第10話 修行するぞ!

民家などほとんど無い、山間の僻地にその建物はあった。建物の周りは、不気味な真っ黒の塀で囲まれ……そして、その塀の上には、どこから集まって来たのか、何百という鴉が一列にびっしりと停まっている。


「ここが鴉信教の教団施設か……どことなくヤバそうな雰囲気がムンムンするな……」

「入口はどこなのかしら?」


中へ入る門を探す為に、車を塀に沿って走らせると、まもなく正門らしいものが見えてきた。黒い修行服を着た信者らしき人間が二人、門の前に立っていて、シチローの運転する車が近付くと、その信者と目が合った。


信者の一人が無表情のまま、シチローに話し掛ける。


「あなた達は?」

「オイラ達、今日からここでお世話になる事になりました」

「もしかして、入信希望の方?」


信者は、怪訝な顔付きで車の中を覗き込む。


普通、この教団に入信してくる人間は、人生に絶望し『自分は不幸の一番星』みたいな顔をしてやって来るものだ。それが、この連中ときたら、まるで楽しい旅行にでも来たみたいな顔をしている……唯一神妙な顔をしているのは、後部座席に乗っている女性一人位なものである。


「あっ、ちゃんと紹介も貰ってますよ!これ、教祖さんの名刺です」

「なにっ!教祖様の!」


シチローが朝唐の名刺を持っていると知って、信者の態度がガラリと変わった。


「遠いところをようこそ!さあ、中へどうぞ!」


たかが名刺でこの変わり様である。この教団での朝唐の存在感というのは、相当なものらしい。


「それにしても、教祖様直々に入信のお誘いを受けるなんて、あなた達は本当に運がいい!この道場で修行を積めば、きっと“新世界”へと行く事が出来ますよ!」


入口を通り抜けようとした五人の背中越しに聞こえた耳慣れない言葉に、シチローが思わず振り返り信者に尋ねる。


「新世界って何です?」

「新世界とは、の事です」


そう答える信者の表情は、とても冗談を言っている様には見えず真剣そのものだった。


「そうなんですか……」


頷いてまた前を向き直ったシチローは、誰にも聴こえない程の小さな声でこう呟くのだった。


「やっぱりイカレてやがる……」



♢♢♢



シチロー達が鴉信教の信者になりすまし、潜入捜査を始めてから一週間が経った。

毎日他の信者達と寝食を共にし修行生活をしているが、まだかおりの姿はおろか手掛かりさえも掴めないチャリパイの面々。


「一体どこにいるのかしら、かおりちゃん?」


朝の修行プログラムである『幸せ体操』の鶴のポーズをしながら、そう呟くてぃーだ。


「かおりちゃんもそうだけど、和子さんも心配だな……単独行動は危険だから駄目だって言ったのに」


シチローの言う通り、和子は三日前から姿が見えない……どうやら、なかなか手掛かりが得られ無い事に焦りを感じて、自分一人でかおりを捜しているようだ。


そして、その横では……慣れない規則正しい修行生活に少し疲れてきたひろきと子豚が、鶴の様に片足を上げたまま不満を洩らす。


「コブちゃん、この体操結構疲れるね……」

「私、鴉信教から戻ったらきっと10キロ位痩せてる筈だわ!」


朝の体操が終わると、食事の時間である。信者は、鴉信教施設内の食堂に集まり、四角いプラスチックのトレイを持ち並んで、配膳係から食事の配給を順番に受ける。

言うなれば小学校の給食みたいな感じだ。


テーブルの席順などは特に決まっておらず、各自好きな席に座って良い事になっている。


「あ~あぁ、またキノコが入ってるわ……アタシ、これ苦手なのよね……」


運んで来た食事を見つめ、てぃーだが溜め息をついた。


今朝のメニューは、ハムエッグとサラダと味噌汁。それに種類のよくわからないキノコ……


この施設では、キノコの栽培でもしているのだろうかと思う位、何故かどんな食事にも付け合わせのようにキノコが添えられていた。


「だったらティダ~それ、あたしにちょうだい。あたし、キノコ大好き」


そう言って横にいたひろきが、笑顔でてぃーだのキノコを自分の皿に移す。


チャリパイの四人がいつも集まるテーブルに行くと、シチローが一人でてぃーだ達の到着を待っていた。


「あれ、シチロー?コブちゃんは来てないの?」

「あっちで交渉中……」


少し呆れた様子で、配膳係の方を指差すシチロー。その方向に目を向けると……


「なんでこんなチョットしか無いのよ!せめて、ハムエッグ2つにしなさいよっ!」


そこには、配膳係に『おかずの量が少ない』と猛抗議する子豚の姿があった。


食堂の隅のテーブルで、食事を採りながら談笑するチャリパイの四人。


「しかし、修行生活も結構しんどいもんだな……」


味噌汁を啜りながら、シチローが疲れた表情で呟けば


「こんなので幸せになれる訳無いのにね」


そう言って子豚が先程の『幸せ体操』の鶴のポーズを真似て、両手で鶴の頭の部分を形取って見せる。


そんな子豚に賛同して、てぃーだは


「それにしても、ここの信者って、毎日こんな事してて誰も疑わないのかしら?」

「巧妙なマインドコントロールだよ」

「マインドコントロール?」


爪楊枝つまようじを咥えながら涼しい顔でてぃーだの疑問に答えるシチローに、てぃーだと子豚の視線が集中する。


「そう、毎日いたる所で繰り返し流される呪文のような言葉やDVDの映像。それに毎日の食事に仕込まれる、幻覚作用を誘発する薬物……それらが積もり積もって、彼らは巧妙に洗脳されている」


鴉信教が信者を施設に住まわせて修行をさせているのには、そういう理由があったのだ。


「ちょっと待ってよ!食事に薬物ってどういう事よ!」


毎日、人一倍多くの食事をとっていた子豚にとっては、これは他人事では無い。


「あの、毎日出てくるキノコがヤバイとオイラは見ているんだけど……」


そう呟いて、ひろきの方へ目を移すシチロー。


それにつられる様に、てぃーだと子豚も神妙な顔でひろきの方を見つめた。


「わあ~~っ見て、見て~~!大泉洋が空飛んでるよ~~」

「ひろき、アタシの分もキノコ食べてたから……」


天井を見上げて嬉しそうに騒ぐひろきの姿を見て、てぃーだが申し訳なさそうに呟いた。



♢♢♢



その日の施設は、いつもと様子が違っていた。


「なんか、今日はみんな慌ただしく動き回ってるわね」


廊下を忙しそうに行き来する信者。

いつもより念入りに掃除に精を出す信者。

不思議に思ったシチローは、傍に居た信者の一人にその理由を尋ねた。


「あの……今日は何か特別な催しでもあるんですか?」

「えっ、アナタ達知らないんですか…今日は、朝唐教祖様がお見えになる日ですよ!」


興奮に満ちた表情でそう答える信者。


月に一度、あるいは二か月に一度位の頻度で朝唐はこの施設にやって来て三日間程滞在する。


何しろ、朝唐 将宙は鴉信教の信者にしてみれば“神”と言っても過言ではない存在なのだ。そう考えれば、この信者の興奮ぶりも施設内の騒ぎも納得出来る。


そして、朝唐が来た事により、チャリパイにとって願ってもないチャンスが訪れたのだ。

















  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る