第14話 かおりを救出せよ②

ガサガサッ!


「おや?噂をすれば……」

「ギャア~~ッ!」


暗くてはっきりは見えないが、シチローとかおりが進もうとしているその先には、明らかに何かがいた。


「もうムリッ!はやく下に降りようよ、オジサン!」

「たからオジサンじゃ無い!……しかし、こっちを通った方が安全なんだけどな……」

「安全な訳無いでしょ!ネズミがいるのよ!ネズミ!」

「いや、そういう意味じゃなくて、下には見張りが……」

「ネズミに比べたら、見張りの方が全然マシよっ!」


よほどネズミが嫌いらしい。その場からテコでも動こうとしないかおりの為に、シチローは逃走経路の変更をするより仕方なかった。


「わかった!左のダクトから下の部屋に降りられるから、そこから廊下に出よう!」

「賛成~!こんなとこ早く出たいわ!」



♢♢♢



一方、子豚とひろきの二人はどうしているだろう?


「はい次、コブちゃんの番だよ」

「う~ん……ひろきの性格だと、ババは一番右…いや、左かしら?」


シチローとてぃーだがかおり救出に奮闘している時に、子豚とひろきは部屋で呑気にトランプのババ抜きをしていた。


「ババ抜きって、二人でやってもあんまり楽しくないわね……」

「誰がババ持ってるかバレバレだしね……シチロー達、かおりちゃん捜しに行ってどうしちゃったんだろ……」

「今頃、見張りに見つかってあちこち追いかけられてたりして」

「アハハそれウケル~」


その時だった!施設内全体に、突然異常事態を知らせるサイレンが鳴り響いた。


「何これ!もしかして火事かしら?」

「なんか、部屋の外が騒がしいよコブちゃん!」


廊下では、多くの信者達が行き交う足音が忙しく響いていた。何かのトラブルがあった事は間違いない。そして、怪訝な顔を浮かべる二人に、事の真相を知らせるように場内アナウンスが響き渡った。


『緊急事態発生!只今施設内に不審な潜入者が潜伏中!直ちに捕獲せよ!』


「あっ!これシチロー達だよ!」

「見張りに見つかったんだわ、あの二人!」


これはトランプなどしている場合では無いと、急いで部屋の外へ出る子豚とひろき。

その二人の目に映ったのは、十数人の見張りに追い回されて必死に廊下を駆け回るシチローとかおりの姿だった。


「おい!例の娘も一緒だぞ!絶対に逃がすんじゃないぞ~っ!」

「ハァ、ハァ……君、なかなか有名人みたいだね……みんな…君の…顔見たとたん…血相変えて…追いかけてきたけど……」

「やっぱり…かわいい女の子は…どこに行っても…モテるのよね……」

「なんだそれ……」


あの豪華な部屋といい、見張りのかおりに対する気にかけ方といい、このかおりには何か秘密がありそうだ……しかし、今はそれを詮索している余裕は無い。

とにかく、かおりを連れてこの施設から逃げ出す事が先決である。


「あっ、シチローだ。それにかおりちゃんもいるよ」

「ドジね~シチロー、ホントに見張りに追いかけられてるわ」


仲間がピンチだというのに、まるで他人事のように薄情な子豚とひろき。

それどころか、シチローの必死の形相を見て楽しんでいるようにも見える。


「シチロ~~もっと速く走らないと、見張りの人に捕まっちゃうよ~」

「アンタ運動不足なんだから、たまにゃあ走ればいいのよ」


追われているのが自分達ではないので、好き勝手な事を言ってはしゃいでいた二人だったが、そのシチローにかけた言葉が徒になった。


「おいっ!そこにいる女二人も仲間らしいぞ!誰か捕まえろ!」

「ヤバッ……」


シチロー達を追いかけていた十数人の信者達のうちの三人程が、群れから離れて子豚達の方へと向かう。


「ひろき!アンタが余計な事言うから、見張りがこっち来ちゃったじゃないのよっ!」

「え~~っ!コブちゃんだって何か言ってたよ~」

「とにかく、部屋の中に逃げるのよっ!」


慌てて背を向け、もと居た部屋へと逃げ込む子豚とひろき。

しかし、思ったよりも早く見張りが近づいて来た為に、ドアを完全に閉める事が出来なかった。


閉めかけたドアのわずかな隙間に見張りの一人が靴の爪先をねじ込むと、あとの二人がドアに体当たりをしてきた。その度に三十センチ程開くドアを、子豚とひろきも力を合わせ必死に押し返す。


