第6話 鍋会議

 「いよいよ、私達が待っていた大きな依頼がやって来たわ」

「チャーリーズエンゼルパイ出動~」


子豚とひろきが、嬉しそうに揃ってポーズをキメた。

さて、これからカルト教団『鴉信教』にさらわれてしまった、朝田和子の娘『かおり』を救うべく、シチロー達4人による森永探偵事務所での作戦会議が行われようとしていたのだが……


「コンロはこの辺で良いかしら……ビール飲む人は、ひろきと誰?」


粛々と、テーブルに『鶏鍋』宴会セットの支度を始める子豚とひろき。

居酒屋での飲み会が、この依頼で中止になってしまったもんだから、その代わりという事なのだろう。森永探偵事務所の『かおり奪還』の作戦会議は、ビールと焼酎片手に鶏鍋を突っつきながらという、何とも緊張感の無い環境の中で行われた。


三人のエージェントに向けられたPCのモニターには、黒い衣装を着て演説をする、ある男の顔が大きく映し出されていた。あまり手入れをしているようには見えない、生やしっぱなしの長い髪に顎髭。そして切れ長の鋭い目つきはとても異様に見える………


その横に立ちシチローが真剣な顔で説明を始めるのだが、モニターを指すのに使っているのが鶏鍋を食べる為の『割り箸』であるところが、なんとも間抜けに見えた。


「それではみんな、このPCの動画に注目して欲しい!ここに映っている長髪の男が、カルト教団『鴉信教』の教祖……【朝唐将宙あさからしょうちゅう】だ!」


「“朝から焼酎”ね……」


子豚が、既に残り少なくなった焼酎の瓶を揺すりながら呟いた。


「その焼酎じゃね~よっ!『朝唐将宙』って名前だっ!」

「あたしは、ビールの方がいいな」

「だから!酒の名前じゃ無いっつってんだろ!」


最初っからこんな調子でる。和子が帰った後で、本当に良かった。


次に、てぃーだが先程プリントアウトされたばかりの資料を配った。


「これが、今回の救出ターゲット、和子さんの娘の『朝田かおり』さん。高校一年生の16歳」


母親の和子と二人並んで撮影されたスナップ写真らしく、資料の写真のかおりは笑っていた。


「女子高生かぁ~かわいいコだね」

「女子高生位の女の子は、何にでも興味を抱く年頃だからね……変な宗教に引っかかっちまったなぁ……」


何しろ、鴉信教に関しては悪い噂が絶えない。かおりの様に、拉致監禁されたという話や、集団リンチに遭った者もいるといった噂。そんな危険なカルト教団から、一刻も早くかおりを助け出さねばならないのだ。その任務を達成する為に、シチローは頭の中にある作戦を描いていた。


「さて、これからが本題だ!我々チャーリーズエンゼルパイは、朝田かおりを救出するべく、鴉信教施設への潜入作戦を遂行する!」

「潜入作戦?」

「ウワォォ~カッコイイ」


今までの森永探偵事務所の小さな依頼では耳にしなかった“作戦”という単語に、三人のエージェント達は湧き上がった。


「こういう仕事を待っていたのよ」

「鴉信教の内部に潜入し、かおりちゃんを救出!更には、ヤツらの悪事を暴露して組織を壊滅に追い込む、正義の味方『チャーリーズエンゼルパイ』って訳ね」


三人が盛り上がる様を満足そうに頷きながら、シチローは鶏肉を自分の器に取りつつ、先を続けた。


「そこで、まず問題になるのが、潜入の方法なんだが……」


すると、シチローは何を言っているのだろう?という顔で、ひろきが口を挟んだ。


「潜入の方法って……そんなの、信者募集してるんだから別に簡単じゃないの?」


確かに、ひろきの言っている事は正しく聞こえる。明日にでも鴉信教の施設へ赴き「私、入信したいんですけど」と言えば、教団は喜んで迎えてくれるに違いない。


しかし、シチローは首を横に振り、それでは駄目なのだと主張した。


「何故ダメかと言うと、それでは教団に目を付けられ易いから!……まだマスコミが騒ぎ出す前ならともかく、あれだけTVや新聞で叩かれた後じゃ、自分から希望して入信する人間は、今はほとんどいないと思われる。逆に、そんな人間は教団の幹部達に警戒されかねないって事だよ」


そんなシチローの見解に、てぃーだが感心したように頷いた。


「なるほど……慎重に行動するのに越した事はないわね」

「じゃあ、どうすんのよシチロー?」

「夜中にこっそり忍び込むとか?」


子豚とひろきの疑問はもっともであるが、シチローは既に、鴉信教に潜入する為の作戦を用意していた。


「答えはいたってシンプルだ。こっちから申し込むのがダメなら、向こうから勧誘させればいい」


そう言って、シチローがテーブルの上に広げた新宿近辺の地図には、赤いマジックで幾つかのマルが記されていた。


「鴉信教は、毎日のように街中で信者を獲得する為の勧誘活動を行っている。

この赤マルは、その勧誘が頻繁に行われているスポットだ」

「つまり、アタシ達はその場所に立って、鴉信教からの勧誘を受ければ良いって訳ね」

「そういう事」

「なんか……ギャルのナンパ待ちみたいね……」


それから、誰がどの場所に立つか、そして勧誘を受けた場合の応対方法など……細かい打ち合わせの後、シチローは作戦会議のまとめに入った。


「以上が『鴉信教潜入作戦』の内容だけど、みんな解ったかな?

何か問題があれば聞いておくけど……」

「問題ならあるわよ!」


子豚が突然立ち上がった。


「えっ?なんだよコブちゃん?」



「さっきからアンタ、じゃないの!」

「そうだ!シチロー!肉ばっかり食べるなぁ~っ!野菜も食べろ~っ!」

「ひろき!シチローからお肉を取り返すのよっ!」

「おお~~~っ!」

「こらっ!オイラの肉盗るなよっ!」

「うるさい!逃げるなシチローーーッ!」


鶏鍋の器を持ちながら、事務所の中を走り回るシチロー、子豚、そしてひろき。


そんな姿を呆れ顔で眺めながら、てぃーだが溜め息をついていた。


「やっぱり、“鍋会議”は失敗だったわ……」

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