ポニーテールは伊達じゃない! -中一男子が女子高生としてひと夏の思い出を作るお話-
嵐山之鬼子(KCA)
第1話
突然何を言い出すんだと呆れられるかもしれないけど、ウチの家系、鶴橋家は、なんでも“魔女”の末裔らしい。
──いや、そんな「中学生にもなって、何バカなこと言ってんの?」的な目で見ないでほしい。
もっとも、2年前まだ小学5年生だった頃に、晴海(はるみ)姉ちゃんから初めて聞いた時は、たぶん僕も同じような目を姉ちゃんに向けてたんだろうけどさ。
「あ! 香吾(きょうご)、アンタ、信じてないわね?」
僕の視線に含まれる憐憫と軽蔑の意を敏感に感じ取ったのか、姉ちゃんはすかさずヘッドロックをかけてきた。
「イタタタ……ギブ、ぎぶっ!」
当時中学2年生ながら、ソフトボール部のエースとして鍛えていた姉ちゃんの馬鹿力はあなどれず、その頃はまだ体格でも10センチ近く劣っていた(近頃ようやく3センチ差まで追いついた)僕は、早々に白旗をあげるしかなかった。
「ふぅ~、ヒドいメにあった」
「才色兼備な優しいお姉様の話を、信じないアンタが悪いんでしょうが」
いや、そう言われても、ねぇ?
もっとも、少々気まぐれでゴーマイウェイな点があるとは言え、確かに晴海姉ちゃんは文武両道を体現してるような女の子だ。
身内の欲目を差し引いても、外見も十分美人の範疇に入るし、学校の男友達にも「いいなぁ、鶴橋んちの姉ちゃん」なんて羨ましがられる。
時折その思いつきで振り回される事があるとは言え、僕も姉ちゃんのことは嫌いじゃないし、姉弟仲も悪くないと思う。
とは言え、こんな風に時々無茶ぶりしてくるから、うっかり気は抜けないんだけど。
まぁ、これも横暴な姉の下に生まれた弟の定めかとあきらめて、仕方なく姉ちゃんの話を詳しく聞いてみたところ、多少は僕にも納得がいった。
“魔女”とは言っても、別段、杖から撃った魔法弾で地面にクレーター作ったり、希望と絶望の相転移で化物化したりするような、物騒なものじゃないらしい。
「そうね、現代日本風にいえば、生薬配合による薬物生成と、催眠暗示に長けた一族……ってところかしら」
色んな薬効を持つ薬を作り出し、また他人と対峙する際は暗示で行動を束縛したり催眠術で幻を見せたりする──つまりは、そんな技術を代々継承してるらしい。
「──それ、魔女って言うより、むしろ忍者っぽくない?」
「あはは、言われてみれば、そうかも。まぁ、体術関連は護身(たしなみ)程度だけどね」
たしなみ程度でも一応やってるんだ!?
「ええ、さっきアンタにかけたのが、
ほかにも、ソーサレス脇固めとかヘキセン三角締めなんかがあるらしい……一体どこまで本当なのやら。
で、その後、秘密の地下室で色々怪しげな薬──毛生え薬だの惚れ薬だのを見せられ、その効果も強制的に実体験させられたんで、半信半疑から七信三疑くらいにはなったんだ。
実は姉ちゃんの女の子離れした身体能力も、自己暗示で潜在能力の一部を解放しているおかげらしい。
せっかくなので、六年生の運動会の時、僕も一度、その暗示とやらをかけてもらって、効果は十分に分かった──もっとも、翌日はその反動で全身筋肉痛になって一歩も歩けなかったけど。
ちなみに、この“技術”って代々鶴橋家の女性にのみ継承される習わしらしく、姉ちゃんは田舎のおばあちゃんから習ったんだとか。父さんも、僕同様存在は知ってるものの、自分ではほとんど使えないんだってさ。
まぁ、限りなくうさん臭い
中学に入ってからは、主に定期試験前の勉強時に“精神集中できる暗示”を姉ちゃんにかけてもらうことで、かなり効率的に試験勉強できたし。
そんなこんなで晴海姉ちゃんには色々“借り”があったのは確かだよ。
でも、だからって──いきなり「アンタ、夏休みにバイトする気ない?」って言われてもねぇ。
「第一、姉ちゃん、僕、まだ中学生だよ」
ちなみに誕生日は9月23日、秋分の日の頃だから、七月現在の時点では12歳だ。
そりゃあ、自宅とか親戚の家業の手伝いくらいなら、やってる中学生もいるだろうけど、基本的に法律で中学生のバイトって禁止されてなかった?
「その点は心配ないわ」
ニヤリ、といかにも“悪そう”な笑みを浮かべた姉ちゃんの手には、一枚の学生証が握られていた。
よく見ると、姉ちゃんの友人でウチにもたまに遊びに来る、朝日奈恭子さんの名前が記されてている。
もしかして、経歴詐称!? それって犯罪だよ!
「ふっ、イカサマはバレなきゃ、イカサマじゃないのよ」
晴海姉ちゃんいわく、せっかく高校生になったんだし、この夏休みにアルバイトでもしようとツテをたどって、電車で7駅ほど離れた場所にある観光地の旅館で、友達と一緒に仲居さんのバイトする段取りをつけたんだとか。
「バイトって言っても、三食+寝る場所付きなうえに、夜7時以降はフリーで、週に1回お休みももらえるという好条件よ! これを逃す手はないでしょ」
問題は、3人で行くはずだったのに、そのうちのひとり──朝日奈さんがどうしても無理ということになったらしい。
「そこで、アンタの出番ってワケ」
“ニタリ”という形容が似合いそうな、いや~な笑顔を浮かべる姉ちゃん。
ま、マズい。この表情をしてる時の姉ちゃんは、紛れもなくホンキだ!
「へー、そーなんだー、でも、ぼくは、あさってから、じゅくのかきこうしゅうに、とまりこみでいくことになってるんだよねー」
内心冷や汗をダラダラ流しつつ、とりあえず、正論で抵抗を試みてみる。ちょっと棒読みっぽくなっちゃったのは勘弁してほしい。
「ふぅん……そうなの」
「う、うん、そうなんだ。受講料ももう支払っちゃったし、サボるわけにはいかないよねー、そんなことしたら、父さん達に叱られちゃうし」
「──確かに、それはそうね」
お、諦めてくれたかな?
「いやぁ、残念だなー、僕も行きたかったんだけど、別の用事があるんだから、仕方ないよね。講習代わってもらうワケにもいかないし」……と、ここぞとばかりにまくしたてる僕に、姉ちゃんはニッコリと微笑みかける。
「そう。なら、安心しなさい。アンタの代わりに夏期講習を受けて来る人材は確保してあるから」
……ヘッ!?
「代わってくれる人がいるなら、アルバイトする障害はないわよね。アンタも、本当はやりたかったみたいだし──ねぇ?」
一見笑ってるけど瞳だけが笑っていない物騒な表情を向けられた僕には、両手を挙げて無条件降伏するほかに、選択肢は残されていなかったのでした、まる。
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