第10話 今日も幸せに
「じゃあまた明日もよろしくお願いしますね」
「おう」
私と時雨君は駅のホームが反対なので、改札を出たところでお別れです。
私があまりにも強引にお礼をしたいと頼み込んで今の状況があるので、やっぱり時雨君にはどこかよそよそしさがあります。
でも、私は「お礼をする」ということを頼んで承諾してもらっているので、正直また助けてもらっているのと同じようなもの。
いつも申し訳なさそうな顔でお弁当を受け取ってくれるので、むしろ私が申し訳ないように感じます。
だからもし、時雨君が本当に困っていたのなら私がどんな状況であれ、今度こそは手を伸ばそうと、そう心に決めているのです。
おっと。私は決意を改め、一人でぐっと『頑張るぞポーズ』をしていたため見知らぬ人からたくさんの視線を向けられていました。
「(は、恥ずかしいです……)」
逃げるように階段を駆け上がり、ホームへと上がりました。
すると真っ先に反対ホームにいる時雨君が目に入ります。
それだけで、なんだか心がウキウキしちゃうんです。
私、最近おかしいな。
そう思っていても、時雨君に声をかけたくなって、できるだけ時雨君に近づきました。ゆっくり、ゆっくりですが。
「(おや?)」
なんだか時雨君が誰かと話しています。
あれは……社交的な新島さんだ。でも、どうして二人が話しているんだろうと、少し、少しですが気になってしまいました。
私は耳がとってもいいので、盗み聞きしちゃおうと思いました。
「(最近私、どんどんと自分が自分じゃなくなっていくみたいです……)」
どうやら原因不明の病に侵されているみたいです。
私はカバンの中から、帽子とマスク、そして授業中のみかける眼鏡を取り出し、装着。
帽子は街中を歩くとイケている若い男の人に何かの紹介……芸能事務所、とかのお誘いを受けてしまうことがあるため、持ち歩いています。
これで変装ばっちりです。我ながら才能ありだと思います。
そして神経を研ぎ澄まして、あちらの会話に耳を傾けます。
「えぇ?! 聖奈ちゃん彼女じゃないの?!」
そんな言葉が断片的に聞こえてきました。
ドキリ。
なんだか鼓動が早くなっている気がします。
か、彼女だなんて……私じゃ全然だめです。
きっと時雨君は私のこと、特に何も思っていないんだろうな……。
「別に俺は涼風さんのこと何とも思ってないよ」
そんな言葉がまた聞こえてきました。
タイミングばっちりに。
「(や、やっぱりでしたか……! ……う、うぅ)」
分かっていました。分かっていたのですが、なんだか少し悲しいです。いや、だいぶ悲しいです。
「はぁ、私何やってるんでしょう」
なんだか勝手に盗み聞きしておいて、勝手に悲しんで。
私バカみたいです。
いや、実際バカなんです。
電車が反対ホームに来るというアナウンスが流れました。
依然として、時雨君は新島さんとお話ししています。
なんだか靄っとしましたが、頭を横に振って紛らわせます。
だんだんと電車が近づいてきます。
そして時雨君が電車で見えなくなりました。
心で何かが生まれました。
そして時雨君と新島さんを乗せた電車は颯爽と行ってしまいました。
また何かが心の中で生まれました。
◇ ◇ ◇
「ただいまー」
小さなマンションの、私が一人暮らしをしている部屋に到着しました。
両手には食材が入ったエコバックがあります。やはり私には筋力と持久力がないらしく、ただ運んだだけで筋肉痛になる予感がします。
「そういえば、時雨君も運動不足だって言ってたなぁ」
最近は一人で今日の時雨君が言っていたことを無意識の内に呟いてしまうようになりました。
一体何をしているんでしょうか、私は。
「さっ、夜ご飯を作らないと」
猫さんがたくさんいるお気に入りのエプロンを装着。
何か装着すると、高揚感を覚えます。私、形から入るタイプなので。
そして手短に夜ご飯を作り、テレビを見ながら食べます。
最近ではクラスメイトの子がよく話しているドラマを見ています。
恋愛ものは見たことがなかったので、すごく新鮮な気持ちになれます。
その後お風呂に入って、自主学習を行います。
この学校は関東屈指の進学校なので、勉強しなければ遅れをとってしまうので頑張らないと!
