第17話 家族
この日本では、ある統計によると、およそ二分間に一組のペースでどこぞの夫婦がどこかで離婚をしている計算になるのだそうだ。“バツイチ”なんていう言葉も一般的になる位、現代社会ではもはや『離婚』というのはそれ程珍しいものでは無い。
けれども……
「勝手な事ばっかり言わないでよ!」
その声が聞こえたのは、礼拝堂の入口付近。響き渡るその声に、朝唐も和子も、そしてチャリパイの四人と信者達も驚いて声の主へと視線を移す。
そこに立っていたのは、この朝田夫妻の口論で話題の中心となっていた、二人の娘である、朝田かおりであった。
「あたしは、お母さんが好き!……お説教は長いし、いちいち細かい事がうるさいって思う事もあるけど…それでもお母さんの事が好き!それに、お父さんだって好きだよ!……お酒ばっかり飲んで、ちょっとだらしないところもあるけど、ニンジン食べられない子供みたいなお父さんだけど……それでもお父さんの事好きだよ!
どっちかを選ぶなんて、あたしに出来るワケ無いじゃん!
喧嘩したっていい!いつも仲良く無くたっていいよ!だから、また三人で暮らしていこうよ!!」
あの、シチロー達の前では無邪気で明るい女子高生だったかおりが、震えるような、しかし力強い声を張り上げて朝唐と和子に訴えていた。そして、瞳にいっぱい涙を溜めたその表情で発せられる彼女の切なる願いは、二人の心に深く響いた。静まり返る礼拝堂の中で朝唐と和子は言葉を失い、我が娘かおりのかつて見た事も無い程真剣な表情を、暫くぼんやりと見つめていた……
朝唐と和子の二人。
暫くの静寂の後、最初に言葉を発したのは、朝唐の方だった。
「なぁ、和子……知らないうちに“俺達の娘”は、ずいぶんしっかりした娘に成長していたんだなぁ」
「ホントね。まるで私達親と子供がひっくり返っちゃったみたい」」
そんな言葉を交わす二人の表情は、さっきまでいがみ合っていたのがまるで嘘であったかのような、肩の力の抜けた穏やかなものであった。娘の親権を取り合っていた二人が、自らも気付かぬうちにかおりの事を
“俺達の娘、私達の娘”と呼んでいた。
「かおり、こっちにいらっしゃい。また、家族三人でやり直しましょう」
「お母さん……」
「我が家で家族三人で飯を食うのも久しぶりだな和子、ニンジンはあまり入れないでくれよ」
「フフフッ……」
朝唐と和子は優しく微笑み、かおりは泣いているのか笑っているのかわからない表情で、家族三人は肩を寄せ合いしっかりと抱き合った。
家族三人が寄り添い、再出発を確かめ合ったその瞬間。ふいに、どこからか誰かがゆっくりと拍手をする音が聴こえてきた。三人がその音のする方に目をやると、拍手をしていたのは、その場にいた信者達の中の、あるひとりの女性信者であった。
目には、うっすらと涙を浮かべ微笑んでいる。そして、その拍手はまるで湖に広がる波紋のように、しだいに周りの信者達へと移っていった。
パチ パチ パチ
パチ パチ パチ
パチパチ パチパチ
パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ
まるで、素晴らしい演奏を終えた後のスタンディングオベーションのように、全ての信者達はこの家族の幸せな結末を心より祝福していた。ともすれば、信者達は朝唐の事を、詐欺師やペテン師などと怒り罵倒しても不思議では無い。しかし、実際は違っていた。
彼等はずっと知りたかったのだ。
何が『幸せ』なのかを。
自らの不幸な境遇に苛まれ、藁にもすがるような気持ちで宗教に傾倒し、そして、ずっと修行を続け神に祈り、それでも求められなかったその答えを、今この瞬間にこの三人の家族によって、ようやく悟らされたような気がした。
己の魂を救ってくれるのは、神でも教祖でも無い。自分達が逃げ去り、あとにしてきたあの場所に確かに居た、自分を愛し、いつも気遣ってくれた、家族であり恋人であり、仲間達であったのだ。
「あのぅ……こんな感動的な場面に水を差すようで大変申し上げにくいんですが………………………………そろそろ、このロープほどいてもらえないでしょうか……」
両手を縛られ拍手さえも出来ないシチローが、本当に面目無いといった顔で、情けない声を上げた。
「あっ!そうだよ、早くほどいてあげないと、お父さん!」
かおりに思い出したように言われ、朝唐と和子が慌てて四人のロープを解きにかかる。
「本当に、ごめんなさいね…皆さん」
「いえ……そんな、お気遣いなく……」
依頼者の和子に助けられるという、何とも格好の悪い様に、気まずい表情で答えるシチロー。それでも、生け贄やソリンの人体実験だけは免れてひと安心のチャリパイであった。
「あ~~ヨカッタわぁ~一時はどうなる事かと思っちゃったわよ!」
ようやく自由の身となり、ホッと胸を撫で下ろす子豚。
そして、てぃーだは優しい口調でかおりに声をかける。
「良かったわね、かおりちゃん。また、三人で暮らせるわね」
今回の件でチャリパイの四人は、役に立ったのかどうか甚だ微妙なところであるが、何はともあれ結果オーライというべきであろう。
「とにかく依頼も解決したし、これでメデタシ~メデタシだね~シチロー」
ひろきが嬉しそうに、シチローへと話し掛けた。
ところがシチローは、まだこれで全てが解決したとは思っていなかったのだ。
「いや、まだこれで全てが終わった訳では無いよ!」
眉を
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