「コブちゃん…あっち、男三人だよ!ズルくない?」

「このままじゃ分が悪いわ!ひろき、何か武器は無い?」

「武器?」

「アイツらが入って来たら、それで戦うのよ!なんかその辺にあるでしょ!」


目の前のドアに視線を集中させながら、後ろのひろきに声だけで指示を送る子豚。


「え~と、武器、武器……」


ひろきは辺りを見回すと、傍にあった武器になりそうな物を背中越しに子豚へと手渡した。


「ハイ、これ!」


そして、それを手にした子豚がドアの向こう側の見張りに向かって怒声を上げる!


「アンタ達!入れるもんなら入ってみなさいっ!私がこの…………


…って、戦えるかあああ~~~~~っ!」

「だって、それしか無いよ……コブちゃん……」


いくら子豚でも、ハエタタキで見張りとは戦えない。


「こんなんで叩いたって、全然痛くなんか無いわよ!アンタ何考えて……」

「あっ!コブちゃん、ちゃんと押さえてないと!」

「あら……」


ひろきに説教する為に、後ろを見ながらハエタタキを振り回していた子豚は、一瞬ドアを押す手を離してしまったのだ。その一瞬の隙を突かれ、ドアは見張り達によって押し開けられてしまった。


「ヒエェェ~~ッ!」


絶叫する子豚とひろきに相対する三人の見張り達は、不敵な笑みを浮かべながら指をポキポキと鳴らす。


「このアマ、手こずらせやがって……」

「キャア~~ッ!誰か助けてぇぇ~っ!」

「騒いだって誰も助けになんか来るもんか!」


ところが……


ボコッ!「がっ!」

ドスッ!「んごっ!」

ガンッ!「どはっ!」


鈍い音と共に、順番にドアの前へと崩れ落ちる三人の見張り達。そして、その後ろには心強い見慣れた顔があった。


「ティダ~~~」

「さっ、早く出て二人とも!シチロー達と合流するわよ!」


子豚、ひろき、そして、てぃーだの三人は、丁度廊下の角を曲がってこちらへ走って来たシチローとかおりに合流し、一緒に走り出した。


「ちょっとシチロー!アタシを見捨てといて、何よそのザマはっ!」


てぃーだに見張りの相手をさせて逃げて行ったというのに、他の見張りに見つかって追いかけられているシチローの体たらくぶりに、てぃーだからのキツイ一言が飛ぶ。


「そうですよね!このオジサンと逃げてたら、すぐに見張りに見つかっちゃったんですよ!」

「オジサンじゃ無いっ!てか、君が下に降りようなんて言うからだろっ!」

「だって、ネズミがいたんだから仕方ないでしょ!」

「知るかっ!そんなもん!」

「ちょっと!ケンカなんかしてないで、この見張りをなんとかしてよ!」


ひろきの言う通りである。こんな所で仲間割れをしている場合では無い。

ここまで来たら、追いすがる見張り達を蹴散らし、かおりを連れて施設から逃げ出したいところだが、見張りも相当のしつこさである。


「いいか~!あの娘だけは、なんとしても逃がすなよ!」


どうやら見張り達には、かおりをけっして逃がしてはならない特別な事情があるらしい。

「どうするの、シチロー!コレじゃキリが無いわ!」


さっきから同じ所をグルグルと走り回っているだけだ。もう少し見張り達と距離を離せば建物の外へ出る事も可能なのだが……


「シチロー!よかったらコレ使う?」

「何でハエタタキなんて持ってるんだよ?コブちゃん……それより、ひろきが持ってるそれ貸してくれよ!」

「えっ、コレ?」


子豚が持っていたハエタタキに対して、ひろきが持っていたのはスプレー式の殺虫剤であった。いずれも、不衛生な施設の部屋に時折現れるゴキブリを退治する為の必需品だった物だ。


「ハイ。でも、こんなの何に使うの?」


走りながら、ひろきが放り投げた殺虫剤をキャッチすると、シチローはニンマリと笑って答えるのだった。


「これはね~~こうやって使うんだよ~~♪


殺虫剤を右手に持ち、もう一方の手をポケットに突っ込んだシチロー。



そして、そのポケットから出したシチローの左手には、銀色に輝くジッポーのライターが握られていた。


ボオォォォオオ~~!


