第12話 チャリパイ始動

特別説法で起こったアクシデントの為、この日のプログラムに大きな穴が空いてしまった。朝唐が2メートルの高さから落っこちてしまい、取り巻きの幹部達もフォローの為、修行どころではなかったのだ。


そんな訳で、この施設では珍しくこの日は全ての修行プログラムが中止となり、嬉しいオフの時間となった。シチロー達は施設のある部屋に集まり、会場での事を振り返る。


「あの特別説法は信者全員参加だったはずなのに、かおりちゃんの姿は無かった……かおりちゃんは本当にこの施設に居るんだろうか?」

「脱会しようとしてさらわれたんだから、もしかしたらこの施設のどこかに監禁されている可能性もあるわね」

「かおりちゃん、無事だといいけどね……」


かおりの身を案ずる、シチロー、てぃーだ、そしてひろきと……


「あれ?またコブちゃんがいないぞ……」

「あっ、いつの間に!」


ちょっと目を離すと、すぐ単独行動に走る……まったく油断出来ない。


「お~い!コブちゃ~ん!」


すると、まもなく子豚が何やらチラシのような物を手に持って、大騒ぎしながらこちらに走って来た。


「ちょっと!コレ見てよ!コレ!」


興奮気味にそう言うと、子豚は持って来たチラシを三人の目の前に広げて見せた。


「ん?何それ……」


と、チラシの文字に目をやるシチロー達だったが、次の瞬間……その紙に書かれていたあまりに突飛な内容に、驚きの声を上げた!


「なんだそりゃあ~っ!ホントかよ!これっ!」


その内容とは……


『本日焼酎飲み放題!』


「訳わかんないんですけど……」

「でも嬉しい~」


首を傾げるシチローとてぃーだに、手を取り合って喜ぶ子豚とひろき。本当に、鴉信教は何を考えているのだろう?


「焼酎飲み放題って、どういう事だよ……なんで鴉信教がそんな事するんだ?」

「やっぱり、こんな修行なんて飲まなきゃやってらんないのよ」


そんな子豚の理屈が正しいのかどうかは分からないが、どうやらこの施設で本日に限り焼酎が無料で飲み放題なのは事実なようだ。


「やった~~久しぶりにお酒が飲める~~」


中でも一番喜んでいたのは、持ってきたビールを既に初日で飲み干してしまったひろきに違いない。


「そうと決まれば、私は場所を確保するから、ティダとひろきは焼酎、シチローはおつまみの確保ね!」

「こんな時ばっかり張り切るんだな、コブちゃん」

「ツベコベ言わない!早くしないと無くなっちゃうわよ!」


すっかり宴会モードの子豚の指示のもと、チャリパイの面々は各々の持ち場へと散っていった。



♢♢♢


「ぷはあ~~~っ!焼酎おかわりぃ~~」


久しぶりに飲む酒はよほど旨いのか、惚れ惚れするほどの飲みっぷりでグラスの焼酎をイッキに空けるひろき。


「しかし、ホントにどういう風の吹き回しなんだ?…まさか、この焼酎に変な薬でも仕込まれてるんじゃないだろうな」


疑い深そうな目で、既に半分空いた焼酎の瓶を顔の前で揺すってみせるシチロー。


『鴉天狗』と印刷されたラベルが貼られたその焼酎は、たしかにあまり見覚えのないものであったが、そんな事はお構いなしに子豚とひろきは遠慮なく焼酎を流し込んでいた。


「全然大丈夫だよ~シチローてか、この焼酎すごく美味しいよ」


あまりにひろきが旨そうに飲むので、シチローとてぃーだも『鴉天狗』に恐る恐る口をつけてみると


「あっ、ホントだ!この焼酎旨いな!」

「本当に…口当たりが良くってまろやかな味わいね!」


意外にもこの『鴉天狗』…ひろきの言う通り、かなりの絶品であった。


「それじゃあ、まぁ改めて~カンパ~~イ」

「カンパ~~イ」


潜入捜査も満足に進んでいないのに、どこが『乾杯』なのだろうか……


厳しい修行生活の中での思わぬ休息、そしてテーブルには絶品の焼酎『鴉天狗』に、食堂から分けてもらった焼き鳥や唐揚げ等のおつまみ。チャリパイのテンションも一気に上昇だったのだが……


「あのねぇ、シチロー!探偵って言ったら、やっぱりハードボイルドじゃ無きゃ駄目だとアタシは思う訳!」

「シチロー!つまみが足りないわよっ!もっと焼き鳥もらって来てよ!」

「シチロー!飲みが足りない!もっと飲めぇ~!」

「なんだお前ら!三人ともどんだけ酒グセ悪いんだっ!」


よっぽど鬱憤が溜まっていたのだろうか、てぃーだまで混じって三人共、シチローに絡むわ、絡むわ……


シチローにとっては、修行よりも耐え難いこの宴会は果てしなく続くのだった。



♢♢♢



シチローは知らないうちに眠ってしまっていたようだ。そして、いつの間にか夜が明けていた。いったいこの四人は、何時間宴会をしていたのか……


「ハッ!知らないうちに寝てしまった!」


まさか、あの『鴉天狗』に睡眠薬でも入っていたのではと一瞬思ってはみたが、よくよく考えればあれだけ焼酎を飲めば眠くなるのも無理はないと、苦笑しながらシチローは辺りを見まわす。


「う~ん…」


隣に目をやると、ちょうどその時目覚めたばかりのてぃーだの姿が目に入った。


「おはよう、ティダ」

「あれ…いつの間にか眠ってしまっていたのね……コブちゃんとひろきは?」


見ると、子豚は焼き鳥の串を握りしめたまま、ひろきは焼酎の瓶を抱え込んだままテーブルに突っ伏してヨダレを垂らしながら眠っていた。


「もっと焼き鳥ちょうだぃ~ムニャムニャ…」

「焼酎おかわりぃ~ムニャムニャ…」

「なんちゅう格好で寝てるんだこの二人は……」

「夢の中でも宴会やっているのね……」

「ほらっ!いつまで寝てんだ二人共、朝だぞ~っ!起きた起きた!」


焼酎の氷を入れる為に使っていたステンレスの容器を、瓶でカンカンと打ち鳴らしながら子豚とひろきを起こすシチロー。


「んもぅ~うるさいわねぇ~起きればいいんでしょ、起きれば!」

「さあ、宴会は終わりだ!これからは、本来の任務に本腰を入れていくからなっ!」


鴉信教へ潜入を試みたものの、今までこれといった成果も上がらない事に焦りを感じたシチローは、新しい作戦に転じる決意をした。


「朝唐の特別説法の時も、かおりちゃんの姿は見つけられなかった……きっと彼女はどこかの部屋に監禁されているに違いない。

今夜はこの施設の部屋を片っ端から探して回るぞ!」


鴉信教のこの広い敷地には九つの建物があり、それぞれ第一サティアン~第九サティアンと呼ばれている。これを端から全て探索するのは、かなりの労力を必要とするに違いない。


それに……


「でもシチロー。この施設って、あちこちに見張りの信者が夜通し立っていて、探索なんてそんなに簡単には出来ないよ……」


そんなひろきの意見は、それなりに的を得ていた。


「確かに見張りは厄介だけど……要は見つからなければいい訳だ」

「そんなの無理に決まってるでしょ!」

「いや、天井裏の通気ダクトを伝えば見つからずに部屋を回れる筈だ!」


見張りに見つからずに、かおりを捜す為にシチローが考え出した通気ダクトを使う作戦。

しかし、それを聞いたエージェントの三人からは、ブーイングの嵐が巻き起こった。


「絶対ヤダッ!ネズミとか出て来そうだし!」

「狭いし暗いし、きっと埃でいっぱいよ!」

「クモの巣とか髪の毛に付きそうだしね」

「…あのねぇ君達、三人もいるんだから、誰か一人位「私が行く」って人間はいない訳?」


シチローは、全員が無理ならせめて誰か一人、自分と一緒についてくる様に命令したのだが……


「ジャンケンでも何でもいいから、誰か一人決めてくれっ!」


自分一人で行くのは心細いのか、どうしても誰か同行して欲しいというシチローの要望に、仕方なく三人は顔を見合わせるのだが…


「私ってほらっ『かるくヤバイ』体型だから、狭い通気口はきっとつっかえちゃうと思うわ!」


普段なら体型の事を触れられるだけで怒るくせに、突然こんな時だけ子豚が体型をアピール。


すると、


「そうだよね~コブちゃん。あたしも、胸がつっかえちゃうかも」


と、小柄ながら胸だけは立派なひろきが子豚の理屈に乗っかって来た。


「じゃあ、ティダは!」

「え?…え~とアタシは……」


子豚とひろきにそんな理屈をこねられれば、スレンダーな体型で胸だって人並みなてぃーだは、断る理由が見つからない。


「もう~!わかったわよ!アタシが行けばいいんでしょ!アタシがっ!」


かなりアンフェアな理由で、シチローと行動を共にするのはてぃーだに決まった。

てぃーだとしては、かなり不満な決定だろうが、結果的にはこのペアが最も適任であるのかもしれない。


























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