第11話 空中浮遊

『本日は朝唐教祖がお見えになっていますので、午後の修行プログラム~DVD鑑賞は中止し、教祖様の特別説法へと差し替えになりました!信者の方は全員、第1サティアンの講堂へとお集まり下さい!』


午後の修行内容の変更を知らせるアナウンスが、施設中に響き渡った。


「という事は、今日はあのお粗末なDVD観なくて済むのね……良かったわ」


映像にはちょっとうるさい、映画通のてぃーだが嬉しそうに言った。


鴉信教の修行のひとつにDVD鑑賞というのがあるのだが、このDVD鑑賞とは、べつに映画館で上映されるような映画を観る訳では無い。鴉信教制作のこのDVDの内容といえば、それはもう酷いものであった。


例えば、昨日上映された『新世界』などは現在の世界の滅亡を描いた作品なのだが……アメリカには隕石が襲来、ヨーロッパは巨大津波に襲われ、日本は大地震に見舞われる……そして、その大災害の中で生き残る事が出来たのは、鴉信教の信者達だけだった。


そんな大災害のシーンは全て『アルマゲドン』や『デイ・アフター・トモロゥ』『日本沈没』そして『ゴジラ』の映像をそのまま編集して使っているのだ。


日本の国会議事堂は、突然登場したゴジラによって破壊されていた……


「えっ?オイラは結構楽しんで観ていたけどなぁ……この間の『アッキー』とか、面白くなかった?」


「ああ、あの朝唐教祖が修行を積んで、ボクシングのヘビー級チャンピオンと闘って勝つヤツね……あんなの『ロッキー』のパクリじゃないの!」


てぃーだの言う通り、これもストーリーは『ロッキー』そのまんまで、主演の朝唐はトレーニングの代わりに瞑想や滝行などの修行を積む。


なんと言っても相手役のチャンピオンが、恐らく信者であろう少し体格の良い日本人に、全身を黒く塗ってアフロのカツラを被せただけ…というのがなんとも酷かった。


「午後の特別説法は、信者全員参加って言ってたな……って事は、その中かおりちゃんもいる筈だ!これはチャンスだよ」


入信して一週間も経つのに、かおりの姿さえ発見出来ないチャリパイにとっては、この特別説法はまたとないチャンスと言えた。


「よし、そうと決まったらみんな第1サティアンに集合だ!」

「おお~~~っ!」


拳を突き上げ張り切るチャリパイの四人。果たして、そこにかおりの姿はあるのか?


朝唐の特別説法会場となる『第1サティアン』には、この施設の全信者およそ三百人程が集まっていた。


「まるで学校の全員朝礼みたいね。この中にかおりちゃんもいるのかしら?」


ひしめき合う信者達の中から、かおりの姿を捜す為にキョロキョロと辺りを見回すチャリパイの四人。しかし、皆同じ格好をしているこの大勢の信者の中から、かおり一人を見つけ出すのは容易な事では無い。


「あっ、シチロー!あのコかおりちゃんじゃない?」

「どれ?……いや、違うな……雰囲気は似ているけど、顔が全然違うよひろき」


チャリパイがそんな事をしていると、いきなり会場の照明が暗くなった。


「クソッ!コレじゃ顔がよく見えない」


余計な事をしてくれると、シチローが舌打ちをする。と、その瞬間ステージの方にスポットライトが灯され、派手なオーケストラの曲が会場全体に響き渡った。


『皆さん!大変お待たせ致しました!いよいよ、我が鴉信教の大教祖~朝唐 将宙の登場です!』


同時に湧き起こる、信者達の大歓声。デパートで会った時と同じ、相変わらずむさ苦しい髪型と髭という姿で朝唐がステージの上に立っていた。


トレードマークの真っ黒な衣装は、信者達が着ている物よりもかなり上質で金がかかっていそうだ。朝唐を見る信者達の眼差しは、真剣そのものである。全員が朝唐のありがたい説法を聞き逃すまいと、静かに聞き耳を立てていた。


朝唐は、咳払いをひとつすると、突然こんな事を言い出した。


「皆さん!今日は皆さんに、私の『気』をお見せしましょう!」


掌を会場の信者達に見せ、そんな事を言い出す朝唐……『気』を見せるというのは一体どういう事だろう?


