第18話

 今日8月10日の、時刻は23時を少し回ったあたり。

 普段ならまだ起きていて、テレビを見たり本を読んだり、あるいは晴海さんたちみたいなお友達と電話やラインで会話してたりしている頃合いなのですが……。


 今、わたしは二段ベッドの上の段で、仰向けになりタオルケットを被って寝ている──訂正、懸命に眠ろうとしている最中でした。


 ちなみに、下の段のベッドには、国枝先輩──逸樹さんが寝ている、はず(もっとも、何度も寝返りうってる気配があるから、逸樹さんも眠れてないみたい)。


 どうしてこうなったかと言えば……。


  * * * 


 “あの”あと、この部屋に残されたわたしたちは、ふたりとも何を話せばよいのかわからず、しばらく固まっていました。


 「──まぁ、仕方ないか。こういう事態になったのは、たぶんぼくのせいだね。ごめん、恭子さん」


 さすが年長者というべきか、先輩の方が早く再起動しました。


 「え? ど、どういう意味ですか?」

 「いやぁ、このバイト、本来君達3人で来るはずだったよね。

でも、そこへ急きょ4人目としてぼくが加わったんで、男女別の従業員部屋が用意できなかったんじゃないかな、って」

 「あ!」


 昼間は楽しく一緒に御仕事バイトしてたので忘れてましたが、言われてみれば、確かに最初は先輩が来る予定ではなかったはずです。


 「その……先輩は、どうしてわざわざ此処に来てまでバイトをしようと思われたんですか?」


 バイトの日給は確かに割と良い方ですが、拘束時間は長めで、おまけに重労働ではないものの炎天下でのお仕事。正直、地元の方が色々楽だと思うのですが……。


 「それをキミが聞く? いや、たしかにぼくも明言はしてないけどね」

 「はわわわ!? ……えーと、その、“そういうこと”、でいいんでしょうか?」


 “わたし”が此処に来たから、ついてきて下さった──そう思って……。


 「ま、こののお話の“御約束”で、「互いの認識がすれ違ってのピタゴラスイッチ」になるのも嫌だから、言っちゃうけど」


 いつも穏やかな微笑を浮かべている先輩が、いつになく真面目な表情を浮かべています。


 「朝日奈恭子さん、キミのことが気になる──ううん、キミが好きだ。“LIKE”の側面もあるけど、それ以上に“LOVE”の意味で」

 「!!」


 いくら“ソッチ”方面のコトに疎いとは言え、わたしもこれまでの流れで薄々察してはいました。

 けれど、こんな風に真正面から真っ直ぐに、気になっている──いえ、認めましょう──“好き”になった男性とのがたから好意を告白されるというのは、女の子として、とても温かで嬉しい気持ちになるものなのですね。


 その告白に応えるべく、自分も「先輩、わたしも大好きです」──そう言いかけたトコロで、なぜか心の奥から強い制止ストップがかかりました。


 「なぜか」──いえ、気が付かないフリをするのはいけませんね。

 このまま素直に、わたしが告白してはイケナイ理由。


 それは──“わたし”が「本物の朝日奈恭子ではない」から。

 晴海ねえさんの“術”で、「一時的に高校一年生の女の子を演じてなりきって?いるだけの、本当は中学一年生の少年」だから。


 (あぁ……「嘘をついたらいけない」って、こういうことなんだ)


 本人たちから見たら、他愛ない悪戯おふざけみたいな害のないはずのフェイク

 でも、その“いつわり”は今、わたしを鉄の鎖のように縛りつけ、訪れかけた幸福へと手を伸ばすことを許してくれません。


 「先輩……わたし、わたしだって……でも」


 それ以上言葉が続けられず、わたしは涙を堪えながら目を伏せることしかできませんでした。


 「え!? あ、いや、えーと……」


 ほんの一瞬戸惑ったものの、さすがは先輩です。


 「──何か、自分の気持ちを素直に言えない“事情”がある、ってことかい?」


 たったあれだけのわたしの言葉から、とっさに“何かある”と読み取って、優しくそう訊いてくださいました。


 「────はい」

 「うん、で、その“事情”とやらは、少なくとも今すぐには言えない、もしくは言いたくない、ってトコか」

 「すみません」


 ますます申し訳なくなって、わたしの俯き加減がより深くなります。


 「いいよいいよ、恭子さんの“本心”自体は、さっきの反応で大体察せたし──でも、このままだと、ぼくの告白に応えてくれることはできないんだよね?」


 怒るでも呆れるでもなく、ただただ優しい先輩の声色に、切なさが募ります。


 (このまま告白受け入れちゃえば……あるいはいっそ、本当の事情ことを話すって選択も……)


 そんな気持ちも心の中に浮かんできましたが、前者は先輩に対して不誠実ですし、後者を敢行する勇気は、今のわたしにはありません。


 「わかった。うん、この話はいったんおしまい。保留にしよう。

 ただし! ぼくの気持ちは変わってないから。その“事情”とやらが解決したら、YESにせよNOにせよ、何らかの形で答えを出してほしい──それくらいはいいよね?」

 「は、はい、必ず!」


 先輩の優しさに甘えているだけだとはわかっているのですが、わたしはソレにすがらせてもらうことにしました。


 (せめてあとで、事情のわかる晴海さんたちに相談してみましょう)


 朝日奈恭子わたしの親友で、鶴橋香吾ぼくの姉なのですから、相談にのってもらうくらいはバチは当たらないでしょう。

 正直、恋人いない歴=年齢の(本来は13歳の)お子ちゃまが一人で考えてたって、どうこうできる自信はまったくありませんから。


 「で、まぁ、ぼくらの“関係”は、当面これまで通りの先輩後輩を貫くとすると──最初の部屋の問題に戻るんだな、コレが」

 「……あ!!」


 いえ、恋人同士なら同室でもよいか、と言われると微妙なのですが、それでも「ただの先輩後輩」よりは妥当マシでしょう。


 結局、「二段ベッドの上をわたしが使うこと」、「わたしの着替え中は先輩は扉の外で待つこと」、「逆に先輩が着替えてる時は、わたしはベッドでうつ伏せになって何も見ないこと」、「その他、エッチなことは禁止」

 ……などなどの取り決めをして、今日は寝ることにしたのでした。

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