第13話

 ことあるごとにわたしと国枝先輩の仲を勘ぐって煽ってくる晴海さんと雪さんの“攻勢”を、時に受け流し、時に無視しきれずに意識してしまったりしながらも、わたしは先輩と徐々に親しくなっていきました。


 いくら斜向かいに滞在しているからって、毎朝わたしたちが泊ってる部屋(の窓の外)に訪ねて来られては、さすがにそれを「偶然だ」と言い切る勇気つもりは、わたしもありません。


 いえ、それだけなら、わたし以外のおふたり──晴海さんか雪さんに、先輩が気があるから、という可能性も……。


 「それはないわね」「ない」(キッパリ)


 そ、即答ですか。いえ、確かにわたしも「“そう”だといいな~」という淡い期待は抱いてますけど。

 ──今更、誤魔化しても仕方ありませんね。ええ、わたしは(そしてたぶん先輩の方も)お互いに好感を抱いているのは間違いないでしょう。


 実際、2度目のお休みだった昨日は、午後からは訳知り顔のおふたりに送り出されて、猪狩沢のインドア観光コースの定番である美術館&博物館巡りに、先輩に誘われて出かけたりもしましたし。

 傍目から見れば、高校生の男女が一緒に(ほとんど寄り添うような距離感で)そういう場所に行くのは、デート以外のなにものでもないでしょう。


 え? 「混雑している博物館の特設展示で「はぐれるといけないから」という理由で先輩と手を繋いで、展示を出た後も、しばらくずっとそのままだったクセに」?


 ! ど、どこから見てたんですか、晴海さん!?


 ──コホン!


 ですが、そんな、少しだけ恥ずかしくも楽しい日々も、今日まで。

 本日正午にて半月間の“喜多楼”でのアルバイト生活は終わり、これからわたしたち3人は帰路につくのですから。


 それなのに……。


 「こんにちは、お邪魔しているよ、朝日奈さん」


 帰りの電車の4人掛けのコンパートメントに、どうして当たり前のように座ってるんですか、先輩!?


 「いや、そりゃあ、ぼくも伯父さんの家から帰るつもりだからね。

 元々同じ街の住人だし、朝日奈さんたちのバイトは今日までてって聞いてたから、どうせなら帰省日を合わせて一緒に帰るのも別段おかしな話じゃないと思うけど」


 「それとも迷惑だったかな?」と、穢れの無い瞳で見つめてくるのは止めてください。別に迷惑なんかじゃなくて、むしろ嬉し(ゴニョゴニョ)……。


 そこの晴海さんと雪さん、ニヤニヤしないで!

 その様子だと、事前に知ってたんですよね。どうして教えてくれなかったんですか!


 「「だって、聞かれなかったし」」


 その台詞を言ってよいのは、某鉄道オタクの魔王だけですよ!

 まぁ、どうせ、急行で7駅、所用時間も2時間程度の道中ですからね。


 (そして──家に帰ったら、この立場交換ちゃばんも終わり、なんですよね)


 この半月間は、「とても楽しい」なんて言葉だけでは言い表せないほど、新鮮な驚きと未知なる経験を満喫して──そして、少しだけ甘酸っぱい気持ちも味わうことができました。

 でも──それも今日で終わり。このあと、朝日奈家ウチで、“本物”の朝日奈恭子と合流したら、偽物わたしの役目もおしまい。晴海さんの“あんじ”で……。


 「あ~、そのコトなんだけどさぁ。前のバイトが終わってすぐにこういうコトいうのもナンなんだけど──恭子、次のバイトもあたしたちと一緒に行く気はない?」


 …………へ?


 「実はね、新海さんから、あたしたちが「使えるバイト」だって高評価が例のオーナーに伝わったらしくて、ソチラから「今度は海の家でバイトしてくれないか」ってオファーが来てるのよ!」

 「──期間は明後日から十日間。給与・待遇は、“喜多楼”のバイトとほぼ同等で、かなりお得」


 あからさまに目を輝かせている晴海さんと、(少しわかりにくいですが)実はヤる気満々の雪さん様子見る限り、このおふたりは、たとえわたしが断っても自分達だけで行かれると思います。


 「わ、わたしとしては協力したいですけど、でも……(“本物”との入れ替わりはどうするんですか?)」


 後半部の台詞は、先輩がそばにいるので口ごもらざるを得ませんでした。


 「あぁ、「約束していた“あの子”」のことなら大丈夫よ。本人に確認はとったら、“延期”してもいいって言ってたし。

 向こうは向こうで、合宿で新しい友達ができたらしくて、むしろ延期してくれた方が、その子たちと遊びに行ったりできて有難いって言ってたわ」


 勘のいい晴海さんには、わたしが飲み込んだ言葉が分かったようですが、“鶴橋香吾(偽)”の方には既に話が伝わっていた様子です。


 (それが本当なら──もうちょっとだけ、わたしは“朝日奈恭子”でいてもいいのかな?)


 わたしたちの話に口を挟まずにいた(でもおそらく聞いてはいただろう)先輩に、チラっと視線を向けると、先輩は励ますように軽く頷いてくれました。


 「事情はよく分からないけど、朝日奈さんの気持ちはどうなのかな。

 単なる義理や付き合いじゃなくて、その海の家のバイトをやりたい気はあるの?」


 そう問われれば、わたしの回答きもちは──紛れもなく「YES」です。


 「晴海さん、そのバイト、わたしもお手伝いします」


 気が付けば、わたしは晴海さんに、そう返事をしていました。

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