第13話 かおりを救出せよ ①

「思っていたよりも狭いな……こりゃあたしかにコブちゃんには無理かもしれない…」

「それに、狭いし埃っぽいし……ホントにネズミとか出て来そう…」


懐中電灯片手に、天井の狭い通気ダクトをまるで芋虫のように這いつくばるシチローとてぃーだ。


この通気ダクトは、施設のあらゆる部屋へと通じている筈である。二人は、その部屋を端から一つずつ偵察して回った。


「う~ん……この部屋も違うな……てか、今夜中に全部回るのは無理かも」

「シチロー、手分けして探さない?アタシは右側の部屋、シチローは左側を探して」

「そうだな……そうしよう!」


左右に分かれた通気ダクトの先にある部屋を、それぞれ別々に覗き込むシチローとてぃーだ。その時だった!


「シチロー、ちょっと来て!」

「なに!もう見つけたのかティダ!」


まだ探索を始めて間もない。こんなに早くかおりを見つけられるとは、なんてラッキーなんだとシチローは喜びいさんでてぃーだのもとへ這って行った。


「見て、あの信者“ヅラ”だわ……」


覗き込んだ部屋の中では、カツラを外してツルツルの自分の頭をタオルで拭う一人の信者の姿が……


「・・・あのねティダ・・・・」



♢♢♢



シチローとてぃーだが通気ダクトに潜り込んでから、およそ一時間あまりが経過していた。


「次は『第7サティアン』を探索してみよう!」


鴉信教の施設には、九つの建物がある。その中で、この第7サティアンには居住の為の部屋は無いとされていたが、実は、シチローはこの建物にかおり探索とは別の興味を抱いていた。


「これが噂の第7サティアンか……」

「噂の…って、この場所に何か秘密のようなものでもあるの?シチロー」

「あそこに貯蔵タンクのようなものが並んでいるのが見えるだろ?」


他の施設と違い、この第7サティアンは建物全体が薬品工場のような様相であった。その隅の方に並ぶ幾つもの貯蔵タンクを、シチローは指差した。


「あのタンク?あれは一体、何のタンクなの?」


そのてぃーだの質問に、シチローは真剣な表情で実に恐るべき事を口走った。


「あのタンクの中には、『ソリン』という猛毒の神経ガスが貯蔵されている……元々は液体だが、空気に触れると広範囲に揮発し、そのガスを吸った人間は呼吸器、循環器に著しい不具合を併発し最悪の場合、死に至る……」

「なんでそんな危険な物がこの施設にあるのよ!」


シチローの説明に、驚いたように声を荒げるてぃーだ。


「朝唐教祖の予言『新世界』だよ……鴉信教の教えの骨格となる部分。

『現在のこの世界は、そう遠くない未来に、ある厄災に見舞われ滅亡する……そしてその後には鴉信教を中心とする理想の新世界が誕生するであろう!』

奴ら、手始めにこのソリンを東京のどこかにでもバラ撒くつもりに違いない!」

「そんなバカな事……」


信じられないという顔をするてぃーだ。


「いや!何しろイカレた連中だからな……あの信者達、新世界の事を顔色ひとつ変えずに語ってやがった!」


この施設に初めてやって来た時に聞いた信者の台詞を思い出し、シチローは嫌悪感たっぷりに吐き捨てるように言った。


そして、溜め息をひとつつくと


「さっ、ここにはかおりちゃんは居ないみたいだ。次を捜そう!」

「でも、いいの?ここほっといて……」

「なんとかしたいところだけど、今のオイラ達には手が出せない……今は依頼を優先させよう」


鴉信教の恐ろしい野望を目のあたりにしながらも為す術が無いシチローとてぃーだは、やるせない思いを胸に抱きながらも次の建物を目指し第7サティアンを後にした。


「シチロー!ちょっとこっち!」

「なんだよ……もう信者のヅラはいいって…」

「そうじゃ無くって!かおりちゃんがいたわ!」

「なにっ!!」


およそ二時間以上も暗くて狭い通気ダクトの中で格闘した甲斐があったというものだ……数ある施設の部屋の中から、ついに二人はかおりのいる部屋を見つけ出した。


「かおりちゃん、大丈夫なのかな……」


何しろ、鴉信教を脱会しようとして信者達に拉致されてしまったかおりである……この施設に監禁されている間、酷い扱いを受けていたのではないかと、シチローは心配になっていた。…のだが……


