第7話

 あとから思い返してみれば、それは、よく言えば少女漫画のようにドラマチック、悪く言えばラノベのように陳腐な出会いだった。


 バイトを始めて5日目の金曜の夜。明日の土曜日は丸一日お休みをもらえるということで、いつもハイテンションな晴海さんはもちろん、雪さんやワタシも、心なしか浮かれていたんだと思う。


 そのせいで、ワタシたち3人は、いつもは足を向けない、繁華街でも少しいかがわしい店の並ぶエリアまで来てしまっていた。

 金曜の夜は、やはり人出が多く、そのうえ、“朝日奈恭子”としてもあまり履き慣れないヒールの高めのサンダルを履いていたせいで、気が付けばワタシはふたりの友人とはぐれて半ば迷子みたいな状態に。


 ──そのことを自覚した途端、ワタシは突然、心細くなってしまいました。


 元々土地勘のない場所のうえ、夜ということで辺りも風景もどこか薄暗く、対照的にお店のネオンがギラギラと毒々しい。


 今いる場所の見当もつかなくなったワタシは、酔っ払いやチャラい男の人の視線を避けるようにして、何とか見覚えのある場所へと戻ろうとするのですが、そういう時に限って、ますます迷ってしまうのは、お約束なのでしょう。


 (子供じゃないんだから、しっかりしなきゃ!)


 そう、心の中で言い聞かせても、まるで落ち着きません──まるで、自分が自分じゃなくなったみたいに。


 (こ、こわい……恐いよぅ……)


 ここ数日間“高校一年生の女の子の恭子”になりきって行動していたせいで、心まですっかりか弱い女の子になってしまったのでしょうか? ワタシの顔は不安に歪み、たぶん今にも泣きそうになっていたかもしれません。


 (はるみさぁん……ゆきさぁん…………うぅ、誰か助けて」


 心の声が思わず唇から零れ落ちた、その時──。


 「あれ? ねえ、キミ、もしかして、1-Aの朝日奈さん?」


 背後から「わたし」のことを知ってるらしい優しげな声をかけられた瞬間、ワタシは反射的にその人にすがりついてしまったのです。


 「ふ、ふぇえええーーーん!!」


 まるで「本物の朝日奈恭子」のように半泣き(というか7割5分泣き)状態で、パニックに陥っているワタシを、声をかけてくれた人──恭子と同い年くらいの少年は、困ったような顔で、それでも落ち着くまで見守ってくれたのでした。


 * * *


 「お、お見苦しいところをお見せしました……」


 その少年に駅前まで連れて来てもらい、バーガーショップの2人席で差向いに腰かけながら、ワタシは穴があったら入りたいような気恥しさを覚えていました。


 「いや。女の子が、あんな場所でひとりで迷ったら、心細くなっても仕方ないと思うよ」


 いかにも人の良さそうな少年は、苦笑してはいるものの、ワタシを馬鹿にしている感じはありません。


 「そうだ。自己紹介が遅れたね。ぼくは、恒聖高校2年C組の国枝逸樹(くにえだ・いつき)」


 こういう言い方をするということは、この人は(本物の)朝日奈恭子と初対面か、それに近いほど面識はないのでしょう。


 「あ、先輩だったんですね! すみません。“わたし”は、1年A組の朝日奈恭子です。でも、国枝先輩はわたしのことをご存知みたいですけど……」


 おそるおそる、そう探りを入れると、国枝先輩は、眉の端をほんのちょっと下げて微妙に困ったような表情になりました。


 「あー、まぁ、なんと言うか、その……君達、応援部の一年生トリオは、校内では、色々有名人だからねぇ」


 ちなみに、“応援部”というのは、晴海さん、雪さんと一緒に“わたし”が入っている部活のことです。

 この部活、いわゆる応援団とはちょっと違って、「よその部活で手伝いが必要な時に助けの手を差し伸べる」というのが設立理念のクラブです。

 もっと分かりやすく言うなら、助っ人部あるいは人材派遣部、でしょうか。


 晴海さんは、ああいう性格ですから、いろいろなトコロに大手を振って首をツッコめる応援部に入学当初から興味深々で、3年の武ノ内部長にスカウトされた時、一も二もなくOKして、以来、いつも活き活きと活動されてます。

 その際、わたしと雪さんも、付き合いというか引っ張り込まれたと言うか──結局一緒に入部届けを出して、「いろいろなトコロをお手伝い」しています。


 つまり、1年女子の要注意人物おさわがせむすめのひとりとして顔を知られていたということのようです。はぅ~、またまた穴があったら入りたい気分になってきました。


 もっとも、国枝先輩は、その点にはそれ以上言及することなく、気の置けない雑談で、わたしが笑顔を見せることができるほど落ち着くまでつきあってくださいました。


 で、ちょうどそうなった頃に、肩に掛けたポシェットに入れたケータイに、メールが何件も来ているのにわたしも気付き、無事に晴海さんたちとも合流できたのです──ケータイ持ってることも忘れてるなんて、どれだけ慌ててたんでしょうね、わたし。


 ともあれ、そろそろ門限の時間が近づいていたので、この町の親戚の家に遊びに来ていて、しばらくはコチラにいるという国枝先輩と連絡先を交換してから、わたしは晴海さんたちとともに帰路につきました。


 あんな経験をした直後だと言うのに、何となく浮き浮きした気分になったわたしは、そのせいか、ふたり──晴海さんと雪さんが、アイコンタクトで「ニヤリ」と含みのある笑顔を交わしていたのを、ウッカリ見逃してしまったのでした。


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以前からのストックここまでなので、次の更新は少し間が空きます。

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