第9話 いざ鴉信教

「ネギがカモしょってやって来たね。コブちゃん」

「馬鹿ね~ひろき、それを言うなら『カモが鍋しょって』でしょ!」


それも、ちょっと違うと思うが……


とにかく、鴉信教へ潜入するという最初の目的を果たす事に成功したチャリパイの四人。デパートの喫茶店で朝唐と別れた四人は、それぞれに朝唐から名刺を貰い、翌日、鴉信教の施設へと赴く約束をした。


その後、森永探偵事務所へと帰って来た四人は、鴉信教の修行生活に向けていろいろと準備を始めていたのだが……


「え~と……ビールは何ケース持って行こうかな~?」


旅行用の大きなバッグに缶ビールを次々と詰め込むひろきに、シチローが呆れたように話し掛ける。


「こらっひろき!修行に行くのにビールなんて飲ませてもらえる訳無いだろっ!」

「ええ~っ!ビール飲んじゃダメなのぉ~!」

「当然だ!暫く禁酒するんだな!」


「じゃあ、やっぱりDVDの鑑賞も駄目よね……」


その横で、映画のDVDを山ほど抱えたてぃーだが、残念そうに呟く。


そして、子豚の関心事といえば……


「ねえシチロー。施設の食事ってどんなかしら?山間にある施設らしいから、私的には『ジビエ料理』なんかだと嬉しいんだけど」

「さあ……修行中は『精進料理』とかじゃないの?」


まるで遠足にでも行くような気分でいた三人のテンションは、早くもすっかり下がってしまった。


「ハァ…なんか、やる気無くなっちゃったわ……」


明日、鴉信教の教団施設入りする事になったシチローは、早速その成果を和子に電話で報告した。


「ええ、そういう事です。明日から我々四人で、鴉信教の教団施設に潜入する事になりました!」


すると、その報告を受けた朝田 和子から、少し困った提案を持ち出されてしまったのだ。


『その潜入捜査に、是非私も一緒に行かせてもらえないでしょうか!』

「えっ?」


和子の言葉を聴いたシチローは、困ったように眉をしかめる。


「いや……和子さん。

これは大変危険な任務です!御存知のように、鴉信教は、只の宗教団体とは訳が違うんですよ?そんな危険な任務に、依頼者の和子さんを同行させる事は出来ません!」


シチローの言う事はもっともである。しかし、それでも和子は引き下がらなかった。


『危険な事は、百も承知です!……それでも私は……かおりに少しでも早く会いたい!』


娘を想う母親の気持ちというのは、そんなものなのだろう……

何度説得を試みても「お願いします」の一点張りで考えを変えない和子の決意に、シチローは渋々、潜入捜査への和子の同行を認めるしか無かった。


和子の同行を認めるにあたり、シチローは和子に幾つかの条件を提示した。


「まず一つ。和子さんがかおりちゃんの母親だという事は、決して教団に知られてはならない!したがって、和子さんには変装をしてもらい、全くの別人として教団に入信してもらいます。勿論、名前も偽名を使う事!」

『えっ?変装というと、眼鏡を掛けたり、カツラを被ったりすれば良いのかしら?』

「いえ、そんな生半可なものでは駄目です!幸い、ウチのエージェントのティダは、映画撮影用の特殊メイクに精通していますので彼女に和子さんを別人に仕立てさせましょう」


これで条件の一つはクリア出来る。しかし、問題はもうひとつの条件だった。


「もうひとつ!教団施設内で、もし和子さんがかおりちゃんと出会っても、和子さんは決してかおりちゃんと会話を交わさない事!我々がかおりちゃんを救出するまで、声を掛ける事を禁止します!」

『そんな……』


シチローの、あまりに厳しいこの条件に、電話の向こうの和子は絶句してしまった。


最愛の娘を目の前に、声を掛ける事も出来ない。


和子にとっては非常に酷な条件を突き付けたシチロー……これは、勿論和子の安全を考えての事であるが、その裏には和子の同行を諦めさせようという思いがあったのかもしれない。


電話の向こう側の和子は、暫く無言だった。


『…………』

「和子さん?大丈夫ですか?」


少し心配になったシチローが、和子に声を掛けてみる。


ところが、これで諦めるだろうと思っていた和子は、気丈にもその条件を受け入れたのだ。


『わかりました!それでも構いません、かおりの顔が見られるのなら……私も一緒に連れて行って下さい!』


和子にそこまで言われてしまえば、シチローにはもう断る理由が見つからなかった。


「そうですか……では、お手数ですが明日の午前十時頃までに事務所の方までいらして下さい」


いよいよ鴉信教の教団施設へと、信者になりすまし潜入捜査を始める当日。約束通り、和子は午前十時きっかりにやって来た。そして、事務所の用意された一室で、てぃーだの特殊メイクを施される。


「和子さんは美人だから、今回は敢えてあまり美形でない、印象の薄い顔立ちに変えさせてもらいます。美人はどうしても目立ってしまいますからね」


てぃーだの特殊メイクは本格的だった。“メイク”というよりは、マスクを作ると言った方が相応しいのかもしれない。和子の顔に特殊なシリコン系の液体を塗って型を取り、外側を全く違う顔に加工する。


肌の色合わせやしわの感じ、眉毛の植毛に至るまで本当に生きた別人の顔を作り出してしまう。


「これが私?……」


あまりの精巧な造りに、和子は鏡を見て驚嘆してしまった!


「慣れるまで違和感があるかもしれませんが、ちょっと我慢して下さいね」


鴉信教の信者に相応しい、ちょっと幸の薄そうな女の顔が、そこにあった。


モデルとしたのは、女芸人の大久保佳代子……


「じゃあ~そろそろ出かけようか~」


シチローがガレージから愛車を出して来た。


実は、鴉信教の教団施設の所在地というのは東京都では無い。山梨県の、しかもかなり外れに位置する山間の小さな村であった。


「車で行けば、今からなら夕方までには着くと思うけど……なんせ、バスだと二時間に一本しか通ってないらしいから」

「ええ~っ!そんな田舎にあるの~!」

「じゃあ、コンビニとか無い訳?」

「やっぱりビール持って行かなくちゃ!」


やはりこの三人、潜入捜査を旅行か何かと間違えているようである。


そんな……一抹の不安を抱えながらも、チャリパイと和子を乗せたシチローの車は、敵地、鴉信教教団施設へと向かって行った。




















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