第14話
ベッドの中で目が覚めて、見覚えのない天井が視界に入った時、ほんの一瞬だけ混乱しましたが、すぐにわたしは平静を取り戻しました。
「そうでした……ココは、
起き上がって辺りを見回し、【一度だけ入ったことのある/いつも見慣れた】自室の様子を再確認します。
ベッドと本棚は白、ドレッサーとタンスは薄桃色で、部屋の壁紙もクリーム色をベースに、ピンクの花や黄緑の葉っぱ模様が散らされた女の子らしい意匠です。
わたしは、水色のネグリジェ(セクシーな透け透けではなく、シンプルなコットンのワンピース型のものです)姿のまま、そのタンスを開けて、着替えを物色します。
なにせ昨日の夕方、猪狩沢からこの
身体的にというより精神的に疲れていたのもあって、晩ごはんのあと、パパやママとあまり話もしないで、シャワーを浴びて、今日の着替えも用意せずにすぐにベッドに入り、そのまま眠っちゃったんですよね。
その弊害か、今朝は普段学校に行ってる時よりも早い時間──6時過ぎに目が覚めちゃいました。
逆に言うと、その分、時間に余裕があるワケですが。
「ん~、下着はコレとコレでいいでしょうか。一応新品ですし、上に白を着てもあまり透けない色味ですし」
「今日の予定」に基づいて“上”に着る服も考慮してから、淡いミントグリーンのフルカップブラと同じ色のジャストウエストショーツを取り出して身に着けます。
今となっては、前屈みになってブラジャーを付ける仕草も慣れたものです。
「あれ? ちょっとキツい……かも?」
これまでは厚手のパッドを1枚入れていたのですが、この半月間で胸回りのサイズが変わったのか、それをすると少し窮屈な気がします。
かと言って、買い替えるにしても、新しい下着は猪狩沢のお店で買ったばかりですし──仕方ないのでパッドを入れるのは止めにしました。
それでも、元々の
まだ「約束の時間」には早いので、とりあえず今は部屋着のタンクトップとデニムのミニスカートを履いて、わたしは自室から出ました。
「あら、おはよう、恭子。今朝はずいぶん早いのね~」
ダイニングに入った途端、朝食の用意をしているママが目を丸くしました。
「おはようございます、ママ。昨日、早く寝すぎたせいで……」
「シャワー浴びてすぐに寝たのね? 髪の毛が大変なことになってるわよ」
「!?」
苦笑するママの視線に気付いたわたしは、慌てて洗面所に駆け込みます。
鏡に映るわたしの髪は──寝乱れてクシャクシャなのはともかく、髪質のせいかべったり貼り付き気味で、年頃の女の子としては目も当てられない惨状になっていました。
腰の強い髪をしている晴海さんも、下手に手入れを怠るとライオンみたくなって大変そうですが、わたしのようなネコっ毛も、これはこれで厄介なんですよね。
真っ直ぐで艶があるのに、そのあたりのバランスがよくて手入れに時間を取らない雪さんの髪が羨ましいです。
(──って、アレ? わたし、晴海さんの乱れ髪姿って見たことありましたっけ?)
晴海さんたちとは、この半月間寝食を共にしてきましたが、なんだかんだで気を使っていたのか、そこまでヒドい状態にはなっていなかったような……。
でも、何故か「ライオンウーマン」状態の晴海さんを見た記憶があるんですよね。
「……まぁ、いっか。それより、今は“コレ”を何とかしませんと」
普段は朝シャンなんてしないのですが、今日ばかりは仕方ありません。幸いにして時間あります。
一応、
「ふぅ~、やっぱり“朝シャン”って、あまりやりたくないですね」
お風呂場と違って窮屈ですし、周囲に水をこぼさないよう気も遣いますし……。
でも、それだけ手間暇かけた甲斐はあって、髪型を艶々&ふわふわに仕上げることができました。
とりあえず今は、結わずにカチューシャで前髪だけ上げておきましょう。
「おや、珍しく朝シャンしたのね──朝ごはんの用意も、ちょうどできたところよ」
ダイニングに戻ると、ちょうどママが朝食のおかずをテーブルに並べているところでした。
朝日奈家の朝は、パン(トースト)とレタスorキャベツ&プチトマのサラダ、ベーコン/ハム/ウィンナー&スクランブルエッグ、それとミルクティーもしくはカフェオレ──というのが定番で、それに
(あれ、でも毎朝、ご飯を食べていたような……)
うーん、どうしてでしょう。昨日まで“喜多楼”では、朝ごはんにおにぎりを食べていたせいでしょうか?
