第13話 いい匂い
放課後になり、俺は早めに支度を済ませて教室を出た。
今日からテスト前部活動禁止期間となるため、大多数の生徒は自宅に帰って勉強に勤しむ。
うちのクラスの奴ら(男子)はいつもよりやけに早く教室を出ていった。それも単語帳を開いてぶつぶつと呟きながら、他の人と一切話すことなく。
愛の力って恐ろしいな。
そう思いつつしばらく廊下を歩いて下駄箱で靴を履き、外に出る。そこで涼風さんが俺を待っていた。
「あっ時雨君。わ、私ここにいますよー」
少し恥ずかしいのか小ぶりに手を振りながら存在をアピール。
おかげさまで何人かの男子が涼風さんに魅了されてとろーんとなっていた。
やっぱり可愛さって兵器だな。
「じゃあ行きますか」
「あぁ」
いつも通り駅に向かって歩き出す。
周りにはちらほら男女で帰っている姿を見かけるが、やはり涼風さんは目立つ存在のようで、たくさんの方々(男子。またかよ)に痛い視線を受けた。
もう最近ではいいやと思い始めている。
「そういえば、時雨君はテスト勉強進めてますか?」
「ばっちり」
「さすがです!」
「進んでないな」
「私の感心を返してください! もぉーそうやって私の反応で遊んでいるんですね、きっと」
頬をぷくーっと膨らませる涼風さん。
怒っているようで、たぶん怒っていない。
「そういう涼風さんはどうなんだ?」
「私ですか⁉ な、なんだか初めて質問されたような気がします……」
「そ、それは涼風さんがよく質問してくるからであって……」
「ふふっ。別にいいですよ? 気にしてません」
「な、ならいいんだが……」
最近は何だろうか。
グイグイ来るというよりは、俺を手玉に取っているような感じだ。
こうしてみると、涼風さんの成長は著しいな。
「私はですね、基本家にいてもやることがないので割と勉強している方だとは思います」
「そうか。偉いな」
「えへへ、そうですか? うれしいです」
「そ、そうか」
俺のたった三文字の言葉であんなにも嬉しそうにできるなんて、涼風さんは随分と幸せ者だな。
それにすごい笑顔だ。もし笑顔にお手本があるなら、きっとこの笑顔に違いない。
「でもこの学校のテストちょっと怖いですよね。赤点二つで日曜補修だなんて。それも丸一日。日曜が日曜じゃないです」
「それに関しては激しく同意だな。俺ぎりぎりでこの学校入ったから正直危うい」
実際、この制度については入学時に聞いてはいたが、なぜかここまで勉強してこなかった。全く。
「そうなんですか⁉ じゃ、じゃあ……」
この先の言葉が続かない。涼風さんは恥らっていた。
さっきまでガンガン視線合わせてきたのに、今はアスファルトと会談中。
その会談は恥らいとともに終わり、今度は胸を張った。
「わ、私が……教えましょうか?」
「おぉ、助かる」
「……へ?」
俺が即答をすると、少し固まる涼風さん。
なぜ珍しく即答したのかというと、割と本気で困っていたのと、こないだ涼風さんに「困っていることはないか?」と聞かれたときに「ない」と答えたらすごく残念そうな顔をしていたから。
だから遠慮なく困っていることがあったら言うことにしたのだ。
それにしても急に涼風さんだけストー〇ワールドの世界に行っちゃったかと思うくらいに固まってしまった。
助かるっていう言葉のチョイス悪かったのかな。
心配になりながら言葉を付け足そうと続ける。
「お、お願いす――」
「ほんとですか?! 私時雨君に勉強教えていいんですか⁉」
「ぬぁっ!!」
急激に動くことを思い出した涼風さんはフリーズしていた時に蓄積していたエネルギーを大放出。食い気味に俺の懐へと飛び込んできた。
おかげで日常生活で出さないであろうアホな声が出てしまう。
そ、それにしたって近すぎるだろ……。
俺が動揺のあまりしばらく何も言えないでいると、涼風さんはようやく我を取り戻し、心底恥ずかしそうに離れる。
「す、すみません……取り乱しました……」
「い、いや全然いいんだ」
そう余裕気に言っている俺だが内心は「ドキドキが止まらないっ!」状態。
いや実際こんなセリフ言わないけれど。でも急に近づかれるとやっぱりドキッとする。
それになんか、すごいいい匂いがした。
女子の匂いはいい匂いという都市伝説はこの経験をもって立証された。
「いや、その……なんだか時雨君の役に立てると思うと嬉しくて……つい」
「大丈夫だ。気にしてない」
ほんとは気にしてる。
「話を戻して、勉強会なんですが……私の家でしませんか?」
「涼風さんの家⁉」
「はい。私一人暮らしをしているので家の人は誰もいませんよ?」
そういうのは誤解を招くのでやめましょうね?
本当に涼風さんは無自覚にこういうことを言うので破壊力が倍増する。今ので軽く腕は持ってかれた。
「で、でも大丈夫か? 俺が行っても?」
一応遠回しに男がいっても平気なのか? と尋ねる。
「全然大丈夫ですよ。むしろ歓迎します!」
「そ、そうか。なら行かせてもらおうかな」
「はい!」
どうやら気づかなかったようだ。
確実にそういう意味で言ったんじゃないだろうし、俺もそういうことを常日頃から考えているお盛んな人ではないので過ちが起きることはないだろう。
そうだ、これは友達の家に行くような感覚だ。
そう自分に言い聞かせておいた。
「えーっと、いつにしますか? 時雨君がよかったらなんですが……今日、でもいいですよ?」
「あぁ俺はいつでも暇だから大丈夫だ」
「ほんとですか⁉ じゃあ、このあと私の家で勉強会ということで! とっても楽しみです! えへへ」
「そ、そうだな」
勉強が楽しみだなんて涼風さんは変わった趣味をしているなと思う。
少し身構えてしまっているが、ただ勉強を教わりに行くだけだと思って一度深呼吸。
おかげで落ち着きを取り戻した。
「食材買いたいので私の家の最寄り駅にあるスーパー寄ってもいいですか?」
「全然いいぞ」
「ありがとうございますっ!」
こうして、涼風さんの家で勉強会をすることになった。
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