第5話(“BOY”side)
見桜駅で晴海さんたちと別れたわたしは、特急で5駅離れた場所にある葦柄駅まで来ていました。
高校生にもなって、お恥ずかしい話なんですけど、実を言うと、うちのパパとママがかなり過保護なせいもあって、ひとりでこんな遠出をしたのは初めての経験です。
ちょっと心細いという気持ちもないわけではありませんが、どちらかと言うとワクワクしている部分の方が大きいですね♪
小学校高学年の頃からずっと伸ばしてきた長い髪を切ってサッパリ身軽になり、香吾くんが着ていた、いかにも中学生の男の子らしい服装をしているので、ちょっとした変装してる気分。
──いえ、そうじゃありませんね。
少なくとも、ここでの夏期講習合宿に参加しているあいだは、ほかならぬわたし……じゃなくて、“ボク”自身が「中学一年生の少年・鶴橋香吾」なんですから。そのコトを忘れないようにしないと。
幸い、晴海ちゃんのかけてくれた“おまじない”(専門的には魔女の技術だとか暗示だとか言ってましたけど)のおかげか、いつもみたいな弱気の虫は、どこかに行ってくれてるみたい。
“ボク”は、肩にかけたスポーツバッグをゆすりあげると、心待ち意識して大股になりながら、駅から出て、夏期講習パンフのマップを見ながら合宿所を目指して歩き始めました。
葦柄駅は、ハイキングコースやキャンプ地として有名な葦柄山のふもとにある駅で、合宿所も山の中腹にあるみたいです。
普段の運動が苦手なわたしなら途中でヘバってしまったかもしれませんが、“中学1年生の男子”に意識してなりきっているせいか、それとも物珍しい環境で浮かれているせいか、上り坂を歩くのが全然苦になりません。
ふと、視線を上げると、二股に分かれた道の途中で、“ボク”と同年代くらいの男女が何やら言い争っているようです。
「だーかーら、このまま、上まで登ってから、山ン中を突っ切った方が、絶対近道だって!」
「やめておくほうがいい。地図上でどんなに近く見えても、慣れない山の中を突っ切るのは自殺行為だよ」
どうやら、進む道のことで口論してるみたいですね。うーん、もしかして、“ボク”と同じく夏期講習に来た人でしょうか。
いつものわたしなら、見知らぬ人に声をかけるなんて恥ずかしくてできません。でも、今の“ボク”なら……。
「あのぅ、すみません。もしかして、駿河塾のサマースクールに参加する人ですか?」
* * *
道端のふたりに話かけたところ、やはり“ボク”と同じ受講生だったらしく、簡単な自己紹介ののち、合宿所まで一緒に行動することになりました。
「ふぅ~、やっと着いたぜ」
背が高いけどヒョロッと痩せてる男の子──谷川流太郎(たにがわ・りゅうたろう)くんが、ボストンバッグを地面に下ろして、汗を拭いています。
ミリタリー風って言うんでしょうか。カモフラージュパターンのベストを着て、それっぽい帽子をかぶってる割に、案外体力はないみたいです。
「ここが合宿所、なのかな」
もっとも、“ボク”もけっこう汗をかいてるので、他人のことは言えませんけど。
「おそらく、ね」
男子(“ボク”も含めて)ふたりとは対照的に、セミロングの髪をなびかせた活発そうな女の子──佐崎(ささき)みちるさんは、涼しい顔でバンガロー風の建物を見上げています。
ちなみに、コースに関しては、話に加わった“ボク”が地図に従うことを勧めたため、曲がりくねった山道(といってもキチンと踏み固められていましたけど)を進むことになりました。
それにしても、谷川くん、こんな体力ないのに山に入ろうなんて、さすがに無謀じゃないですか?
