第7話 逆勧誘大作戦

翌日、作戦を実践するべく、シチロー達4人は、鴉信教の勧誘活動が頻繁に行われているという新宿のとある場所に繰り出した。


「それじゃ、これから先は、各自バラバラに散っての行動だ!誰の所に勧誘が来るかわからないぞ!」

「は~~~~い」


4人で固まっているよりは、1人ずつバラバラに散っている方が相手としても声を掛けやすいだろうという理由は納得出来る。シチローの掛け声の後、さて、これから持ち場に向かおうという時になって、ひろきがてぃーだにこんな質問を投げかけた。


「ねぇ~ティダ。信者の人に勧誘されるには、どんな風にしていたらいいのかなぁ~」


そのひろきに、てぃーだは舞台役者の経験から、こんな意見を述べる。


「そうね……宗教に誘われる位だから、何かに悩んでいるような…悲壮感が滲み出ているような演技が良いんじゃ無いかしら?」

「悲壮感かぁ……難しそうだね、それ……」


すると、横にいた子豚が、ひろきにアドバイスを授けた。


「簡単よ、ひろき。ほら、ちょうどあんな感じ!」


そう言って、子豚はシチローを指差した。


「ああ~~シチローは上手いね。!」

「ほっとけ!これはだっ!」


4人はそれぞれ、互いの様子が確認出来るように、百メートル位の距離を取りながら教団の信者の勧誘を待った。シチローが言った通り、この辺りでは毎日のように、鴉信教の幹部信者達による勧誘活動が行われていた。それは、この場所には占いの館や貸し金業者等が隣接し、恋愛や借金に悩む人間が多く訪れる事も理由のひとつなのかもしれない。


ただ、こちらから動くのでは無くて、あくまで勧誘を待つというのは何とも退屈な任務である。4人が街中に立ち始めてから、かれこれ1時間が経過しようとしていたが、まだ誰も勧誘を受けられずにいた。


あまりの退屈さに、てぃーだが思わず欠伸をした。


「ふぁ……本当に鴉信教の信者なんて現れるのかしら?」


ところが、その瞬間。背後に人の気配を感じたかと思ったら、ふと誰かがてぃーだの肩を叩いた。


(まさか!)


「ハーイ彼女~俺と一緒にカラオケでも行かない?」


振り返った先にいたのは、茶髪にピアスのニヤけたチャラ男だった。


「なんだ……ただのナンパか…………」


てぃーだの所だけでは無い。

今度は、ひろきの方に向かって、これまた鴉信教の関係者とは思えない派手な身なりの軽そうな男が近付いて来た。


「お姉さん、ウチの店で働かな~い?キミならいっぱい稼げるよ」

「うぇっ!風俗のキャッチ!最悪なんだけど!」


そして、シチローの所には


「アナタハ~カミヲシンジマスカァ~?」

「いや……そっちの神はちょっと……」


この街で勧誘活動をしているのは、鴉信教だけでは無い。なかなか思うようにはいかないものである。


さて、もうひとりのエージェントである子豚の様子はどうかというと……


「私も、イケメンに声掛けられちゃったらどうしようかしら」


目的が違うだろ……しかし、そんな子豚の願いが届いたのか、彼女の背後から、1人の男が声を掛けてきた。


「あの……すいません……」


その声に子豚が振り返ると、そこには背の高い、何とも爽やかな雰囲気を醸し出したのような男性が立っていた。


(すごいイケメン!)


背の丈は180センチはあろうか。清潔感のある短く整えられた髪型に、真っ白い歯を覗かせた爽やかな笑顔。そんな、とびきりの好青年が突然、目の前に現れたものだから、子豚は心臓が止まりそうな程に驚いた。


(何、この展開って……もしかして!)


何日か前に観たドラマにも、こんなシーンがあった。


超イケメンだが恋愛に奥手な主人公が、自分を変えなければいけないと、『今日の午後三時に最初に目にした女性に声を掛ける』

という自身の決まりを設け、それがキッカケで繰り広げられる内容の恋愛ドラマである。


「あの……何か」


そう答える子豚の瞳は、ハートの形をしていた。


「突然こんな風に声を掛けてしまって、申し訳ありません。実は僕、先程からずっと貴女の事を見ていたんです!」

「まあ!本当ですか?」

「本当です!初めて会った貴女にこんな事を伝えるのは大変恐縮なんですけど……貴女は、そのものなんです!」


子豚の鼓動は、その音が周りにも聴こえるのではないかという位に、激しく高鳴った!


理想の女性……その言葉を、確かに目の前の超イケメンが口にしたのだ。

これはもはや、冷やかしや子豚の勘違いという類のものでは無い。


「アナタ、背中のファスナーが開いてますよ」なんて言う、ドッチラケな展開は、もはやクリアしたのは確実だった。


青年は、その認識をさらに確定付ける。


「初対面の女性にこんな事を言うのは、何とも図々しいのは承知の上です!しかし、それでも僕は貴女が欲しい!今の僕には、貴女が必要なんです!」


(キタアァァーーーッ☆)


これはもはやプロポーズと捕らえても差し支えない台詞である。

子豚の脳内では、すでにこの超イケメン青年との結婚式の模様が、ハート型の大画面の中に鮮明に映し出されていた。


バージンロードの上を歩く子豚の体重は、既に十キロ以上減量されており、来賓客の顔ぶれはセレブな客層で埋め尽くされている。


その中での青年の職業は、若くしてIT関連の急成長ベンチャー企業の社長であった。


☆☆☆☆☆☆☆


「私なんかで、本当にいいんですか……」


伏し目がちに、少し控えめな口調で青年に問いかける子豚。

その子豚を見る青年の顔は、真剣そのものだった。


「もちろんです!貴女さえ良ければ、僕と……僕と…………」

「貴方と…?」




「……自衛隊に入りませんか!」

「は?………………」


子豚の目が点になった。


「自衛隊?」

「そうです、自衛隊です」



「テメエ~ふざけんじゃねえぞ!この野郎~っ!」


傍にあるものを、あたりかまわず投げつける子豚に、青年は恐れをなして全速力で逃げて行った……




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