「ふんす!」
気合いを入れて、勉強に取り組みます。
しばらく勉強をした後、歯を磨いてお肌のケアをし、ベットに入りました。
最近、ベットに入ると考え事をしてしまうのであまり寝れません。
そしていつも考えることといえば、時雨君のことです。
「私、時雨君の邪魔になっていないかな」
時雨君はやっぱりすごい人で、すごく優しいです。
きっと私が不器用なせいで、お礼といっても迷惑しかかけていないように思えます。それでも、たまに苦そうな顔をしたあと温かな目で私のことを見てくれるので、また私は救われます。
「救われてばかりです、私は」
勢いだけはいっちょ前でも、結局は助けられてばかり。
私は一体、どうすればいいんだろう。
時雨君はどんなことをしてほしいのかな。
時雨君はどんなものが好きなのかな。
お礼をしようと思っても、時雨君にお礼したいと思う気持ちが募るばかりで、情けないです。
私は時雨君の前では強くあろうと思えるけど、やっぱり根は変わらないなと思います。
人ってどうやったら変われるんだろう。
簡単にわかったら人間苦労はしないのですが、私は甘い人間なので天から降りてくることを他力本願で祈ってしまいます。あのときも、私は天に祈っていました。
ダメだ。弱気になってはいけない。
しっかりするんだ涼風聖奈。私が時雨君を、どうにか笑顔にするんだ。
まだ時雨君の笑顔を私は一度も見たことがない。時雨君が笑いたいのか分からないけど、笑顔は幸せの源だと幼いころから言われ続けていました。
でも、念のため今度、笑いたいか聞いてみようと思います。
なんだか、「はあ?」みたいな顔をしてくる気がしますが。
「ふふふ」
私が笑顔になってしまいました。
またです。
また時雨君に励まされてしまいました。
なんだか時雨君との会話とか、時雨君の内面から見える温かな表情とかを思い出すと胸があったかくなります。とても、幸せな気持ちになれます。
詳しいことは私にはわかりませんが、こんな風に時雨君のことで頭がいっぱいになってしまう現象の名前だけは知っています。
その現象をさらに細かくすると、もっと複雑な感情の変化があるらしいのですが、私は不器用なので総称しか理解できませんでした。
だけど、この現象の名前だけは、私の中でしっくりきました。
私はきっと、そうなんだろう。ここ最近でそう思うあいまいな気持ちが確かなものへとなっていきました。
今では正直な気持ちを言えば、確実にその現象が私の中で起こっていると確信を持っています。
でも、到底口には出せません。出してはいけないと、私の中のルールで決まっているのです。
だから、この現象に私が『私自身』に明確に名前を付けるのは、時雨君にとって私が笑顔に、幸せにさせてくれるような存在になったとき。
そして、ちゃんとお礼をできたとき。一生をかけて、と言ってしまいましたが。実際、私は一生をかけてもいいし、一生分のお礼をしようと思っていますが。
後から考えれば一生だなんて迷惑な話だな、なんて思いますけど。
気持ち的には、気合い十分です。
「頑張るぞ!」
明日は時雨君のしてほしいこととか聞いてみようかな。
そういえば、コーヒーが好きって言ってたな。
そういえば、一人暮らししてるって言ってたな。家事とか、めんどくさいと思ってることとかないかな。
「……私、なんだかストーカーさんみたいです」
そろそろ寝ないと。
今日も又、幸せな気持ちを胸に抱いたまま眠りにつけます。
ベットに入ってからしばらくたって、私はようやく目を閉じました。
明日こそ、少しでも幸せを届けたいな。
「おやすみなさい」
そう願って、今日も一日が幸せに終わるのでした。
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