「うわ、なんだこの豪華な部屋は!」


かおりのいた部屋は他の信者の部屋とは違い、壁紙や絨毯に始まり、置かれている家具に至るまで、全てが豪華、ゴージャスであった。


「いいなぁ…大画面の薄型テレビにブルーレイまであるよ……」

「パソコンにゲームまであるわ!」


これでは、まるでVIPルームである。


「これはどういう事?」


驚いた表情で互いの顔を見合わせるシチローとてぃーだ。

監禁されているはずのかおりが何故このような扱いを受けているのか、シチローとてぃーだには皆目見当がつかなかった。


シチローとてぃーだがかおりの超豪華な部屋に驚いているその時。


「ん?今、何か通り過ぎなかった?」


二人の前を、二十センチ程の黒い塊が横切った。


「あっ、ネズミだ……」

「きゃああっ!」


狭い通気ダクトの中ですばしっこく動き回るネズミを追い払おうと、てぃーだが今の状況も忘れ、必死にバタバタと暴れ出す。


「ちょっ、ティダ!そんなに暴れたら……」


バリッ!


「うわっ!」


案の定、元々そんなに頑丈ではない天井を突き破り、シチローとてぃーだはかおりの部屋に落下してしまった!


ズデ~~ン!!


「イテテ……」


突然天井から降って来た二人の姿に、驚いて声を失うかおり。


「!!!」

「ハハ……ど~もこんばんは、かおりちゃん」


そんなかおりに対して、なんともバツが悪そうに挨拶をするシチローとてぃーだであった。


「あなた達、誰?」


天井を突き破り、突然二人の人間が落ちてきたのである。かおりがそう尋ねるのも無理はない。そんなかおりの問いに、シチローはポケットから手のひら程の小さな花を取り出し、それをかおりの方へ向けてニッコリ微笑みながら言うのだ。


「泥棒です。かおりさん、どうかオイラ達に盗まれてやって下さい」

「どろぼうさん?」

「シチロー、それ『ルパン三世カリオストロの城』のパクリじゃないの?」

「バレたか」


てぃーだの指摘に、頭を掻いて照れ笑いを浮かべるシチロー。

そんなシチローに


「わたしのクラリスも、なかなかだったでしょ」


そう言って肩をすぼめて舌を出すかおり。今時の女子高生らしく、なかなかノリの良い性格らしい。今夜は偵察だけにする予定であったが、天井が抜けたおかげでかおりの前に姿を現してしまった。こうなったら、このままかおりを救出してしまおう!と、シチローは考えた。


「実はオイラ達、ある人に依頼されて君を救出に来たんだ。さあ!かおりちゃん、ボヤボヤしている時間は無い。早くここから逃げ出すんだ!」


そう言って、自分達が落ちてきた天井の穴の真下に、テーブルや椅子を並べ始めるシチローとそれを手伝うてぃーだ。


「えっ、今からですか?」

「そうだ!この通気ダクトを通れば外に抜けられる」

「でも……」


ところが、なぜかかおりは脱走に消極的な様子だった。


「どうしたのかおりちゃん?あなた、ここから出たくないの?」


躊躇するかおりの様子に気が付き、そう尋ねるてぃーだ。


「いえ……わたしだって、ここから出たいわ!…でも……」


あまりに急な事に戸惑っているのか、煮え切らない態度のかおり。


「でもどうしたっていうんだ!こんなチャンスは二度とないぞ!

