは対照的に、俺と高木さんは移動の疲労からはしゃぐ余裕なんてなかった。


 この野外活動センターは宿舎や施設をぐるっと囲うように森が広がっている。

 班活動は、所定のポイントを通りながら森の中を散策するという単純なもの。

 だがこれが体力的にかなりキツイ。


「ふ、二人とも歩くスピード早いよ」


「あ、そうか? ごめんごめん」


「ごめんね、ついはしゃぎすぎちゃって」


 高木さんは膝に手をつき、息を切らしている。

 一旦ここで休憩を挟むのがベターだろう。そう思って一息つこうとしたその時――


「あ! こっちにたぬきが!」


「え⁉ どこどこ!」


「こっちにいるはずだー!」


「見たい見たい!!!」


 先ほどの会話を忘れたのか、無我夢中に森の中を進んでいく二人。


「「はぁ」」


 高木さんとため息が重なる。

 晴天はともかく、新島さんは委員長だからきっちりしていると思っていたけど……好奇心はだいぶあるみたいだ。


「追うか」


「そ、そうですね」


 再び嘆息し、重い足を動かして歩き始める。

 この散策で、高木さんとより仲を深めたのだった。










 班活動を終え。

 一度宿舎に戻った俺たちはそこで夕方までの時間を過ごした。


 全員疲れていたようで、集合時間まで畳の上で爆睡。

 時間になるとアラームが鳴り、眠い目を擦って集合場所に向かう。


「あぁーなんか気乗らないな」


「疲れたよなほんと」


「なんで自分たちで作らなきゃいけないんだ……」


 そう、これから夕食を取るのだが、自分たちで作らなければいけないのだ。

 料理は林間学校らしくカレー。しかし、散々森の中を歩いた俺たちに、わざわざ料理をする体力は残っていない。


 なんとか集合場所に到着し、指示に従って整列する。

 どんよりとした空気が流れる中、白波先生が俺たちの前に立った。


「みなさん、お疲れのようですね。……でも、林間学校はこれからが本番ですよ?」


 今日も今日とて神々しいオーラを放つ白波先生が、笑顔を振りまく。

 女神の笑みに当てられて、雰囲気が徐々に変わってきた。


「みんなでつくるカレー! これほど美味しいものはありません! 私も手伝いますので、一緒に頑張りましょう!」


「お、おぉ……」


「おぉ、そうだ」


「そ、そうだ!」


「「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!」」」」


 湧き上がる喝采。

 あれほど沈み切っていた雰囲気が、今ではやる気に満ち溢れている。


 白波先生の指揮力は、下手したら世界を救うかもしれない。

 だって男って、可愛い女の子のために頑張る生き物だからな。


「じゃあみなさん、カレー作りスタートです!!!!」


「「「「よっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!!!」」」」


 かくして、カレー作りは幕を上げた。

 

「じゃあ晴天君は米炊いてね。で、時雨君は野菜を切って……」


 新島さんの指示の下、班ごとにカレーを作っていく。

 各自調理をする中、俺は何でもないこの瞬間に、ぼんやりと思うことがあった。


「(俺、林間学校楽しめてるんだな)」


 ふとバスに乗ってから現在に至るまでのこと、いや、この学校に入学してからのことを思い出していた。

 

 俺は入学時、何も期待していなかった。

 一人でいることが一番楽だから、すべてが自分で完結した方が傷つかなくて済むから。

 

 そうやって、中学時代に憧れた青春に期待せず、ただ三年間を過ごすことを想像していた。

 でも、入学式の日涼風さんに会って、付きまとわれて。


 最初は煩わしいだなんて思っていたのに、いつの間にか涼風さんと一緒にいることが当たり前になっていた。

 それから晴天と友達になって、新島さんとも話すようになって。

 気づけば今の俺は、多くのクラスメイトと、なんでもない話をして楽しい時間を過ごしている。


 今この瞬間だって、俺はみんなの輪の中にいる。

 あの日、俺は誰からも信じられず、誰も信じられなくなった。

 でも今違う。


「(いつの間に俺、こんなに変われたんだ)」


 一人孤独な、灰色の世界にいた俺が随分遠くに見える。

 今にも消えてしまいそうで、あの時の感情も、あの時の苦しさも思い出せなくなっていく。


「(俺、変われるんだな)」


 なんでこの何でもない時間に、こんなことを思ったのか分からない。

 でも一つ分かるのは、この何でもない時間こそが俺の求めていたもので。この変哲もない時間こそが、青春だという事だ。


「やっぱり時雨君、料理上手ですね!」


 背後からひょいっと顔を出してくる涼風さん。

 物思いにふけっていたから気づかなかった。いつの間に近くにいたのか。


「そんなことないよ。というか、どうしてここに?」


 クラスごとに調理場所は離れている。

 ふらりと寄れるほど気軽な近さではない。それに他クラスの中に入っていくようなものだし、心理的ハードルは高い。


「ふふっ、忘れたんですか? 他クラスですけど、会える時があれば会いたいって言ったじゃないですか」


「あぁー、そういえばそうだった」


「むっ。その程度なんですか? 私と会うっていうのは」


「い、いや、そういうわけじゃなくて……その、なんて言うんだろ。色々と夢中だからさ、つい……」


 涼風さんを傷つけないように言葉を選ぶ。

 自分でも伝えるのが下手だなと反省するも、涼風さんは納得したように微笑んだ。


「なるほど、そうですか。それなら仕方ありません。私としても、そんな時雨君を見れて嬉しいですし!」


「そ、そっか」


 涼風さんは、どんな時でも俺の味方でいてくれる。

 そんな安心感を今この瞬間、俺は感じた。


 それが無性に嬉しくて、頬が緩む。


 

 誰かといることがこんなに安心するなんて知らなかった。

 これを知ってしまったら、もう二度とあの日々には戻れない。


 大切にしよう、隣にいてくれる人たちを。


 今日みたいな日々を、これからも続けていくために。





――――あとがき――――


ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

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三部作になってますので、ぜひご覧ください!

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