第3話 面識

繁華街から少し離れた静かな場所に、その森永探偵事務所はあった。

探偵事務所というので、どこかのビルの一室にでもオフィスを構えているのかと思っていたが、三人の目の前にあるのは『普通の住宅にただ看板を付けただけ』といった、なんとも雰囲気の乏しい佇まいだった。


「何これ、普通の家じゃ無いの?」


最初から、スリルとサスペンスの匂いなど微塵も感じられない展開に、子豚が不満をこぼすと、男は右手で頭を掻きながら笑って答えた。


「いやあ、事務所といってもここは『住まい兼用』なものでね、生活感がにじむのは勘弁してよ」


しかし、玄関をくぐれば、リビングには依頼者の接待の為のソファとテーブルのセット、そして隅の机にはパソコンと調査資料であろう山積みにされたファイルが目に入る。


「へぇ~。一応、仕事はやっているみたいね……」


きょろきょろと辺りを見回しながら、てぃーだが呟く。


「まぁ、人を雇おうという位だからね。三人共、そこのソファに座って。今、何か飲み物を用意するよ何がいい?」

「あたしはビールがいいな」


男の問い掛けにすかさずそう答えるひろき、更に子豚が続いた。


「私、飲み物よりラーメンがいいわ!トンコツで!」

「え?……トンコツラーメンにビール……?」


ここをラーメン屋か何かと間違えているのかと、怪訝な表情で聞き返す男に対し、てぃーだが呆れたような顔で言い直した。


「三人ともアイスコーヒーでいいわ……」

「変わったコ達だな……」


男は、子豚とひろきを見ながら少し不安そうに呟くと、くるりと向きを変え奥のキッチンの方へと歩いていった。


男がキッチンでコーヒーを淹れている間、三人は言われた通りソファに座って待っていたが、やがてひろきがバッグからスマートフォンを取り出すとその画面を開きてぃーだと子豚に問い掛けた。


「ねっ、今日のシチローのブログ、チェックした?」

「あぁ、シチローのブログだったら今朝更新してたわよ」

「え~っ!二人とももうチェックしてたんだ……アタシも見なきゃ!」


三人の会話に登場した『シチロー』というのは、例のブログサイトでこの三人とコメントを交わし合う、ブログ仲間のハンドルネームであった。


ただ、この三人とその『シチロー』という人物とは、まだ実際に顔を合わせた事が無い。


ひろきがスマートフォンで、シチローの今朝更新されたブログのページを開くと、そこにはこんな文面が載っていた。


【シチロー日記その54】

みなさん、おはようございます


いやあ~今日も暑いですねぇ……


まだ朝だというのに、既に気温は31度!


これも地球温暖化の影響か……何だか年を追うごとに暑くなっているみたいです。


場所によっては、最高気温が40度を越す所も!


そして、この先も年々気温が上昇すれば……三十年後位には、夏の最高気温が百度なんて事もあるかも!!


そんな事になったら大変ですよ!みなさん!

(`∀´)ノ


何が大変って、そりゃあ決まっているでしょう。






蛇口から出る水道水で、カップラーメンがそのまま食べられるようになるんですからっ!


しかし……顔はどうやって洗うのかな……( ̄ー ̄)



皆さん、熱中症には気をつけましょう!では♪

(≧▽≦)ゞ

―――――――――――――――――――――――――――――――――――


「アハハ、そんな事ある訳ないじゃん」


毎回、毎回よくこんなにくだらないネタを考えつくものだと感心してしまう。

しかし、てぃーだ、子豚、ひろきの三人は、シチローという人物の書く、こんなくだらないブログを案外気に入っていた。


日常生活で不愉快な出来事があった時など、シチローのブログを読んでいると、深刻に悩む自分の事が馬鹿らしくなってしまうからだ。


「コメント送っとこ~~♪」


【そんなに暑くなったら溶けちゃうって!

今、ティダとコブちゃんが一緒だよ♪】


コメントは掲示板に載せる事と、サイトを通じてメールとして送る事のどちらかが選べる。ひろきは、シチローへのコメントをメールで送った。


「送信~~」


一方、男の方はキッチンで、鼻歌混じりで三人の来客の為にコーヒーを淹れていた。


「ん~、やっぱりストローがあった方が良いかな……」


男がトレイにアイスコーヒーの入ったグラスを四つ並べ、戸棚からストローを取り出そうとした時だった。


突然ポケットの中のスマートフォンからメールの着信音が鳴りだしたのだ。


「ん?メールだ……」


男は無造作にスマートフォンを開くと、手早く文面を読み短めの返信をして、また

ポケットにしまった。そして、アイスコーヒーの並んだトレイを持って、三人の待つリビングへと向かう。


「おまたせ。シロップとミルクは各自好きなだけ入れてね」


キッチンからリビングに戻って来た男は、そう言って三人の前にそれぞれアイスコーヒーを置くと、残った自分のグラスを持って三人の向かい側の席に座った。


「さて、それでは探偵の仕事について少し説明しようか……そもそも、探偵ってのは……」


ところが、男が席に着き、話の本題に入ろうとしたその時。突然けたたましく、今ヒット中のJポップのメロディーが、事務所の中に響き渡ったのだ。


「あっ!ちょっとタイム~メールが来ちゃった!」


いきなり話の腰を折られて、少し不愉快そうにスマートフォンの持ち主のひろきを見る男。


「何よ、タイミング悪いわね~ケータイ切っときなさいよ!」


子豚に注意されるものの、ひろきはその言葉には耳を貸さない。


「ダメだよ!いつ友達から掛かって来るか分からないんだから!」


そう言ってスマートフォンを開き文面を確認すると、ひろきに送られて来たメールはシチローからのものだった。


【ティダとコブちゃんも一緒なんだ。こっちは仕事だよ……】


メールを読んだひろきは、すぐに返信用の文章を作成し、再びそれをシチローへと送信する。


【忙しいんだね……早く四人で逢えたらいいのに!】


そんなひろきに向かって、男がわざとらしく咳払いをする。


「コホン!え~と、もういいかな君?……そもそも探偵の仕事ってのはだね……」


しかし、再び男が話を始めた時……今度は男のスマートフォンが鳴りだした。


「ありゃ、こっちもメールだ……」

「もう!何よさっきから!アンタも電源切っときなさいよ!」


「いや、申し訳無い。けど仕事柄、スマホの電源は切れなくってね……何しろ、情報が命の商売だから」


そう言って、男は素早くスマートフォンを開くと、五秒程で短い返信をして再びポケットにしまった。


「え~と、何の話からだったかな?」

「そもそも、探偵の仕事ってのは…からよ!」


「そうそう!探偵の仕事ってのは、鋭い洞察力と優れた推理力を必要とするとてもやりがいのある仕事でだね……」


男がそこまで言うと、またしてもひろきのケータイがリビングに大音量で響き渡る。


「また君か……せめて、バイブに切り替えてくれないかな?これからが大事な所だから」

「ごめんなさい……そうします……」


そう言って、小柄な体を更に小さくさせてスマートフォンを操作するひろき。

それでも、メールの返信はしっかりとしていた。


「よろしい!では、話の続きを……例えば、探偵と言えばシャーロック・ホームズ、明智小五郎、そして金田一耕助という風に、小説や映画でも主役を張れるメジャーな存在であり……」


すると、またしても男のスマートフォンの着信音が鳴り響く。


「アンタもマナーモードにしておきなさい!まったくもう!」

「スミマセン……」


「…………そんな訳で、探偵のエージェントの仕事は、スリルとサスペンスに満ちた刺激的な任務で……」


ヴヴヴヴヴヴ……


「楽しみながら、お小遣いも稼げちゃうという、そんな魅力的な仕事に……」


ヴヴヴヴヴヴ……


「……巡り合えた君達は幸運と思わなければいけない……」


ヴヴヴヴヴヴ……


男は三人に『探偵業の魅力』について熱心に語っていたのだが、その間もひろきと男のケータイは度々ブルブルと振動を繰り返し、その度に男の話は中断された。


「いやぁ……なんだかメールのおかげで話が途切れ途切れになっちゃったけど、わかったかな、皆さん?」

「あれじゃあ、何言ってるか全然わからなかったわよ!」


子豚に即答され、男は頭を掻いて苦笑する。


「ハハハ……やっぱり?じゃあ、なにか質問があれば受け付けるよ」


すると、それまで黙っていたてぃーだが、静かに右手を挙げ、こんな質問を男に投げかけた。




「あの時、あれだけ人のいる街の中で、アタシ達三人を選んだのは何故?」



「えっ、そこ?……」



てっきり、仕事内容に関する質問かと思えば、てぃーだにそんな質問をされるたので、男は顎に手を当て悩んだ。



「う~ん……何故?と聞かれてもなぁ。正直、これと言った理由は無いんだよね……ただ、あの時なんとなく君達の事が気になってね……」



そう呟き、本気になって悩んでいる男。



すると、てぃーだはその姿を見て、可笑しくて堪らないという表情で、驚くべき事を口にしたのだ。















「そう……まさに『運命的な出会い』ね、さん」
































































































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