「皆さんもご存知のように、我々のいる地球のあらゆる物には引力という『力』が働いています。……如何なる物も、この力には抗えない、この自然の摂理。

ですが、鴉信教の厳しい修行を積めば、この絶大なる力さえもねじ伏せる事が可能である事を、今、この場で私が証明して見せましょう!」


朝唐の話を聞いていた信者達の中に、ざわめきが起こる。


「今から私は『気』によって、このステージ上で宙に浮いてご覧に入れます!」

「うおおぉぉ~~っ!それはすごい~っ!」


朝唐の言葉に、会場全体が異常な熱気に包まれた。


「宙に浮くんだって!あのオジサンすごいね!」


朝唐の言葉をその通りに受け取り、大げさに驚いてみせるひろきだが


「どうせ、ワイヤーか何かで吊り上げるだけよ。ウチの劇団でもよくやるわ……」


てぃーだの言う通り、冷静に考えれば、そういう結論に辿り着くのが妥当なところだろう。そして、実際それは事実であった。


朝唐はステージの上で合掌し、その細い目を瞑っておもむろに何やら呪文のようなものを唱え出した。


「カ~ラ~~スッタラ~ナ~~ゼ~~ナクッタラ~~」


その朝唐の足元を、息を飲んで見つめる信者達。


さすがに洗脳された信者達の頭の中には、教祖を疑うなどという思考回路は無かった。


「おお~~~っ!教祖様の体が宙に浮いたぞ~っ!」


朝唐の体は、床から5センチ程ゆっくりと浮き上がった。


「ほらっ!暗くて見えにくいけど頭の上、細いワイヤーがあるのが判るでしょ?…それに、舞台袖にクレーンの操作しているらしい人間がいるわ……」

「あっ、ホントだ……」


洗脳されていないチャリパイには、この単純なトリックがすぐに見破る事が出来たようだ。


驚きの声を上げて朝唐を絶賛する信者達。


一方のチャリパイは、そんな事には構っていられなかった。それよりも今は、信者達の中からかおりを捜し出すのが先である。


「それじゃ、みんなで手分けして捜そう!オイラは右側の前を捜すから、ティダは左前、ひろきは右後ろ、そしてコブちゃんは……」


そこまで言って、はたとシチローは子豚の姿が見えない事に気が付いた。


「あれ、コブちゃんはどこに行ったんだ?」


その瞬間だった……不意に信者達から大きな歓声が上がった。


「うおおぉぉ~~っ!あんなに高く浮き上がったぞおぉぉ~~っ!」


その異変に驚いてシチロー達がステージ上を振り返ると、そこには、2メートル近く浮き上がった朝唐の姿があった。


「うわ。ありゃあ~ちょっとやり過ぎだな…5センチや10センチならリアルなもんだが、あそこまでいくとメチャクチャインチキ臭いよ」


呆れたように呟くシチロー。


しかし、この派手過ぎるデモンストレーションは当の朝唐にも予定外の出来事だったのだ。


「あっ、シチロー!あそこ!」


てぃーだが指差したのは、朝唐のいる舞台の袖……朝唐を吊っているワイヤーのクレーンの操作を何故か子豚がやっていた。


「げっ!!コブちゃん何やってんだっ!」

「どうせやるなら、派手にやらないとね」


退屈な修行生活に不満を募らせていた子豚が、その不満を朝唐にぶつけるべくクレーンの操作盤を占拠していた。


「おいっ!予定と違う!早く降ろせ~っ!」


ワイヤーに吊られてもがく朝唐に、まるでイタズラ小僧のようにほくそ笑む子豚。


「はい~次は左右に大きく揺れる運動~~」

「ぎゃあぁぁ~~っ!」


2メートルの高さに浮いたまま、右へ左へと移動する朝唐を見て、信者達の歓声は更に大きくなった。


「おお~~っ!今度は左右に動き出したぞ!何という『気』の強さなんだあぁぁ~~っ!」

「信者達、あの不自然な動きにおかしいとか思わないんだね…やっぱり、キノコの力は偉大だ!」


呆れたようにシチローが呟く。


そして、この子豚のイタズラのおかげで、朝唐の特別説法はぶち壊しになってしまうのだった。


「はい、今度はぐるぐる回ってもらいましょう~~」

「のわあぁぁ~っ!たっ、助けてくれぇぇ~~~っ!」


叫び声を上げながら、コマのように回る朝唐。


しかし、それでも熱狂した信者達はなお歓声を上げるばかりだ。


「素晴らしい!」

「さすがは教祖様だっ!」


鳴り止まない拍手の嵐。その中には、感動のあまり涙を流す信者までいた。

しかし……そんなエキサイトした状況は、ある事をきっかけに終わりを告げたのだ。


「あらっ?故障かしら……止まらなくなっちゃったわ……」


回転を続けたまま、子豚の操る操作盤のレバーが元に戻らなくなってしまった。


「どうやって止めるのかしらコレ……」


操作方法を知らずに適当に動かしていた子豚は、並んでいるボタンを辺り構わず押しまくる。


その結果が……


ガラガラガッシャァァン!


クレーンのワイヤーを掴んでいるロックが解除され、朝唐は勢い余ってステージ後ろの壁を突き破っていった!


「あ………」

「・・・・・・・・」


信者達の歓声はピタリと止み、会場内は静寂に包まれた。


しばらくして、ステージの幕は降ろされ……会場にはこんなアナウンスが流れた。


『あまりに強い『気』をお使いになり、教祖様はお疲れのご様子です。

よって、本日の特別説法はこれにて終了とさせていただきます!』


「調子に乗り過ぎだよ……コブちゃん……」























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