第21話 真っ暗な視界
辺りはすっかり暗くなり、少し肌寒い気温になった。
出来上がったカレーをたらふく頬張った俺たちは満腹の状態で宿舎に戻り、順番に風呂に入っていく。
「なぁなぁ、背中洗い合おうぜぇ?」
「いいなそれ!!」
風呂でも絶好調な晴天竜見コンビが交互に互いの背中を洗っている。
その姿は猿に重なる部分が合って、無性に笑えた。
「おい川上と時雨! お前らもこっち来いよ! 円になるぞ!」
「恥ずかしいから嫌だ」
「同じく」
「シャイボーイがよぉ!」
竜見は不満げに口を尖らせて、ぶつくさと悪態をつく。
いや、嫌に決まってるだろ。今お前ら、他の奴らにすごい目で見られてんだぞ?
「「ワハハハハハハハ!!!!!」」
他の人の視線なんて気にせずに楽しんでいる二人。
あぁやって生きることができたらさぞ楽しいんだろうな……なりたいとは思わないけど。
風呂から上がり、消灯時間まで自由時間をどう過ごそうか考えていると、川上と竜見は少し外を散歩すると言って宿舎を出ていった。
「ふんじゃあ俺らは、そこら辺のソファーに座ってるか」
「そうだな」
部屋に戻ってもしょうがないので、一階の共用スペースで時間を潰すことにした。
近くにあった自販機でコーラを買い、プシュッとプルタブを起こす。
「いやぁそれにしたって、林間学校ももう終わりかぁ」
「だな。意外にあっという間だった」
「一泊と言わずに二泊とかしたかったけどな」
「でも修学旅行とかはそれくらいじゃないか?」
「そういやそうだな。んじゃ、また修学旅行だな」
修学旅行は二年である。ということは、今のクラスではない。
「来年も同じクラスだといいな」
「なんだよ、随分と先のことだな」
「まぁな」
晴天はふっと笑い、俺の言葉に応じる。
「ま、そうだな。来年も同じクラスがいいな。そんでもって、再来年もな」
「それこそ先過ぎるだろ」
「いいだろ? 途方もなくても、願うのはタダだからな」
「確かにそうだな」
なんてことない話をしていると、前から見知った人が歩いてきた。
「お、晴天君と時雨君だ。何してるの?」
「ちょっと男だけの話をな?」
「…………」
「大丈夫、どうでもいい話だから」
警戒するような目で見られたのでそうフォローすると、新島さんは安心したようにほっと胸を撫でおろした。
「相変わらず晴天君は、しょうもないことばっかり言うなぁ」
「何を⁉ 俺だってたまには大事なこと言うんだぞ?」
「へぇ? じゃあ言って見せてよ」
新島さんが挑発的な態度を見せると、「ぐぬぬ」とイラついた様子の晴天が応じる。
「……だ、大事なことは降りてくるものなんだ。今どうぞ! で言えるもんじゃない!」
「そっか。その程度なんだね、晴天君って」
「うがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
やはり新島さんの方が一枚上手というわけか。
「俺ちょっとトイレ行ってくる」
「いってらー」
コーラを晴天に託し、近くのトイレに向かう。
その途中、他校の生徒数人とすれ違った。
「(……あれ? どっかで見たことある気が……)」
見覚えがある顔で、しかもすれ違いざまにニヤリと俺の顔を見て彼らは笑った。
もしかして、俺のことを知ってるのだろうか。
だが記憶にもやがかかっていて思い出せず、気にも留めずにトイレに入った。
◇ ◇ ◇
「いや、俺だって結構頑張ったんだぜ?」
「でもご飯焦げてたでしょ?」
「だからおこげがいいんだって!」
話す二人に、近寄る男子生徒三人。
晴天と新島は彼らの姿に気が付き、会話を辞めた。
「なぁ、お前ら時雨の友達だよな?」
「なんだよ急に……って、もしかして時雨の知り合い?」
「そうだよ。実は中学が一緒でな」
「へぇ」
この時、晴天と新島は男子生徒の雰囲気から嫌な予感を感じていた。
明らかに悪意のある視線。無意識のうちに身構えた。
「それにしても、すごいな。あの時雨と友達だなんて」
「どういうことだよ」
「これを知ったらあいつのこと、友達とは思えなくなるだろうな」
「何を言って……」
男たちが顔を見合わせ、ニヤリと笑う。
そして多分な悪意を含んで、二人に告げたのだった。
◇ ◇ ◇
トイレから出て、共用スペースに戻る。
その道中で、偶然涼風さんと遭遇した。
「ちょうどよかったです! 実は私、時雨君を探していたところだったんですよ」
「そうだったんだ」
「今何してるんですか?」
「何してるってわけでもないんだけどさ、ちょっと一階の共用スペースで、新島さんと晴天と話してた」
「そうなんですか! あの、私も混ぜっていいですか?」
「もちろん」
「ありがとうございます!」
えらく上機嫌な涼風さんと並んで歩く。
すぐに共用スペースに着いたのだが、そこには異様な光景が広がっていた。
「なんだ?」
新島さんと晴天が、さっき俺とすれ違った男子生徒と話している。
雰囲気を見る限り、楽しくお話って感じではなさそうだ。
早く行こうと近づくも、涼風さんは口を抑え立ち止まっていた。
「嘘……まさか」
涼風さんの尋常じゃない雰囲気に足が止まる。
大丈夫か、と一声かけようとしたところで、さっき引っかかっていたことが急に鮮明になっていった。
徐々に思い出される、昔の記憶。
それはまさしく中学の頃の記憶で。
「もしかして……」
俺の体全体を覆いかぶさるような嫌悪感。
それと同時に脳裏を過る最悪の状況。
待ってくれ、という言葉はあの時のように声になることはなくて、男子生徒たちは――いや、元同級生は予想通り言い放った。
「あいつ、中学の頃女の子に手出したんだぜ?」
視界が真っ黒になる。
何も聞こえない、何も見えない、何も感じない。
気づけば俺は、走り出していた。逃げ出していた。
後ろは決して、振り返らなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます