第4話 チーム名はチャリパイ
ブログ仲間の『シチロー』の名で探偵の男の事を呼ぶてぃーだ。一瞬、その場の時が止まったように男を含めた四人の動きが止まった。
「えっ!なんで君が、オイラのハンドルネームなんて知ってるの!」
てぃーだに『シチロー』と呼ばれた探偵は、目を丸くして驚いていた。
驚いていたのは、探偵だけでは無い。
「ええ~~~っ!!
アンタ、シチローだったのぉ~っ!」
子豚とひろきが男を指差し、信じられないといった顔で大声を上げる。
そう、この探偵は、あのブログサイトでくだらないブログを更新していた、あの『シチロー』と同一人物だったのである。その事実を見事言い当てたてぃーだが、笑いながら答えた。
「誰だって判るわよ。だって、二人のあのメール着信のタイミング、どう考えたって二人でやり取りしていたとしか思えないもの」
途中でその事に気付いたてぃーだは、もしかしたらシチローが自分達の事を知っていて声をかけて来たのかもしれないと、先程の質問をシチローにぶつけてみたのだ。
しかし、シチローは今の今までその事に全く気付いていなかった。
「じゃあ、君達はティダにコブちゃんにひろき……いやあ、オイラまったく気付かなかった」
それで、よく探偵が務まるものである。
あの、人でごった返していた新宿の繁華街で、偶然声をかけて来た探偵が、自分達のよく知るシチローだった。これはもう、偶然というよりは奇跡に近い確率である。
『毎日、毎日、何の変わり映えの無い生活に飽き飽きしていないかい?
ドラマや映画のような刺激的な経験をしてみたいとは思わない?
もし、君達がこの誘いに乗ってくれたならば、手に汗握る特別な経験を提供する事を約束するよ!』
繁華街で聞いたあのシチローの言葉が、三人の脳裏に蘇る。確かに、出逢い方からしてかなり刺激的、かつ運命的なきっかけだった。恐らく今日声をかけられなかったとしたら、シチローとは単なるブログの仲間としての付き合いにとどまっていたかもしれない。
「それで……森永探偵事務所のエージェントとして働いてもらう件の方なんだけれど……」
少し照れくさそうに尋ねるシチローに対して、既に気持ちの固まっていた三人は、爽やかな笑顔で答えるのだった。
「あたし、やる~面白そうだし」
「シチローの頼みなら、断る訳にいかないわよね」
「ギャラは高いわよ~」
契約はすんなり成立。
それ以前にブログ仲間としての面識があったシチローとてぃーだ、子豚、ひろきの四人は、初めて顔を合わせたとは思えない位、その後も仲良く話に華を咲かせていた。
♢♢♢
時間はみるみる過ぎていき、事務所の外は既に夕日が沈み始めていたが、そんな事にお構いなく四人の会話は終わらない。
その会話の途中
「いやあ、森永探偵事務所も明日から君達『三人娘』の助っ人が加入して、賑やかになりそうだな」
「シチロー……何よその『三人娘』って、他に言い方無いの?」
「なんか、昭和っぽく聞こえるんですけど……」
シチローが何気なく口にした『三人娘』という言葉の響きに、子豚とひろきが不満を漏らした。
「じゃ、『三人衆』!」
「それじゃ、江戸時代よ、シチロー……」
シチローのセンスの悪さに、今度はてぃーだが顔を歪める。
「だったら、何て呼べばいいんだい?お嬢さん方?」
そんな話題がきっかけで、この森永探偵事務所のメンバーにチーム名を付けようという話が、突如として浮上した。
「名前ねぇ……」
改めて考えてみると、なかなか相応しい名前というのは思い付かないものである。
「あたし、『キャッツ♢アイ』みたいな格好良いのがいいなぁ~」
『キャッツ♢アイ』とは、ご存知有名少年誌で連載され、TVアニメにもなった、レオタード姿の美女三姉妹の怪盗が登場するあれである。
「ひろき、あれは泥棒だろ!こっちは探偵なんだからな!」
森永探偵事務所の代表のシチローとしては、泥棒の名前なんか付けられては堪らないと、当然反対する。
「ええ~っ!三人の美女だからぴったりなのにぃ~っ!」
すると、そんなひろきを慰めるように、映画好きのてぃーだが言った。
「だったら『チャーリーズ・エンジェルス』っていうのもあるわよ」
「キャア~カッコイイ~」
てぃーだが『キャメロン・ディアス』ら三人の美女が主役を務める、あのハリウッド映画を持ち合いに出すと、子豚とひろきのテンションが一気に上がった。
「まあ、当然キャメロン・ディアス役は私なんだけどね」
「ええ~っ!コブちゃん、あたしもキャメロンがいい~っ!」
「ダメよ、キャメロンは一人なんだから!」
どちらがキャメロン・ディアスの役割かで、言い争いを始める子豚とひろき。
その様子を横目で見ながら、てぃーだがまとめた。
「まあ、どっちがキャメロン・ディアスでも構わないけど、これで名前の方は決まったんじゃないの、シチロー」
どちらかと言えば、あまり名前にこだわりを持たないてぃーだは、子豚とひろきの様子を見て、シチローに結論を促した。
「あたしは賛成~」
「私も」
てぃーだの提案に、子豚もひろきも賛成。このメンバーの名前が『チャーリーズ・エンジェルス』に決まりかけた、その時だった。
「却下!」
それまで沈黙を守っていたシチローが、不満そうに短く言い放った。
「ええ~っ!どうしてよ、シチロー!」
声を揃えて抗議する三人に、シチローはその理由を説明する。
「このメンバーの名前には、森永探偵事務所に関連した名前が相応しい……チャーリーズ・エンジェルスじゃあ、森永の“も”の字も入ってないじゃないか!」
シチローの言い分にも、確かに一理ある。
「じゃあ、何がいいのよ!シチローは!」
「森永エンジェルスとか……」
「ダサッ!」
「野球チームかっ!」
シチローが口にした名前に、容赦なく突っ込みをいれる、子豚とひろき。
格好の良い英語の名前を付けたい二人の希望と、あくまでも森永の名前を入れたいシチローとの溝は、簡単には埋まりそうになかった。
「絶対チャーリーズ・エンジェルスがいい!」
「森永なんて、どうだって良いでしょ!」
「いや!そこは譲れないなっ!」
「ちょっとぉ~そんな事で揉めないでよ!三人共~!」
先程まで仲良く打ち解けていた四人が、チームの名前を巡って早くも仲間割れである。
チームの名前を『チャーリーズ・エンジェルス』にするか『森永エンジェルス』にするかで、激しく口論するシチローと子豚&ひろきペアを、頬杖をついて呆れた表情で見比べるてぃーだ。
「……ったく、名前なんてどうだって良いのに……」
一人だけ冷静なてぃーだは、傍らで大声で喚き合う三人をよそに、シチローがアイスコーヒーと一緒にテーブルの上に置いていた“お茶菓子”に手を伸ばす。
そのお茶菓子の包みを開けようとして、袋に目を向けたてぃーだの頭に、ふと、あるアイデアが閃いた。
「ねぇ、それだったら、これで手を打たない?」
そう言って、向かい合って火花を散らす三人の間に、先程の袋に入ったお茶菓子の一つを、ぽんと放り投げ入れるてぃーだ。
「は……?」
てぃーだの言っている意味がまったく理解出来ない三人は、言い争いを中断し、呆けた顔でそのお茶菓子を見つめていた。
「これが、何だって言うの……ティダ?」
「お菓子とチームの名前に何の関係があるんだ?」
まるで、謎掛けのようなてぃーだの行動に、途方に暮れる子豚、ひろき、そしてシチロー。その、静かになった三人を前にして、てぃーだはニヤリと口角を上げて言うのだった。
「このチームの名前は、『チャーリーズ・エンゼルパイ』にしましょう!」
「チャーリーズ・エンゼルパイ?」
てぃーだが、三人の目の前に放り投げたお茶菓子は、森永製菓の人気商品『森永エンゼルパイ』であった……
「だって、コブちゃんとひろきはチャーリーズ・エンジェルスが良いって言うし、シチローは森永関連の名前が良いって言うんだから、両方の意見を総合すればもうこの名前しか無いわっ!」
「森永関連って……それって森永製菓のお菓子の名前で、探偵とは関係無いんじゃ……」
「つべこべ言わないっ!このチームの名前は『チャーリーズ・エンゼルパイ』に決定よ!」
有無を言わさぬてぃーだの迫力に、言いかけた異論をすぐに飲み込むシチロー。
「そっかぁ~ティダ、頭いい~」
元来、素直で単純な性格であるひろきは、てぃーだの理屈に素直に感心していた。
子豚も、その名前なら、元々のチャーリーズ・エンジェルスに“パイ”が付いただけだと、てぃーだの提案に賛同する。
「シチローも、文句は無いわね!」
「…………ハイ……」
ある意味“一休さんのとんちに上手く丸め込まれた将軍様”のような心境のシチローではあったが、「嫌だ」なんて言おうものなら、てぃーだの琉球空手が炸裂しかねない。
「それじゃあ、これでいよいよチャリパイの結成ね」
「えっ、チャリパイ?」
「なによ、【チャーリーズエンゼルパイ】だから略して【チャリパイ】でしょ?」
「ああ、【ドリカム】とか【ミスチル】みたいなものか…」
この時から“史上最強のコミック探偵事務所”『チャーリーズ・エンゼルパイ』の波乱万丈な日々は、始まりを告げたのだった。
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