「うん、そうなんだ。流太郎は、跡先考えずに本能で行動して、後悔することが多いんだよねぇ」
「にゃにを~!?」
道々聞いた話だと、おふたりは幼稚園の頃からの幼馴染(佐崎さんいわく「腐れ縁」)だそうで、いつもこんな風にきやすい口げんかしているみたい。
子供の頃から引っ越しが多くて、中三の2学期になってから、ようやく今の地元に落ち着いた“わたし”にとっては、羨ましい話です。
──おっと、今の“ボク”は、“朝日奈恭子”じゃなく“鶴橋香吾”でした。ボロが出ないように、ちゃんと意識しておかないと。
「あの、いつまでも外にいるのもなんだし、中に入りませんか? 冷房も効いてるだろうし……」
軽い言葉のジャブの応酬をしてるふたりに、声をかけます。
「お! そうだな。こんな口先だけは達者なじゃじゃ馬女の相手してるより、さっさとクーラーの入った室内で涼もうぜ!!」
明らかに口ゲンカで劣勢になっていた谷川くんは、これ幸いと建物の入り口へと歩き出します。
「まったく……すまないね、鶴橋くん、気を使わせたようで」
佐崎さんは、見た目はとても女の子らしく、美少女と言っても差し支えない外見なのですが、しゃべり方はちょっと変わっていて、男性的な印象を受けます。
もっとも、声自体は澄んだソプラノで、とても優しい感じの声音なので、男性と間違える人はいないでしょうけど。
「いえ、そんな、たいしたことじゃないです。さ、行きましょう、佐崎さん」
エスコート、というほど大層なものではありませんが、昔、少女漫画とかで読んだシーンをちょっと意識して“ボク”は佐崎さんの手を取り、歩き出します。
「!(あ……)」
手を引かれた佐崎さんが、僅かに頬を染めていたことに、その時の“ボク”は気付いていませんでした。
* * *
バンガロー風(あくまで「風」で、中身はきちんとしてます)のその建物には、100人近い中学生が受講者として集められていて、大食堂で簡単なオリエンテーションを受けさせられました。
そのまま昼食を摂り、そのあと各自の泊る部屋の表を渡されて当面は解散です。
泊る部屋はふたり部屋なのですが、僕の同室の少年は、偶然にもさっき仲良くなった谷川くんでした。知り合ったばかりとは言え、それなりに気が合いそうな人だったのはラッキーです。
「おっ、鶴橋、相方はお前さんか。これから2週間、よろしくな!」
「こちらこそ、よろしくお願いします、谷川くん」
「おいおい、同い年(タメ)なんだし、短期間とは言えしばらくルームメイトになるんだから、他人行儀なのはナシにしようぜ」
「はい……じゃなくて、うん。じゃあ、ボクも、できるだけフランクにいかせてもらうね、谷川」
実を言うと、男子中学生の普段のしゃべり方なんてよくわからなかったんですけど、とりあえず、マンガとかで見た「少し丁寧口調の男子学生」のつもりで、会話することにしました。
その後、14時から早速、英語の講義が始まります。
「なんだよ、ちょっとくらい休ませろよな」とブーブー言う谷川くん──谷川をなだめつつ、講義室に入ると、ちょうど佐崎さんの隣りが空いていたので、ボクらはそこに腰を下ろしました。
「おや、珍しいね。流太郎が遅刻もせず、真面目に講義を受けるなんて」
「あー、コイツに引っ張られて、な」
きまり悪げに頭をかく谷川の顔を見て、ニヤリと佐崎さんは笑いました。
「ほぅ、すまない、鶴橋くん。面倒をかけて」
「ううん、別段たいした手間でもないから、平気だよ、佐崎さん」
「──なんで、みちるが俺の保護者ぶってるんだよ?」
谷川の抗議にも、佐崎さんは動じない。
「フッ、自分は、おばさんから、「息子の監視をよろしく」と頼まれているからね」
「にゃにぃ!?」
授業(講義)中なのに、始まりかけた口論を、慌てて遮る。
「ふ、ふたりとも、シーーッ!」
というワケで、こんな風に、今の自分の“立場”に悩む暇もなく、ボクの“男子中学生”ライフが、今日から始まったのでした。
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