「おはよう、涼子、恭子。恭子は昨日は随分疲れてたみたいだけど、調子はどうだい?」
違和感の原因を追及……しかけたところで、パジャマ姿のパパがダイニングに入って来たので、とりあえずみんなでいただきますをして、朝食を摂ることになりました。
「それで恭子、今日は一日お家にいるの?」
「ううん。お昼前に映画を見に出かける予定」
「ほぅ、何を観るんだい? 今なら若い子には『エンドレスナインの憂鬱』のリメイクが話題みたいだぞ」
大学時代に映研所属で、いまでも映画に一家言あるパパのせっかくのオススメですけど……。
「そのぅ、『奇妙な恋の譚詩曲(バラード)』のアニメ版を観ようって誘われてます」
「へぇ、10年前の実写版はママもパパと観たことがあるけど、アニメ版なんてやってるのね。帰って来たら感想、聞かせてくれない?」
「はい──でも、ネタバレなしに感想いうのは難しそうですけど」
「なに、単に「おもしろかった」「つまんなかった」程度でもいいのさ」
朝食を食べながらそんな雑談をパパやママとしたあと、部屋に戻りましたが、約束の時間までまだだいぶあるので、せっかくなので夏休みの宿題でもやっておきましょう。
「『春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山ぎは、すこしあかりて、紫だちたる 雲のほそくたなびきたる』──こちらを現代語に訳しなさい、かぁ。ええっと……」
文武両道な晴海さんや学年トップクラスの雪さんと違って、わたしの成績は中の下から中の中くらいを行ったり来たりしてる感じなので、正直、宿題をこなすのはひと苦労──いえふた苦労、三苦労ぐらいします。
国語や英語などの文系科目はまだいいのですが、理系、特に数学なんてチンプンカンプンです。
仕方ありません。申し訳ないですが、
「……っと、もうこんな時間ですか。そろそろ着替えないと」
半袖・ミディ丈で、襟元が青いセーラーカラー、プリーツ状のスカートにも青のサイドラインが入った、夏らしい爽やかなデザインのワンピースです。
サマードレスを着て、素足に白のショートソックスを履いてから、化粧台の前に座ります。鏡を覗き込みながらUV対策のナチュラルメイクを済ませ、コーラルピンクのリップを引きました。
髪型は、いつものポニーテール──なのですが、結わえるリボンを水色とラメの、普段よりちょっとオシャレなものにしておきましょう。
鏡の前でターンして、前後左右、どこから見ても特におかしいところはないと確信してから、肩掛けポーチを手に、わたしは部屋を出て玄関に向かいました。
「行ってきまーす。夕方までに帰りますから、晩ごはんはお願いしますね」
「はい、行ってらっしゃい──(ボソッ)デート、楽しんできなさいね♪」
「!」
どうやらママにはバレバレのようです。
待ち合わせの駅前西口には、Tシャツ&チノパンの上に麻のサマージャケットを羽織った国枝先輩の姿が既にありました。
「はぁはぁ……ご、ごめんなさい。お待たせしてしまいましたか?」
「いやいや、ぼくもさっき来たばかりだから。それに、待ち合わせの時間まで、まだ10分ほどあるし、問題ないよ」
いつも笑顔の先輩ですが、今日の笑顔はいつも以上に素敵に感じられるのは、わたしの気のせいでしょうか? もしかして、わたし、意識し過ぎ?
乱れる想いを隠しつつ、わたしは呼吸を整え、先輩と並んで映画館へ向かって歩き出したのでした。
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