第19話

 「──昨夜はお楽しみ……ではない?」

 「当たり前でしょう!!」


 翌朝早く。洗面所に向かうために部屋から出たとき、タイミングよく(悪く?)隣室の前に立っていた雪さんが、某有名RPGのような台詞を言いかけて疑問形に変えたので、思わずツッ込んでしまいました。


 「ふわぁ~、なになに、どうしたの……って、恭子か。もぅ、せっかく昨日はコップを押し当てて聞き耳たててたのに、ナニもシないなんて。まったく、国枝先輩もとんだヘタレね!」

 「そんなコトしてたんですか!? というか、逸樹さんはヘタレじゃありません、紳士なんです!」


 欠伸を噛み殺しながら隣室のドアを開けて出てきた晴海さんの、問題ありまくりな発言に、すかさず抗議します。


 「ほぅ、一夜明けたら名前呼びですか。これはこれは」

 「待って、晴海。ソコは今つっこまない方が美味しい」


 こ、この人たちは──ホントに“相談”を持ちかけてもよいものでしょうか。

 とは言え、常識的にはあり得ない今の状況を理解しているのは、自分わたし以外には、おふたりしかいないのですから、選択肢はほかにありません。


 広めの洗面所で3人並んで“女の子の朝の身支度”を整えつつ、相談事があると告げると、ふたりとも即座に了解してくれました。


 「なになに? “やり方”がわからないって? まぁ、恭子はオボコだからねぇ~♪」

 「──かく言う晴海も処女。無論、私だって新品おニュー。でも心配無用。書籍で“事前予習”はしてあるから、まーかせて(中指を立てるポーズ)」


 ち・が・い・ま・す!


 「とにかく! 今日の晩ごはんのあと、寝る前にこの旅館の談話室に来てください。お願いします!!」


 普段弱気で声の小さいわたしが、それでも精一杯の迫力を込めてそう言い切ったことで、どうやら真剣マジ相談はなしだと理解してくださったのか、晴海さんたちは、真顔に戻って了解してくださいました。


 * * * 


 朝食の席でも、そのあと制服ユニフォームに着替えての“お仕事”の時間でも、わたしたち──わたしと逸樹さ…国枝先輩は、極力、昨日までと同じ距離感と態度を保ちました。

 いえ、そのつもりだったのですが……。


 「ねぇ、恭子ちゃん、国枝くんとのあいだに何かあったの?」


 ランチを兼ねた昼休憩の時間に、従業員リーダーの瑠美さんに、そんな風に心配されるほど、どうやらわたしたちは挙動不審になっていたようです。


 「うぅっ……そ、そんなにわかりやすかったですか?」

 「昨日初めて顔を合わせたばかりのアタシにもわかるくらいには、まぁ」

 「はぅ~」


 矢城店長の娘さんでもある瑠美さんは、両親同様に、マッシヴな体格とよく陽に灼けた肌を持つワイルドな美人さんで、19歳になったばかりの専門学校生。

 気さくで面倒見がよい方で、この海の家についても小さい頃から手伝ってきたのだとか。

 現在は主に厨房で調理を担当されています。なんでも、お母さん(店長さんの奥さん)に言われて、明るくノリがよいけど、大雑把な店長さんがポカしないよう見張っているのだそうです。


 「たとえば“今”みたいなケース──従業員間の人間関係とかね」


 パパはよくも悪くもそういうのに鈍感だから──と苦笑される瑠美さん。


 「いえ、お仕事に支障をきたすような真似は……」

 「ウチのバイト仲間同士が気まずい関係になるのは嫌なの」


 「ほれほれ、おねーさんに話してみそ」と突かれるのに根負けして、わたしは、自分の立場関係の真実ことはぼやかしつつ、先輩の告白に関する流れを、つい話してしまいました。


 「えーと、つまり、昨晩国枝くんに告白されたけど、恭子ちゃんはどうしても彼に言えない秘密があって、誠実フェアとは言えないから断っ……てはいないけど、保留にしてもらった、ってこと?」

 「前後関係を思い切りざっくり省くと、ええ、はい」


 しばし宙に視線を彷徨わせていた瑠美さんは、(欧米人の方がよくやる)「やれやれだぜ」と言わんばかりの大げさな仕草で肩をすくめました。


 「別に恋愛マスター気取るわけじゃないけどね、一応、小中高とそれぞれ別の人を好きになって、高校時代からは恋人がいるおねーさんに言わせると──「そんなの気にせず、YOU、つきあっちゃいなヨ!」かな」

 「え!? で、でも……」


 あまりに軽いノリに抗議しようとしたわたしを、「まぁ、待ってまって」となだめる瑠美さん。


 「あえて言わせてもらうけど、“”のよ。

それは親子だろうが夫婦だろうが恋人だろうが同じ。

 逆に言えば、そういう秘密を抱えたうえで、キチンとした繋がりを保てるというのが、良好な人間関係──クサい言い方をすれば“絆”ってヤツだと思うわ」


 「アタシ自身の個人的な考えだけどね」とニッと笑う瑠美さんの言葉に、今度は少し考えさせられました。


 絆と呼べるほどのものかはともかく、先輩とのあいだに確かに“心の繋がり”はある──と思います。

 そして、夫婦や恋人間であっても、秘密や隠し事はあるもの──それも事実でしょう。

 でも……。


 (はたしてわたしの抱えた秘密、それを秘密のままにしても……よいのでしょうか?)


 結局、争点はソコに尽きます。

 コレについては、事情を知る晴海さんたちと話し合ってみれば、もう少しハッキリするかもしれません。


 「──ありがとうございすます、瑠美さん。おかげでちょっとだけ心が軽くなりました」

 「うんうん、若い子の役に立てたのなら、おねーさんもお節介焼いた甲斐があるわ♪」


 そのあとは、昼休憩時間も残り少なくなったので、急いで賄いのお昼(ナポリタン風ケチャップ焼きそば)を食べ、お手洗いで口の周りを入念に綺麗にしてから、わたしは午後から再びウェイトレス業務に戻ったのでした。

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