第7話 異世界って不幸な世界?
私の家庭は貧乏だった。貧乏だと何も買えないし、人に見下される。
「キエイル、本当にごめんね。満足に服も買ってやれないなんて」
「いいよ、お母さん。仕方のないことだから」
いわゆる母子家庭、父は借金だけを残し死んでいった。仕事が上手くいかないことへの苛立ちを母と娘である私にぶつけ、周りに不幸をまき散らすような人間だった。
残された借金は、生きながら私たちを虐める父よりは、まだ優しいものだった。ただ、貧しい生活を送るだけで住む今のほうが、ずっと幸せだ。
だけれど、どうしても今ある環境を不満に思ってしまうのもまた自然なことだった。いつからか、自分の下にいるものを自然に探す悪癖がついた。
アイツは、私より上だ。普通の暮らしをしている。
アイツも、私より上だ。父も母もいて、愛情を注がれている。
アイツは、私より下だ。両親を無くし、ただ自分の出来る仕事を精一杯にやって、やっとのことで生きている。
なんと虚しいことだろうか。自分を変えることよりも、他人と比べることでしか自分を肯定出来ない。
しかし、そんな私たちをさらにどん底へと叩きつける出来事が起こった。
「インディゴの連中だ! みんな逃げろ!」
「泡沫のレイクだ、今すぐ一家族につき金貨10枚を差し出せ、出来ないなら1人を殺す、1人でも逃げれば家族全員をいたぶって殺す」
この町の住人は道に並べられた。
次々と金を徴収するインディゴの連中は、ついに私たちの元へやってくる。
「さあ、金を出せ」
「わ、私たちは、10金貨もありません」
「なら、2人のどちらかが死ぬことになるな、さぁ、どっちだ」
私は、自分から名乗り出ようと思った。
純粋なままこの世に生まれ落とされるも、汚れ、人の気持ちを失った私に、生きる価値なんてない。だから、私が名乗り出よう。
せめて、母に泣いてもらえたなら、それほど嬉しいことはない。
「なら、私・・・・・・」
「娘を!」
母が私の言葉を遮った。
「私ではなく! 娘を! 殺してください!」
「・・・・・・え」
「分かった、さぁ、浮かべ」
そして、私は泡に包まれ、浮かんでいった。
その中で、一瞬でも、母は私の代わりに犠牲になろうとしているのではないかと思った自分に反吐が出た。
どうしてだろうか、自分から名乗り出ようと思っていたのに、この裏切られた気持ちは。母に言われるとは思ってもいなかったからだろうか、母は私を庇うはずだと思っていたからだろうか。
嫌だ、死にたくない。
そう思って下を覗けば、安堵する母の姿が見えた。
そうか、自分だけじゃなかったんだ。
誰だって、自分と周りを比べる。母は、父が自分以下の人間であり、また私も自分以下の人間であると考えていたのだ。
そう、私と母は父に虐げられた仲間ではなかったのだ。
人は、みんな仲良く同じなんかじゃない。必ず優劣がある。
それを知り、私は本当は全ての中で最も下位に位置する人間なんだってことが分かった。
はぁ、もう、疲れたな。
パチンッ
何をしても割れなかった泡が勝手に割れ、私を、高い高い空から落とした。
シャボンだま とんだ
やねまで とんだ
やねまで とんで
こわれて きえた
落ちてゆく、私の体、もうすぐ地面に叩きつけられる。
シャボンだま きえた
とばずに きえた
うまれて すぐに
こわれて きえた
落ちた先は木の上だった。
枝や葉っぱが衝撃を和らげ、奇跡的にも生還した。
「なんで、私が生き残っちゃったんだろう」
空を見上げれば、沢山の泡が弾けている。きっと、私以外は全員死ぬ。
生きていることは、幸せなんだろうか。
人と比べる時、その比較対象に死んだ人は含まれるのだろうか。だとしたら、私は死んでいった何人もの人よりも上、である。
なら、助かった命。自分のために、精一杯使ってやる。そう決めた。
そして、ひたすら歩いて街へ戻る。
戻った先には既にレイクたちはいなかった。住人に聞くと、あの連中は池の畔にある館に潜んでいるらしいことを聞き、潜入することを決めた。