噴射された可燃性の殺虫剤がライターの火に引火し、簡易的な火炎放射器になる。


「うわっっ!」


その炎を見張り達に向けると、さすがの見張り達も足を止めた。

よい子は決してマネをしないように。


見張り達が殺虫剤の即席火炎放射器に怯んだ隙に、チャリパイの四人とかおりは今がチャンスとばかりに猛烈なダッシュをかけ、建物の出口を目指す。


てぃーだが両開き式の扉を押し開けて外に出ると、続いてシチロー、かおり、ひろき、そして最後に子豚が外に飛び出した。


全員が建物の外へ出ると同時にてぃーだが急いで扉を閉めると、そばに落ちていたスコップをその扉の取っ手の部分に突っ込む。


「これで少しは時間が稼げるわ!」

「よし、あと少しだ!みんな車まで走るぞ~~」

「おお~~~っ!」


シチローの掛け声に全員が応えると、次は外の見張りが二人ほど立っている門を目指す。


「おい!止まれ~~っ!止まらんかお前たち!」


慌てて五人の前に立ちはだかる見張りだが、調子に乗ったチャリパイの勢いはもう止まらない。シチローの火炎放射攻撃から始まり、続いててぃーだの琉球空手に子豚のヒップアタック!


そして申し訳程度に、ひろきのハエタタキ攻撃。

その騒ぎに驚いて、敷地を囲む塀の上にとまっていた何百もの鴉が、一斉に飛び立っていった。


「みんな!早く車に乗り込んで!」


ポケットから取り出した車のリモコンのロック解除ボタンを押しながら、そう叫ぶシチロー。それと同時に四枚のドアが次々と開かれ、各々が車に乗り込んだ。

運転手は勿論シチロー、そして助手席にはかおり、後席にてぃーだ、ひろき、子豚という配置である。


「早く出して、シチロー!」


窓から教団施設の様子を窺いながら、てぃーだがシチローに発車を促す。

扉につっかえ棒をしておいたもののその効力は長くは続かず、窓や裏口を廻って出て来た先程より大勢の信者達が、大声を上げて施設の庭を走って来るのが見えた。


キーシリンダーに車のキーを差しながら、シチローが隣りのかおりに向かって呟いた。


「本当なら、君のお母さんもここに居なければならないんだけど……これが済んだら、また作戦を考えなくちゃな……」


和子に特殊メイクを施しておいたのが、せめてもの救いである。これだけの騒ぎがあっても、和子がかおりの母親である事はまだ教団の誰にも気付かれてはいないだろう。


「シチロー!アイツらが来たわよ!」


今度は子豚が運転席のヘッドレストを叩きながら、シチローを急かした。


「じゃあ、みんな!ちょっと飛ばすからしっかり捕まってて!」


表情を引き締めて、キーを握る手に力を込めて、シチローがその手を捻った!

シチロー自慢の車のエンジンに火が点り、猛獣の雄叫びのような爆音が静寂な山の中に響き渡る。



……はずだったのだが…………



カチカチ…カチ…


「……あれ……?」


爆音とは程遠い、実際には“カチカチ”という虚しい音がシチローの車のエンジンルームから僅かに聞こえるだけであった。


「何遊んでるのよ、シチロー!早く走ってよ!」

「いや、それが……どうやらバッテリーが上がっちまってるらしい……」

「なんですとおぉぉ~~~っ!」


JAFでの救援依頼で一番多いのが、このバッテリー上がりである。


通常、バッテリーの寿命は三年から五年位と言われている。古くなったバッテリーは、放電した電気を十分に回収する事が出来なくなってしまい、渋滞のエアコンなどで大量に電気を使った後や、この様に長期間エンジンをかけずに放置した後にバッテリー上がりを起こしやすい。


もし読者の皆さんで車をお持ちの方がいらしたら、シチローの様にならない為にも、是非ともバッテリーのチェックはマメに行ってもらいたいものである。


「あ~あぁ参ったな……バッテリーって、結構高価いんだよなぁ……」

「そんな心配してる場合かっ!!」


施設の外に出られたまでは良かったが、シチローの車がバッテリー上がりという思わぬトラブルに見舞われ、あと一歩のところでチャリパイの四人とかおりは何十人もの教団信者達に囲まれてしまった。


結局、『かおり救出大作戦』は失敗に終わり、五人は大勢の信者達に連れられ再び施設内へと戻されてしまった。

































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