第16話

 寅洲ヶ浜は、わたしたちが住む河崎市の郊外にある最寄りの海水浴場で、全国的にはさほど有名ではありませんが、夏になればそれなりに海水浴客その他でにぎわう土地です。


 雪さん経由でわたしたちに来たバイトヘルプの依頼は、そこで営業する海の家“狩掘煮屋”の従業員なのですが……。


 「ほ、ホントにこんな格好で、お客さんの前に出ないといけないんですか?」


 我々4人──私、晴海さん、雪さん、国枝先輩のうち、先輩は「店の外の屋台でやきそばやトウモロコシを焼く係」、晴海さんは「店内の台所での下拵えや調理を行う係」に任命されました。


 残るふたり──雪さんとわたしは「店内外に注文された品を運ぶウェイトレス役」です。


 それは、まぁ、晴海さんは器用万能ばんのうせんしゅで、お料理だってそれなりにこなせますし、炎天下の屋台での調理は「女の子にさせられないよ」と先輩が買って出てくださったのですけど


 「いくら海だからって、こ、こんな格好……恥ずかし過ぎます~!」


 夏場の海という状況ことで、おおよそ予想もできるのではないでしょうか。

 ──はい、水着&前掛エプロンが、わたしたちウェイトレスの制服なんです。

 一応、テンガロンハット型の麦藁帽子と、申し訳程度に腕を隠す(隠れるとは言っていない)青いメッシュのアームカバーとかもありますけど……。


 その水着も、此処に来る前に、自分の欠点ひんぬーを極力カバーしてくれるよう厳選した私物のワンピース水着ではなく、布面積のかなり少ないビキニ(with星条旗柄プリント)で、エプロンして前からみたら、まるっきり裸エプロンのように見えるのではないでしょうか。


 「はぅ~、せめてこの上にパーカーとか」

 「否! ビキニ+エプロンは萌え衣裳コス正義せいかいのひとつ。水着&パーカーも需要はあるが、やはり爆発力において一歩劣ると言わざるを得ない」


 ウェイトレスに爆発力は必要なんですか──というか何でそんなにノリノリなんですか、雪さん!?

 このの萌えイベントは、晴海さんの独壇場だと思っていたのに、思わぬ伏兵です。


 「あら、意外と雪はフェチ度高いわよ? むしろ、あたしと気が合う時点で、そんなの自明のことでしょう?」


 厨房から、注文されたホットドッグを4つ持って来た晴海さんが、したり顔で肩をすくめます。


 (言われてみれば、確かに“わたし”が春にこのおふたりに勧誘された時も、そんな感じでしたっけ)


 今の高校に入学した初日、朝日奈恭子わたしは「チア衣装が似合いそうだから」というだけの理由で、クラスメイトになったばかりの晴海さんたちに、一緒に応援部に入ろうと強制連行さそわれたんでした。


 (入って見たら、応援部も“応援団”とは全然違いましたし、それなりに楽しいから良かったんですけど──って、アレ? なんでわたし、そんなこと知って……)


 「恭子さん、外のお客さんから、オレンジとスイカのスムージーをふたつずつ注文!」


 何か思い出しそうになったトコロで、屋台にいる先輩からオーダーが飛んできました。


 「あっ、はい──晴海さーん、注文です!」


 いけないいけない。お仕事中に余計な考え事するのはダメですよね。

 初日でまだまだ不慣れなんですし、集中しないと。


  * * *


 お盆の直前の時期ともあって、寅洲ヶ浜への人出はこの夏のピークを迎える勢いだそうで、それに比例して海の家のバイトは目が回る忙しさでした。


 ただ、あくまで“海の家”なので、営業時間は9~18時。アルバイトは、その終了1時間前の17時にはアガってよいそうで、“喜多楼”の時よりも、だいぶ時間的には余裕があります。


 「ハッハッハッ、急な話で申し訳なかったが、さすがは新海さん推薦の人材、見事に即戦力になってくれて助かったよ!」


 特に今日は、バイト初日の歓迎会代わりということで、“狩掘煮屋”の店長である矢城さんが、わたしたち4人を連れて、わざわざ近くのレストランで夕食を奢ってくださいました。


 この矢城店長さん、彫りの深い顔立ちと190センチ近い長身、ボディビルダーもかくやという筋肉質な身体つきを持ち、「HAHAHA!」と英文字の擬音オノマトペがついてそうな陽気な笑い方をする、アラフォー男性です。

 パッと見、「マンガで見る陽気なアメリカン」を体現したような方なんですが──実は生粋の日本人なんだとか。


 「高校と大学時代の2回、アメリカに留学した経験はあるけどね!」

 「──なるほど、そこでメリケンかぶれに。わかりみが深い」


 いくら遠縁の親戚の方とは言え、初対面からブッ飛ばし過ぎじゃないですか、雪さん!?


 「いやいや、気にしてないよ。むしろ、胸を張って堂々言おう。そうとも、ワタシはアメリカンカルチャーが大好きさ、むしろかぶれていると言っても過言じゃない!」


 は、はぁ。ここで「どうして米国アッチに移住しなかったんですか?」とか聞いたらダメですよね、やっぱり。


 「あら、それならなんで、日本に留まってんです? 向こうで就職しようとは思わなかったの……ですか?」


 ためらったわたしを尻目に、あっさりその疑問を口にしちゃう晴海さん(しかもタメ口になりかけ)は、さすがですね。


 「確かに、その選択肢もあったろう。でも、ワタシとしては、自分の好きになったものの良さを、地元の人にもわかって欲しい──と考えたのさ!」


 なるほど。その結果が、“狩掘煮屋”のちょっと変わったメニューの数々ですか。


 「アメリカンドッグにホットドッグ、ケイジャンチキン、焼きそばもケチャップの利いた特製ですし、かき氷じゃなくスムージー、ってのも、日本の海の家としては、ちょっと異端な感じですもんね」

 「さすがに、そういうのだけだと厳しいんで、焼きもろこしや麦茶なんかも売ってるけどね!」


 先輩に“異端”と評されても気にしないあたり、店長さんは本気で“メリケンかぶれ”を自認されているのでしょう。

 もっとも、昼間のお店の売れ行きは大変好調だったようなので、お給料の遅配とかは心配しなくてもよさそうです。


 「あの……もしかして、あの、ウェイトレスの制服ユニフォームも……」

 「イェース、オフコース、ワタシの趣味さ!」


 殴りたい、この笑顔──ですが、「アメリカの夏の海と言えばビキニだるぉ~?」と言われたら、確かに否定はできないかもしれません。


 そんなこんなで、ちょっと変わってはいるものの、気さくで人の良さそうな店長さんとの会食も終わり、いざ今日の──というかこれから10日間、お世話になる宿泊場所やどへと辿り着いたのですが。


 「え、ふたり部屋がふたつ……? どうしてそんなコトに!?」

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