普通のやり方じゃダメだ。それで出来るなら、もう既に組織は壊滅している。私の命の精一杯を使い切らなくては。
そして考えたやり方は、ひたすら、門のそばの草むらに潜む方法だ。雨が降ろうが、雷が落ちようが、レイクが1人で館を出るまで、ひたすらナイフを片手に忍び続ける。
そして、4日程経ったある日、レイクが門から出てきた。それも1人だ。私はこの機を逃さず首元にナイフを突き刺した。
「あが、あがが・・・・・・」
レイクは泡を吹いて倒れた。警備の連中が急いで飛び出すも、既に私はレイクのパンツを剥ぎ取り、既に履き替えていた。
ナイフを突き刺したあの感覚、それをイメージすると水の塊は剣を生み出した。
迫りくるインディゴの構成員たち、私は幼いながらに、全て返り討ちにした。
「私は、インディゴのリーダー、レイクを倒した! 私は新しいリーダー、キエイルだ!」
そうして、僅かに残った構成員をそのまま引き継ぎ、新しいインディゴを作り上げた。
・・・・・・・・・・・・。
「これは、復讐でもあった。私を裏切った人間たちへの」
「つまり、復讐のための成り上がり劇だったということか」
「人を恨むがあまり、いつの間にか本当に両親以下の人間になってしまった」
3人の亡骸を見て、嘆くように言った。
「私は、どうすれば良かったんだ」
「正直言って、私も正解は分からない。だが、今から出来ることなら、いくらでもある」
「今から?」
「そうだ、インディゴを解散して、みんなで真っ当な人生を送るというのが、私の考える最適解だ」
「インディゴを解散、確かに、そうかもしれないな。こうして過去の身の上話を語っていると、自分の行いが間違っていたんじゃないかと、そう思うようになった」
「そうだ、だから私も手伝う、共にやり直そう。私は世界を不幸のない幸せで愛に溢れた世界に変えたいと思っている。そのためにも、あなたが必要だ」
「あぁ、そうだな。許されようとは思わない、それでも、やれることはやってみせると誓おう」
私の差し伸べた手を取り、立ち上がる。
「ところで、インディゴのリーダーが代々受け継いでいたそのパンツ、私で5代目だそうだから、かなりの力が籠もっているはずだ。修繕して、正義に役立ててくれ」
「ん? どういうことだ?」
「説明し忘れてたな、パンツは誰かが使えば、その分だけ威力が増す」
レイクを倒して奪ったパンツを履いたキエイルが警備相手に無双したのはそれが理由か。
「分かった、必ず正義に役立てよう」
キエイルは3人の亡骸を埋葬しに行った。ベルクは完全に置いてけぼりにされていたノンを迎えに行った。
ベルクたちが身支度を済ませている間、私は、キエイルの背後をこっそりとつけていた。
・・・・・・・・・・・・。
「ルイ、ルカ、ルラ。お前たちは私がインディゴを牛耳ってから最初に入ったメンバーだったな」
「お前も、今すぐアイツらの元に連れて行ってやろうか?」
「誰だっ・・・・・・。ぐっ!」
私の首を掴むその手は、明らかに人間のものではない。巨大な手だった。
「た、助け・・・・・・」
「人を簡単に殺しておいて、そして人を不幸にして、まともに生きればいつか罪が消えるとでも勘違いしてんだろ」
「そ、そんなこと、ないっ」
「とにかく、死んで詫びろ」
手の力が徐々に強くなる、まるで枝を折るように、私の首が・・・・・・。
「やめろっ!」
突然、先ほどの男がかけて来た。
「ちっ、つけてやがったか、時間もないな・・・・・・」
ドサッ
「大丈夫か! キエイル!」
さっきまで私を殺そうとしていたローブの男はいつの間にか姿を消していた。
「あぁ、なんとか、だが、なぜ私が襲われていると分かった?」
「分かったというよりかは、予想だ。あなたと別れたあと、ベルに私が追い詰めたエリーザが殺されたことを聞いたんだ。それでもしかすると次に狙われるのはあなたかもしれないと、そう考えた」
「そうか、ありがとう」
この男、もしかすると本当に世界を平和にするのかもしれない。
そう思った。
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