第14話 勉強会
「ふぅーようやくつきましたー」
「そ、そうだな……」
俺は涼風さんの家の玄関に着くと、すぐに両手にぶら下がった重すぎるエコバッグを下ろした。
何これ。神がいたずらしてエコバッグの重力十倍にしたのかと思うくらいに重かったんだけど。
「狭いところですがどうぞー」
「あぁ」
涼風さんの後ろについていって部屋に入る。
狭いと言っていたがそんなことはなく、俺の部屋より二倍は広かった。
家具は白で統一されており、テレビにタンスに机、そしてベッドと実にシンプル。
部屋はその人を表すとよく言うが、まさに涼風さんの気真面目さと清楚さがよく表れている。
女子の部屋はこうなっているのか、と気づけば凝視してしまった。
「し、時雨君……そんなに部屋をじろじろ見ても……何もないですよ?」
「い、いやっ……すまん」
「いえ、別に時雨君にならいいですけど……」
「そ、そうか」
そうかと言っておきながら、なぜ俺なら部屋を凝視してもいいんだ? と疑問に思う。
まぁきっと俺は何もしない無害な奴だから部屋をじろじろ見られたところで無害に変わりはない、ということだろうか。まぁ間違ってはいないんだが。
「適当に座っていてください。今コーヒー淹れますね」
「あぁ、助かる」
そう言って涼風さんはキッチンへと消えた。
さて、俺はどこに座ればいいんだろう。
さすがにベットに座るわけにはいかないし、消去法で床かな。
床に座って待っていると、しばらくして涼風さんがマグカップを待ってきて俺の対面に座った。
「時雨君は確かブラックでしたよね?」
「あぁ」
「ならよかったです。ではどうぞ。私、コーヒーの淹れ方結構勉強したんです……お口に合えばうれしいんですけど……」
「そうか。じゃあありがたく……うん、うまい」
俺にはこのおいしさを表現できる語彙力を持ち合わせていないため、うまいとしか言えない。
ただ、うまい以上にうまかった。
「ほ、ほんとですか?! それはよかったです!! ふぅ、安心です」
「うん、うまい」
「えへへ。ほんとよかったです」
涼風さんは俺の言葉足らずな表現でも受け取ってくれて、言った俺でも少しうれしくなるほどに喜んでくれる。やっぱり涼風さんは嬉しそうににやけるのが似合うなと、唐突に思った。
「あっ、すっかり忘れていました! 今日はテストに向けて勉強するんでしたね。さっ、早く勉強を始めましょうか」
「そうだな」
正直勉強なんてしていたくないが、涼風さんが「ふんす!」と変な気合いの入れ方をしてやる気マックスファイヤーなので俺も気合を入れる。
これもすべて、俺の大切な日曜日を守るために。
「じゃあまず英語からいきましょう!」
「よろしく涼風先生」
「し、時雨君……先生だなんてそんなぁ……」
そ、そんなに照れることですかね。
そんなこんなで、俺と涼風さんの勉強会は始まった。
◇ ◇ ◇
勉強を開始してから三時間くらいが経った。
涼風さんの教え方はそこら辺の塾の先生よりうまく、どんどんと理解を深めることができた。
さらにちゃっかり夕食もいただいてしまい、現在の時刻は十時前。
さすがに女子の家に夜遅くまで居座るのは申し訳ない気がしたので、そろそろ帰ろうと思っていたら、涼風さんの様子が変なことに気づいた。
「時雨くーん。勉強してますかぁー?」
「し、してるが……どうした?」
「どうしたってぇー別に何でもありませんよぉー?」
その顔を真っ赤にしてうなだれてる姿が何でもないわけあるか。
でも一体どうしたんだ? 酒を飲んで酔っ払ったわけじゃあるまいし……。
そう思っていると、ふとある缶が目に入る。
それはかの有名なエナジードリンクで、翼を授けるあれ。スーパーに寄ったとき、ついでに買っておいた勉強のお供の品。
そういえばさっき、「時雨君。ちょっとこれ飲んでみてもいいですか?」と言っていたな。
勉強に集中していたから全く見ていなかった。
でもまさか……エナジードリンクで酔っ払うやつがいるか?
