第18話 本当の解決
「まだ解決してないって……それはどういう事なの、シチロー?」
怪訝そうな表情で、ひろきがシチローに問い掛けた。その問い掛けに、シチローはひろきでは無く、朝唐の方へと顔を向けながら、更に指を差してこう答えた。
「これまで、鴉信教が行ってきた罪の数々……これをうやむやにする訳にはいかない。
信者に対して“集団リンチ”を行ったという話も聞いているし、何よりも……あの第7サティアンに貯蔵されている毒ガス“ソリン”を、あなたは東京のどこかへバラ撒こうと計画していた筈だっ!」
厳しい顔をして、朝唐を問い詰めるシチロー。
「第7サティアンのソリンって何の事?」
首を傾げる子豚に、隣に居たてぃーだが、あの時建物の天井裏から見た光景を解説する。
「通常は液体だけど、空気に触れると広範囲に揮発し、人体を蝕む“毒ガスソリン”…それが、この敷地の第7サティアンに大量に貯蔵されているの……」
「何ですって!
そんなの撒かれたら、みんな死んじゃうじゃないの!」
「それって、テロって言うんでしょ?」
てぃーだから聞かされた衝撃の真実に、驚きを隠せない子豚とひろき。
「そうだ!未遂に終わったものの、もしこの計画が遂行されていたら、その被害は甚大なものになっていた筈だ!違いますか!朝唐…いや、朝田さん!」
少なくとも今の朝唐だったら、これを東京に撒き散らそうなどという考えは、恐らく持ち合わせてはいないであろう。
しかし、もしも今回の事が無かったら……そう考えると、シチローは安易に朝唐の事を黙って見逃す気分にはなれなかった。
「さあ!どうなんですか!」
鋭く詰め寄ったシチローに対して、朝唐の方は無言のまま暫くシチローの方を見つめ返していた。
そして、少しの間をおいて、静かに口を開いた。
「シチロー君と言ったか……あれを見たのかね?」
あれというのは勿論、第7サティアンに貯蔵されている物を指しているのに相違無い。
「かおりさんを捜している途中で、偶然見付けてしまったんです。あれを見るまでは、オイラもまだ半信半疑でしたけどね……」
シチローのその言葉を聞いた朝唐は、右手で自分の顔を鷲掴みする様な仕草で「ふふ…」と小さく微笑った。
「見られてしまったのなら、仕方無い……実は、あれはパイプを伝ってこの礼拝堂にも繋がっていてね……」
朝唐の口から、予想外の言葉が発せられた。
「何っ!アンタ、まさか!」
あの毒ガスが、この礼拝堂まで繋がっているとは、シチローにとってもまったくの想定外だった。
(しまった!!)
シチローは、不用意に朝唐を追い詰めた事を心から後悔した。よく考えてみれば朝唐は、この常軌を逸したカルト教団の教祖なのだ!追い詰められれば、何をするか解らない。
朝唐のすぐ後ろには、外から引き込まれた金属のパイプが縦に二本通っていた……そして、その途中には枝分かれした細いパイプが出ていて、水道の蛇口のような物へと繋がっていた。
「やめろ!馬鹿な事は考えるなっ!!」
必死になって叫ぶシチロー。しかし朝唐は、そんなシチローを嘲笑うかのように、背中を向けその蛇口のハンドルに手を置いた!
【ソリン】
通常は液体だが、空気に触れると広範囲に拡散し、人体に著しい障害を与える猛毒ガスに変化する。これを体内に採り込んだ人間は重度の後遺障害に陥るか、或いは死に至る……
朝唐は、二つある蛇口の一つのハンドルに手を置き、その蛇口の真下で顔を上向きに構え、大きく口を開けていた。
「やめろ!そんな事をして何になるんだ!!」
朝唐の暴挙を止めようと、声の限りに叫ぶシチロー!
そして、子豚達も叫ぶ!
「キャアア~~ッ!!そんな事したら、全員死んじゃうじゃないのよ!」
しかし……その叫びは、朝唐には届かなかった……
朝唐はそのハンドルを捻り、恐ろしい悪魔の液体は蛇口から朝唐の開かれた口に向かって、ボタボタと流れ落ちた。
「やめろおおぉぉぉ~~~~~~~~~っ!!」
♢♢♢
「あぁ~~っ、美味い!」
「は?……………」
「美味い……?」
朝唐のありえないリアクションに、目が点になるチャリパイの四人。
蛇口から落ちた液体を飲んだ朝唐は、もがくのでも苦しむのでも無く……何とも満足そうに、満面の笑みを浮かべて口を拭っていた。
「君達もいつぞや飲んだだろう?鴉天狗という焼酎を」
「焼酎………?」
あの、第7サティアンに貯蔵されていたのは、毒ガスソリンなんかでは無く、焼酎好きの朝唐が、永年かけて造り上げたオリジナルの焼酎“鴉天狗”であった。
「なんだよぅ……そうならそうと早く言って下さいよ……」
ヘナヘナと、その場にへたり込むシチローの姿を見て、朝唐が無邪気な子供のように屈託なく笑った。
「ハッハッハ~ちょっとイタズラが過ぎたかな。
君が言っていた“集団リンチ”というのも、きっと酔っ払った信者同士のたわいない喧嘩の事だと思うがね」
真相を聞いて、少なからずともシチローに脅されていたチャリパイの三人からは、怒涛のバッシングが飛ぶ。
「シチロー!アンタいい加減にしなさいよ!」
「デタラメばっかり言ってるんじゃないわよ!」
「いったい、そんな情報どこから仕入れたんだ!」
「だって…【週刊ポテト】の特集に載ってたんだもん……」
「そんなモンで情報収集してんじゃね~よっ!」
それで、よく探偵がつとまるものである……
♢♢♢
朝唐の誤解も解けたところで……
「いやあ~とにかく、これで何もかもが解決した訳だ」
自分の失敗をごまかす様に、大げさに笑いながら、シチローが締めの言葉を口にした。
「何かアタシ達、あまりお役に立てなかったみたいで……」
てぃーだが申し訳無さそうに和子に向かって謝罪すると、和子は優しい笑顔で答えた。
「いえ、そんな事はありませんよ。この結果は、皆さんの行動全てが導き出した末の事なんですから」
そう言って、チャリパイの四人に深々と頭を下げた。
「最後のソリンは余計だったけどね」
隣りのかおりが、アッカンベーをしながら笑って付け足す。
そして、朝唐自身も信者達の前で深々と頭を下げ、今まで信者達を欺いて来た事に対しての謝罪をした。
「私も、教祖は今日限りで引退だ。明日からは、まともな仕事を探さないとな…」
「それにはその髭を何とかしないとダメですね、朝田さん」
朝唐のその伸ばし放題の髭を見て、シチローが冗談混じりにそんな指摘をすれば
「いや、実を言うとこれは偽物の髭でして……更にはこの髪も……」
そう言って、朝唐は何とも簡単に長髪のヅラと付け髭を取り外したのだ。
「うわ……すげえインチキ……」
声を揃えて呟くチャリパイ。
そんなチャリパイの反応がよほど可笑しかったのか、礼拝堂の中にいた全員が大きな声で笑い転げ、その明るい笑い声は、礼拝堂全体に大きく響き渡っていた。
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