第2話

 半ば(というか99%)無理矢理、僕から「アルバイトを手伝う」という言質をとった姉ちゃんは、今回の件に関する詳しい経緯を説明してくれた。


 元々は、中学時代からの親友の長津田雪(ながつだ・ゆき)さんと、高校に入って仲良くなった朝日奈恭子(あさひな・きょうこ)さんの3人で、一緒にバイトをするつもりだったらしい。

 ところが、土壇場になって恭子さんが「やっぱり、わたしに接客業なんて無理ですぅ~」とヘタレた。どうやら、恭子さんって、軽い男性恐怖症の気味があるらしい。


 「そうなの? 家に来たとき、僕とか父さんとは割と普通に話してたみたいだけど」

 「父さん達くらい年配か、年下のあまりゴツくない男の子なら、比較的マシらしいんだけどね」


 姉ちゃんたちとしては、むしろそれを改善する目的もあって、このバイトを選んだらしいんだけど、本人がものすごく嫌がってるのに強要しても逆効果だろうし、バイト先に迷惑かけるのは本末転倒だ。


 しかし、雪さんのお母さんの友人のお父さんがオーナーをしているというその旅館には、女子高生3人がバイトすると伝えてあるし、先方もそのつもりでいるだろう。


 「だ・か・ら、アンタに恭子の代役を頼みたいのよ、香吾」


 いや、さっきのって、絶対人に頼みごとする態度じゃないよね!?

 ──そう思っても、口に出せないのが弟という身分のツラいところだ。


 「けど……僕に、恭子さんの身代わりなんて」

 「大丈夫よ、アンタ、背丈も体型もおおよそ恭子と似たようなモンだし、顔だってちょっとボーイッシュな女の子で通るわ」


 ぅぐっ! 人が気にしてることを……。

 確かに、僕は、身長155センチで、顔も母さんによく似た女顔だってよく言われるけどさ(ちなみに、姉ちゃんは父さん似。なのに、割かし美人に見えるのは不思議だよね)。


 「それに、念の為、“魔女”の技術ちからも使ってあげるから、周囲からも女子高生にしか見えなくなるし、心配ないって」


 うーん、姉ちゃんの魔女(?)としての腕前の確かさは知ってるし、それなら周りも誤魔化せるのかなぁ。


 「でも、恭子さんの方は、それでいいの?」


 よりによって男子中学生の代役なんて……。


 「ああ、平気よ。むしろ、どちらかって言うと、ソッチが狙いね」


 姉ちゃんいわく、半月間、男子中学生として生活してれば、ちょっとは男に対する理解も進んで、男性恐怖症もマシになるだろう──という目論見らしい。


 「あらかじめ、周囲の男子を異性と意識しないような、弱い暗示もかけておくつもりだしね。つまり、これは人助けでもあるのよ。ドゥー・ユー・アンダスタン?」


 そう、畳みかけられては、僕も頷かないわけにはいかない。

 それに……本音を言えば、この歳で住み込みのアルバイトを体験できるという状況に、ちょっと好奇心をくすぐられているのも事実だ。


 結局、僕は、改めて姉ちゃんの企みに協力することを約束することになった。

 ──それが、僕のひと夏の不思議な体験の始まりだと気付かずに。

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