「時雨君時雨君時雨君時雨君時雨君――」
急に俺の名前を連呼する涼風さん。
間違いない。涼風さんは酔っ払っている。
俺は聞いたことがある。
炭酸で酔っ払ってしまう人間がいる、ということを。
まさか本当に存在したとは……目の当たりにすると恐ろしいな。
「時雨君、なんで返事してくれないんですかぁ? ……ひっく」
「い、いや……涼風さん、水いるか?」
「……いりません。今は時雨君が欲しいです……」
「そ、そうか」
ほんと、涼風さんは酔っ払ったら人格が変わるようだ。
「時雨くーん……時雨くーん?」
「な、何だ?」
「えへへ」
ほ、ほんとどうすればいいんですか神様。
俺がこの状況に戸惑っていると、炭酸で酔っ払う系美少女に今なった涼風さんが俺の方に寄ってきた。
「時雨くーん、ちょっと来てくださいよー」
「な、何だよ……」
だんだんと涼風さんが近づいてくる。
それと同時に俺も後退していくが、もうこれ以上後退できなくなり、壁に背中をくっつける。
「えへへ。やっと捕まえましたぁ」
ニヤニヤしながら俺にさらに近づいてきて、遂にはあと数センチで顔と顔がくっついてしまうよという距離にまで迫ってきた。
ほ、本当に俺は何をされるんだよ……。
依然として涼風さんのニヤニヤ顔は変わらず、手が俺の頬へと伸びてきた。
柔らかですべすべな、少し触ったら折れてしまいそうなくらいに弱弱しい手が俺の頬に触れる。
涼風さんの手は温かな熱を持っていて、その熱がじんわりと俺に伝わっていく。
さらに鼓動の振動も伝わってきて、ドクンドクンと頭に響く。
涼風さんの顔はほんのり赤く、どこか色っぽい。
いつもの涼風さんの雰囲気ではなかった。
「ちょ……涼風さん?」
「時雨君、じっとして?」
「は、はい……」
思わず敬語でそう返してしまう。
何だこの状況は……。
涼風さんが息を漏らす。
それが俺の顔に少し当たって、余計にドキドキしてしまう。
そして涼風さんは、俺の頬をゆっくりと伸ばし、上にあげた。
「やった……時雨君が初めて笑いました……」
そしてそう、嬉しそうに呟いた。
「やっと……やっと笑ってくれました……とっても、とっても嬉しいですぅ……」
そのまま、俺にもたれかかって寝息を立て始めた。
「す、涼風さん?」
名前を呼んでも反応はない。
どうやら本当に寝てしまったようだ。
ほんとに、涼風さんはどうしてしまったのだろうか。
急に迫ってくるわ、俺の口角を無理やり上げては喜んだりと、本当によく分からない。
不思議な人だ。
そう思うと同時に、世の中には酔っ払わせていけない人がいるんだなということを学んだ。
「さてと、これをどうするかな」
俺の胸で寝ている涼風さんを床で寝かせるわけにはいかないし、さすがにこのまま一夜を明かすこともできない。
なら、やることは一つしかないか……。
「しょうがないな……」
そう呟いて、涼風さんをお姫様抱っこする。
こういうのは恥ずかしいからやりたくはないけど、今相手は寝ているし涼風さんを女子ではない何か物だと考えればどうにか……いや、恥ずかしいな。絶対もうやらん。
それにしても、めちゃくちゃ軽いな……。
ぼ、煩悩だ……これは煩悩だ。何も考えずにベッドに運ぼう。
そう何度も自分に言い聞かせて、涼風さんをベッドに寝かせる。布団をちゃんとかけておいた。
「これで大丈夫だな」
部屋にかかっている時計を見る。
時刻は十時を過ぎていた。
「もう帰らないと」
ちゃぶ台に広がった教材をカバンの中に入れてそれを担ぐ。
「今日はありがとう」
気持ちよさそうに寝ている涼風さんに伝えておく。
寝ているので、意味はないけれど。
俺は靴を履いて、涼風さんの家を出た。
幸い、涼風さんの家はオートロックだったので助かった。
駅に向かって歩いていく。
「さすがにあれは、ちょっとらしくないことをしたかな」
実は家に出る前に、ちゃぶ台に紙切れを置いておいた。
俺はちゃんと感謝を伝えなければ気が済まない。
たとえさっき感謝を伝えたとしても、寝ていては意味はないと思うから。
だから、こう書いておいておいた。
『ありがとう』
と。
ほんと、今となってはすごく恥ずかしいが、悔いはなかった。
―――あとがき―――
ちなみに、僕の友人で炭酸で酔った人が本当にいました。
まぁ場酔い、に近いでしょうけど。というかほぼそうでしょうけど笑
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