それとも、何か問題でもあるっていうのか!」


ここは、少し強引にでもかおりを連れて行きたいシチローは、語気を強めてかおりの決断を迫るのたが……そんなシチローに向かって、かおりは少し言い辛そうに言葉を発した。


「あの……わたしもこの部屋から出たいのは、やまやまなんですが……」

「じゃあ、どうして!」


「さっきからお二人の後ろで、ので……」

「え・・・・・・・」


天井から落ちた時よりずっと、ドアに背中を向けて立っていたシチローとてぃーだは、ドアの脇に仁王立ちしていた二人の見張りの存在にまったく気付いていなかったのだ。


「なんだよ…見張りがいたのか……黙って突っ立ってないで、いるならいるって言えばいいのに……」

「やかましいっ!なんだお前らはっ!さては警察の犬だな!」


見張りの数は二人。どちらもプロレスラーのような体格の屈強な男達だ。


「どうするの、シチロー?」


いつ飛びかかってくるかわからない見張りと目を離さないようにして、てぃーだがシチローに指示を仰いだ。


「あのさ、ティダ……」

「なによ?」

「君、たしか琉球空手やってるんだったよね?」

「ええ、一応……」

「それも、かなりの腕前なんだってね?」

「ま…まぁ、鍛錬は今でも続けているけど……」


「じゃあ~決定!ティダは見張りの相手!かおりちゃんはオイラと逃げよう」

「あっ!ちょっとシチロー!何よそれ~~っ!」


そう言うが早いか、シチローはてぃーだを置いて、既にかおりと二人で積み上げた机の上から通気ダクトへと登っていた。


その行動に見張りの二人でさえ、呆気にとられている。


「女が残って野郎が逃げるって、普通、逆じゃねぇのか……」

「じゃあ~ティダあとは任せたから」


満面の笑顔でそれだけ言い残すと、さっさと逃げ出すシチローとかおり。


「こら~っ!シチローッ!ホントにアタシだけ置いて行くのかっ!この裏切り者~~~っ!」

「なんか、下で怒ってるみたいですけど……」

「大丈夫、大丈夫。ティダの琉球空手は最強だからさっ、行くよ」


実際に見た事も無いくせに、なんとも都合の良い理屈である。


さて、残されたてぃーだは……


「アンタも可哀想だな~あんな薄情な仲間を持って」

「ホントに同情するよ。ハッハッハ~」


同情というよりは、バカにしているとしか思えない見張りの笑い声に、カチンときたてぃーだ。


「そんな呑気な事言っていて良いの?アンタ達、かおりちゃんの見張りなんでしょ?」

「ハッ!そうだった!!」


大事な事を忘れていた。シチローの、のらりくらりとした言動にすっかり騙されてしまった事に気付いた見張り達は、慌てて顔を見合わす。


「クソッ!こうなったら、この女を捕まえて人質に!」


そう言うが早いか、見張りの一人がてぃーだに飛びかかるが……


「ハッ!!」


てぃーだは、その見張りの攻撃をひらりと交わし、鋭い後ろ回し蹴りを見張りの後頭部に命中させた!


「ぐわっ!」


もんどりうつ見張りの一人を見下ろし、今度はてぃーだが笑みを浮かべて言った。


「女だからって、あんまり甘く見ない事ね」


てぃーだに見張りの相手をさせているうちに、通気ダクトから脱走を試みるシチローとかおりの二人。


「ねぇ、ところでオジサン。わたしを救出して欲しいって、誰から頼まれたの?」

「かおりちゃん……日本語は正しく使わなければいけないな。オイラは“オジサン”ではなくて“お兄さん”だ!ホントは依頼人に関する事は内緒にしなきゃいけないんだけど、ぶっちゃけ依頼してきたのは君のお母さんだよ」

「えっ!お母さんが?」

「そう!突然教団にさらわれた君の事を心配している。オイラ達とこの施設に潜入して、今も君の事を捜している筈だよ」

「へぇ~、そうなんだ」


母親が自分の事を心配してくれている事に、ちょっぴり嬉しそうな顔をするかおり。


「そういう訳だから、何としてもここから逃げ出すんだ!」

「うん、わかった……でも、ここ暗いし狭いし、早く下に降りない?

ネズミとか出てきそうでヤなんだけど……」

「ん?ネズミならさっき来る時に出てきたな……」

「マジィ~!絶対やだ!わたしネズミ大っ嫌いなんだからっ!」





























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