第2話 思いがけないスカウト

「笑ってごまかそうったってダメよ!アタシ達に一体何の用なのよ!」


上から見下ろすようにして腕組みをするてぃーだと目を合わせた男は、ゆっくりと立ち上がると自分のポケットからA4サイズの紙を取り出し、それを三人に見せた。


「こりゃ失礼……実は、君達をしようと思ってね」


男がポケットから取り出した紙は、新聞のチラシの中の求人広告の切り抜きであった。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


☆明るい職場で素敵な仲間とあなたも働いてみませんか?


☆あなたの頑張りしだいで収入も大幅アップ!


☆若い方、未経験者大歓迎!


―――――――――――


※詳細は森永探偵事務所までお気軽にお尋ね下さい。

電話…〇〇ー〇〇〇ー〇〇〇〇…


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「……森永探偵事務所?……この辺にあったっけ?」

「風俗店だって……?」


チラシを眺めながら首を傾げてそう呟くひろきに向かって、男はチラシが破れそうな程、文字を指で叩きながら大声で喚き散らした。


「これのどこに風俗店って書いてあんだよ!

『探偵事務所』って書いてあるだろっ!た・ん・て・い・じ・む・しょ!」


男が怒るのも分からないではないが、誤解を招くこのチラシの文面にも問題はあると思うのだが……


「探偵事務所……?」


てぃーだ、子豚、ひろきの三人は互いに顔を合わせてから、男とチラシの両方をきょとんとした表情で交互に見比べた。


「そう!風俗じゃなくて、探偵!」


なんだか、おかしな展開になってきた。ナンパや風俗のキャッチならば、悩む事なく即答でスルーするところだが、探偵のスカウトなんて三人にとっては全くの予想外の話である。


そもそも、探偵なんていう職業自体が一般的では無い。探偵業とは、どのようなものなのだろうか?


「……探偵?……私達が?」

「そう。ウチのとして、是非とも働いてくれないかな」


男は、響きの良い『エージェント』という言葉を強調して三人の興味を引こうとするが、子豚達には率直に探偵のイメージが湧かなかった。


「だって調でしょ?探偵事務所って」

「う…浮気調査……」


探偵のプライドを傷つける子豚の言葉が、男の胸にグサリと刺さる。

子豚の探偵に対する印象は、金田一や明智小五郎といった頭脳明晰なヒーローでは無く、TVのワイドショーで時々見かけるような、音声を変えてモザイクのかかった他人のプライバシーを覗き見る、野暮な稼業というものらしい。


実際、鋭い洞察力と論理的な推理で難事件を解決していくような格好良い探偵は、小説やドラマの中でしかお目にかかった事が無い。


「いやいや違うよ、そこのぽっちゃり君!」

「うるさい!ぽっちゃりって言うなっ!」


すかさず子豚に反論され、話の腰を折られる男。


「いや……つまりね……君は探偵の仕事に対して、大いなる誤解を抱いているようだ!探偵の仕事ってのは、もっとスリルとサスペンスに富んだ魅力的なもので、浮気調査なんてのは、時々やるだけの小さな仕事に過ぎないのだよ!」

「……時々やるんだ……」


子豚の横のひろきが、ポツリと呟く。


「……いや……とにかく、森永探偵事務所としては君達のような若いフレッシュな力を必要としているんだ!是非詳しい話を聞いてもらえないだろうか!」


てぃーだ、子豚、ひろきの三人は、再び男に背を向けてひそひそ声で相談を始めた。


「どうする?怪しいって言えば怪しいんだけど、見たところ悪いヤツにも見えないんだよね……」

「でも探偵だよ?訳わかんなくない?」

「やっぱりスルーかなぁ……」


三人は、一風変わったこの誘いに若干の興味を抱きつつも、やはり全く面識の無い人間の突然の話に、疑念を拭い去る事が出来なかった。


すると、その時だった。男に背を向け相談をしている三人に向かって、男がこんな言葉を投げつけてきたのだ。


「毎日、毎日、何の変わり映えの無い生活に飽き飽きしていないかい?

をしてみたいとは思わない?

もし、君達がこの誘いに乗ってくれたならば、手に汗握る特別な経験を提供する事を約束するよ!」


不意に背後から発せられたこの男の言葉に、三人は不覚にも一瞬ではあるが“ときめき”のようなものを感じてしまったのだった。

例えるなら、探していたパズルのピースを誰かに差し出された……そんな感じだった。

三人共、確かについさっきまで、何か面白い事は無いかと空を眺めて嘆いていたのは事実だったのだ。てぃーだ、子豚、ひろきの三人は、互いに顔を見合わせ、何かを探り合うように暫く口を閉ざしていた。


「……………………」



♢♢♢



しばしの沈黙が続いたあと、澄ました顔で最初に口を開いたのはてぃーだだった。


「ま、そこまで言うんなら、少しぐらいは話を聞いてやらないでも無いけど……」


続いて子豚。


「可哀想だから、話ぐらいは聞いてあげてもいいかなぁ……」


そして、ひろきが最後を締めくくった。


「まぁ~どうせやる事も無かったしね」


「そ~じゃなくって!私達は忙しい中、っていうのよ!」


ひろきの前に割って入り、てぃーだと子豚の二人が慌てて訂正するが、既に男にはバレバレのようであった。


「まぁ~何でも良いや、話さえ聞いてくれれば……それじゃあ、詳しい話は事務所でする事にしよう。近くだから、案内するよ」


少しバツが悪そうに首をすぼめて歩く三人を連れて、男はここからそんなに遠くはないという、森永探偵事務所へと歩みを進めて行った。


















































  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る