第16話
寅洲ヶ浜は、わたしたちが住む河崎市の郊外にある最寄りの海水浴場で、全国的にはさほど有名ではありませんが、夏になればそれなりに海水浴客その他でにぎわう土地です。
雪さん経由でわたしたちに来たバイトヘルプの依頼は、そこで営業する海の家“狩掘煮屋”の従業員なのですが……。
「ほ、ホントにこんな格好で、お客さんの前に出ないといけないんですか?」
我々4人──私、晴海さん、雪さん、国枝先輩のうち、先輩は「店の外の屋台でやきそばやトウモロコシを焼く係」、晴海さんは「店内の台所での下拵えや調理を行う係」に任命されました。
残るふたり──雪さんとわたしは「店内外に注文された品を運ぶウェイトレス役」です。
それは、まぁ、晴海さんは
「いくら海だからって、こ、こんな格好……恥ずかし過ぎます~!」
夏場の海という
──はい、水着&
一応、テンガロンハット型の麦藁帽子と、申し訳程度に腕を隠す(隠れるとは言っていない)青いメッシュのアームカバーとかもありますけど……。
その水着も、此処に来る前に、自分の
「はぅ~、せめてこの上にパーカーとか」
「否! ビキニ+エプロンは萌え
ウェイトレスに爆発力は必要なんですか──というか何でそんなにノリノリなんですか、雪さん!?
この
「あら、意外と雪はフェチ度高いわよ? むしろ、あたしと気が合う時点で、そんなの自明の
厨房から、注文されたホットドッグを4つ持って来た晴海さんが、したり顔で肩をすくめます。
(言われてみれば、確かに“わたし”が春にこのおふたりに勧誘された時も、そんな感じでしたっけ)
今の高校に入学した初日、
(入って見たら、応援部も“応援団”とは全然違いましたし、それなりに楽しいから良かったんですけど──って、アレ? なんで
「恭子さん、外のお客さんから、オレンジとスイカのスムージーをふたつずつ注文!」
何か思い出しそうになったトコロで、屋台にいる先輩からオーダーが飛んできました。
「あっ、はい──晴海さーん、注文です!」
いけないいけない。お仕事中に余計な考え事するのはダメですよね。
初日でまだまだ不慣れなんですし、集中しないと。
* * *
お盆の直前の時期ともあって、寅洲ヶ浜への人出はこの夏のピークを迎える勢いだそうで、それに比例して海の家のバイトは目が回る忙しさでした。
ただ、あくまで“海の家”なので、営業時間は9~18時。アルバイトは、その終了1時間前の17時にはアガってよいそうで、“喜多楼”の時よりも、だいぶ時間的には余裕があります。
「ハッハッハッ、急な話で申し訳なかったが、さすがは新海さん推薦の人材、見事に即戦力になってくれて助かったよ!」
特に今日は、バイト初日の歓迎会代わりということで、“狩掘煮屋”の店長である矢城さんが、わたしたち4人を連れて、わざわざ近くのレストランで夕食を奢ってくださいました。
この矢城店長さん、彫りの深い顔立ちと190センチ近い長身、ボディビルダーもかくやという筋肉質な身体つきを持ち、「HAHAHA!」と英文字の
パッと見、「マンガで見る陽気なアメリカン」を体現したような方なんですが──実は生粋の日本人なんだとか。
「高校と大学時代の2回、アメリカに留学した経験はあるけどね!」
「──なるほど、そこでメリケンかぶれに。わかりみが深い」
いくら遠縁の親戚の方とは言え、初対面からブッ飛ばし過ぎじゃないですか、雪さん!?
「いやいや、気にしてないよ。むしろ、胸を張って堂々言おう。そうとも、ワタシはアメリカンカルチャーが大好きさ、むしろかぶれていると言っても過言じゃない!」
は、はぁ。ここで「どうして
「あら、それならなんで、日本に留まってんです? 向こうで就職しようとは思わなかったの……ですか?」
ためらったわたしを尻目に、あっさりその疑問を口にしちゃう晴海さん(しかもタメ口になりかけ)は、さすがですね。
「確かに、その選択肢もあったろう。でも、ワタシとしては、自分の好きになったものの良さを、地元の人にもわかって欲しい──と考えたのさ!」
なるほど。その結果が、“狩掘煮屋”のちょっと変わったメニューの数々ですか。
「アメリカンドッグにホットドッグ、ケイジャンチキン、焼きそばもケチャップの利いた特製ですし、かき氷じゃなくスムージー、ってのも、日本の海の家としては、ちょっと異端な感じですもんね」
「さすがに、そういうのだけだと厳しいんで、焼きもろこしや麦茶なんかも売ってるけどね!」
先輩に“異端”と評されても気にしないあたり、店長さんは本気で“メリケンかぶれ”を自認されているのでしょう。
もっとも、昼間のお店の売れ行きは大変好調だったようなので、お給料の遅配とかは心配しなくてもよさそうです。
「あの……もしかして、あの、ウェイトレスの
「イェース、オフコース、ワタシの趣味さ!」
殴りたい、この笑顔──ですが、「アメリカの夏の海と言えばビキニだるぉ~?」と言われたら、確かに否定はできないかもしれません。
そんなこんなで、ちょっと変わってはいるものの、気さくで人の良さそうな店長さんとの会食も終わり、いざ今日の──というかこれから10日間、お世話になる
「え、ふたり部屋がふたつ……? どうしてそんなコトに!?」
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