チャーリーズエンゼルパイEpisode1
夏目 漱一郎
第1話 謎の男
ひと、 人、 ヒト……
どこもかしこも人でごった返す、日曜日の新宿繁華街。その新宿の雑踏の中を、颯爽と歩く、ある三人の女がいた。
向かって、一番左を歩くのは、女性にしてはちょっと背の高い、長いストレートヘアーの彼女…名前は『てぃ―だ』。
真ん中の、ちょっぴり太めな体型ながら、睫(まつげ)の長いチャーミングな顔立ちをした彼女の名前は『子豚』。
そして一番右の彼女は、“アキバ”辺りでモテそうな、童顔萌え系の小柄な女の子。
彼女の名前は『ひろき』。
えっ?
『ひろき』はともかくとして、『てぃーだ』とか『子豚』なんていう名前の日本人がいる筈無いだろうって?
おっしゃるとおり!……実はこの三人の名前は、いわゆる『ハンドルネーム』というやつなのである。彼女達が知り合うきっかけとなったのは、とあるブログのサイトであった。現在、ネットの世界では、様々な形態のブログサイトが存在するが…三人が登録するこのブログサイトの特徴は、ブログの書き手同士、仲良くなればサイトを仲介して、コメントをメールで送る事が出来るという点だった。
つまり、コメントを公開の掲示板とは別に、本人だけが閲覧出来るメールという形で送る事が出来るので、メアドの交換等も可能になる訳である。そのブログサイトで、互いに惹かれ合った三人の関係は、文字だけのやり取りにとどまらず、現実に顔を合わせこうして遊び合う間柄にまで発展したのだった。
「それで、どうするの?これから」
そんな、てぃーだの問い掛けに対し、子豚が思い出したように言った。
「そういえば、三丁目に新しいラーメン屋さんがオープンしたんだけど、三人で行かない?」
「ちょっとコブちゃん!ほんの二時間前にランチ食べたばっかでしょ!」
子豚の提案にてぃーだとひろきが真っ先に反対した。確かに子豚と違って、てぃーだとひろきの二人は全く空腹を感じてはいない。
「えっ?……でも、ランチとラーメンは別腹でしょ?」
「別腹じゃ無いっ!ラーメンをスイーツかなんかと一緒にするな~っ!」
その体型からも想像がつくように、子豚はとにかく食べる事が大好きだった。中でも、トンコツラーメンは福岡生まれの彼女の大好物である。
「じゃあ、ビール飲もうよ」
そう言い出したのは、見かけに似合わず周りが呆れる程の“大酒飲み”であるひろきだ。
その飲みっぷりは生半可なものではなく、特にビールを飲ませれば、大の男でも太刀打ちできない程の驚くべき酒豪なのである。
「昼間っからビールは無いって、ひろき!」
「えっ、でも普通そうじゃないの?」
「そうじゃないわよ!アンタはアル中のガテン系オヤジかっ!」
「じゃあ、映画でも観ようか~二人とも」
最後にそう言い出したのは、てぃーだだった。実は彼女は本業で舞台役者をやっており、演劇、映画、DVDの鑑賞は彼女の日課のようなものである。映画なら、この後のプランとしては無難な選択かと思われたが…意外にも子豚とひろきは不満そうに顔を歪ませた。
「え~~っ!また映画~~!」
「昨日も映画だったじゃん!ティダ~!」
「それにティダったら、映画の出演者の演技にいちいち“ダメ出し”するもんだから、
落ち着いて観てらんないわよ!」
どうやら昨日も映画だったらしい。それだけではない。
「だって、昨日観たあの刑事役のあの演技!あのシーンであれは無いでしょ!大根もいいとこ!」
子豚の言っていた、てぃーだの悪い癖も事実のようである。
「あ~~あ~、なんか面白い事無いかなぁ~~」
と、ひろきが
「こんな若い“いい女”が映画観る位しかする事が無いなんて!
私達の青春って、いったい何なのよ!」
子豚が拳を振り上げて、今のこの状況を嘆いた。
するとその時、突然てぃーだが眉を
「シッ、ちょっと二人共静かに……」
急に態度が変わったてぃーだを見つめ、ひろきが不思議そうに尋ねる。
「どうしたの?ティダ……?」
「さっきから、誰かアタシ達の後をついて来ているわ!」
「えっ?ホントに?」
「本当よ……一体、誰がアタシ達を……」
背後から迫る怪しい気配を感じ、まるでサスペンスドラマの主役の演技でもしているかのように呟くてぃーだの横で、子豚とひろきが言った。
「きっとナンパよ!それか風俗のキャッチ!」
「ありえる!この辺そういうの多いから!」
何せこの場所は新宿の繁華街。確かにナンパや風俗店のスカウトは多い。
三人の若い女達は、その場に立ち止まり、謎の尾行者に対する対応を、ひそひそ声で相談し始めた。
「どうする?走って逃げる?」
「どうせ、変な奴に決まってるしね……」
厄介事は避けるに限ると、ひろきと子豚がそんな声を上げる中、てぃーだの意見は強気だった。
「いえ!それよりみんなで一斉に振り返って驚かせてやろうじゃない!
もし変な奴だったら、アタシが琉球空手で懲らしめてやるわ!」
てぃーだの出身は沖縄である。琉球空手はてぃーだが子供の頃、地元沖縄で身に付けた護身術だ。上京した今でも鍛錬は続けていて、その腕前は上級者と呼べる程に強くなっていた。
「そっか。ティダって空手やってるんだもんね」
「よし、変な奴だったら三人でやっつけちゃおう~~」
退屈を持て余していた三人にとっては、こんな事でもいい暇つぶしになるというものだ。意見のまとまったてぃーだ、子豚、ひろきの三人は、まるでいたずら小僧のように互いに顔を見合わせニヤリと笑うと、まだ正体を知らない背後の人間に向かって一斉に振り返り、大声を上げた!
「ちょっとアンタ!さっきから何、他人(ひと)の後くっついて来てんのよっ!!」
「うわっっ!」
三人の突然の“奇襲攻撃”に、後をつけていた相手の男は驚いて後ろへと飛び退いたのだが、その拍子に足をもつらせたのか、道端にペタンと尻餅をついてしまった。
「イテテ……」
「誰なのよ……コイツ……」
想像していたのとはちょっと異なるその男の風貌に、子豚が拍子抜けしたように呟く。その男は、アクセサリーをジャラジャラ鳴らしながら所構わずナンパを仕掛けて来るようなチャラ夫には見えないし、いかがわしい仕事を斡旋してくる暴力団ヤンキーにも見えなかった。
赤いチェックのシャツにジーンズ姿で、道端に尻餅をつき、ずれ落ちたメガネを持ち上げながら、こっちに向かって愛想笑いを浮かべているその男には、あまりデンジャラスなオーラは感じられない。
「アンタ一体、何者なのよ?」
てぃーだの問い掛けに、男は愛想笑いを保ったままの顔で、頭を掻きながら言うのだった。
「いやあ~、オイラの尾行に気付くなんて、君達なかなか見どころがあるよ」
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