第4話 ボールの扱い方
キャッチボールをしようと言いながら立ち上がった部長は、そのままコートの中に走っていった。そのまま帰ってくると、その手にはボールを持っていた。
「さて、まずは……これがハンドボールだ。 男子高校生が使うのは3号球と呼ばれる大きいボールなんだ。ほら、まずは持ってみるといい」
そう言って差し出されたボールを受け取る。
思ったより大きい。片手でこれを持てるのか……。
試しに右手で持ち上げてみたら、全然持てなかった。
「おっと、やっぱり持てないよな。ちょっと待っててくれ」
そう言ってコートの外に走っていった部長を見ていると、手に何かを持って帰ってくる。
「気がつかなくて申し訳ない。ハンドボールをやる人は手にこのテーピングと両面テープを巻くんだ。外では松ヤニをつけるんだが……まぁ、それは外でやるときに話そうか。巻き方は簡単に白いテーピングを指に巻いて、その上に両面テープを貼るんだ。よっと……」
部長はそう言いながら俺にテーピングの巻き方を教えてくれる。
「……これでよし、っと。さぁ、それならボールを持てると思うぞ」
そう言う部長を目に、自分の手を見つめる。
(これがテーピング……。なんだろう、すごくきつい気がする)
そんなふうに考えながら、床に置いたボールを持ってみる。
両面テープがあったからか、簡単に持ち上がった。
「さっきより持ちやすいだろう? これがあることで滑り止めになるんだ。次は、ボールキャッチの仕方を教えようか」
そう言いながら部長は、自分の胸の前に手を伸ばした。
「両手を広げて、両の手の人差し指と親指で三角形を作るんだ。キャッチをする時は、三角形の正面で受けつつ包み込むようにキャッチをするのがやり方だ。試しにボールを投げてみてくれ」
そんなふうに正面で指を合わせる部長。投げてみてと言われれば、下投げでなるべく手の位置を外さないようにボールを投げる。
部長はそのボールを自然に包み込むようにキャッチをした。綺麗な所作であった。
「こんなふうに。……よし、伊藤くんもやってみよう。さっきのように手をやってみてくれ。」
そう言われて、先程部長がやったように手を胸の前に出してみる。その手の中心に部長がボールを投げてくれた。急なことに驚くが、飛んできたボールの勢いと共に包み込むように自然と手が閉じる。
「お、上手いじゃないか。よし、次はボールを片手で投げてみよう。野球やドッジボールみたいに投げてみるだけでいいぞ。」
なるべくわかりやすく教えてくれる部長。ハンドボールを投げること自体は中学の体力テストで投げたことがあるので経験はあるが、3号球と言われる大きなボールを投げたことはなかった。
(ま、なんとかなるだろう……)
とりあえず体力テストの要領で投げてみる。
思ったより重く、部長の構えた手より外れたところにボールは飛んでしまった。
「おっと……」
結構外れたところに飛んだのに、部長はすつとボールの正面に体を滑り込ませてキャッチした。
すげぇ、あんなに早く体を動かせるのか……。
「まぁ、狙ったとこに投げるのは難しいから。とりあえずちゃんと届いてるから十分だな。ほらっ……」
そこから何回か、キャッチボールを繰り返す。
初めのうちは何度かうまくキャッチできず落としてしまったが、後半は我ながら上手くキャッチできたんじゃないかと思う。落とすこともなかった。
「流石、運動神経は良いみたいだね。キャッチと投げるのが様になってきてる」
部長が褒めてくれるのも嬉しく、つい気合を入れてキャッチボールを繰り返した。
「よし、だいぶ時間もいい時間だし、あとはシュートを見ようか」
ふと時計を見ると、体験入部終了まであと15分ほどだった。
早い、もっとやってみたかったと思うほど楽しかった。
「今からシュート練習をするみたいだから、それをみながら教えよう。ちょっと待っててくれ」
そういうと、コートの方へ走っていき、先程指示を出していた瀬川先輩のところに行って何かを話している。
そして戻ってくると、コートの方ではシュート練習に入るのか、みんな整列していた。
「今、他のメンバーにシュートを一通りやってもらうように伝えてきた。まずは、紹介の時にやっていた、『ジャンプシュート』だ。その名の通り、ジャンプしながらシュートを打つんだ」
部長の言葉を聞き、コートに視線を向けると部員たちがジャンプしてからボールをゴールに叩きつけていく。全員が全員、綺麗なフォームだった。
「このジャンプシュートが基礎のシュートとなる。まずはこれができるようになるのが課題かな。」
横から部長が補足してくれるが、俺はコートで行われるシュートに釘付けだった。
「さて、次はジャンプせずに打つ『ステップシュート』だね。ジャンプがない分、相手のテンポをずらして早く打つことができる」
部長の言葉とほぼ同時に、コートではステップシュートでシュートが打たれはじめた。
--速い。みんなが投げるボールのスピードがとても速かった。
「そして、次は少し特殊なんだが、『スピンシュート』と呼ばれるシュートだ。ボールに強いスピンをかけて地面に落とすことで、飛ぶ方向を変えられるシュートのことをスピンシュートと言うんだ」
そんなシュートがあるのか!?と部長の言葉に驚いたが、コートに視線を戻すと、視線の先で行われていることに衝撃を受けた。
視線の先では、人の手から離れたボールは明らかにゴールから外れる方向に放たれていたが、地面に触れた瞬間ゴールの方へと向きが変わって飛んでいく。
(あんなボールが打てるのか!? なんだあれ!?)
正直信じ難いことであったが、目の前で次々と打たれるスピンシュートに目線を奪われる。
「正直、信じられないだろう? ただ、ハンドボールをやる人は手首が強い分、スピンを激しくかけることであんなシュートが打てるんだ」
部長の言葉が耳に入るが、正直そんなことを気にする余裕はなくずっとシュートを見つめていた。
ふと、チャイムがなった。これで体験入部初日は終わりとなる。
「よし、今日はこれで終わりかな。もし伊藤くんが本当にハンド部に入ってくれるなら、明日も来てくれると嬉しいな。あと、余裕があったらでいいんだけど、ハンドボールのルールを覚えて来てくれたら明日はもっとボールで遊ぼうか」
丹野部長がそんなふうに言ってくれる。
俺はあいさつと感謝を伝えると、なるべく部活の邪魔にならないように体育館を後にした。
「はぁ……すごかった……」
とても密度が濃い体験だった。
キャッチボールも全く経験がないキャッチの仕方ですごく楽しかった。
「何より、シュートって……すげぇ……」
それよりも脳裏に焼き付いているのはスピンシュートだった。
紹介で見たスカイプレーもそうだったが、自分の想像を余裕で超えてくるシュートは、とても魅力的で衝撃的だった。
「……俺も打てるようになるのかな、スピンシュート……」
思わず口から漏れた声に我ながら笑ってしまう。
もう既に俺はハンドボールの虜になっているのだろう。
明日、もっと色々教えてもらいたい気持ちでいっぱいだった。
「よし、帰ったらルール勉強しよう!」
部長に言われた言葉を思い出し、今日の夜はルールを勉強しようという決意と共に帰路につき、俺の怒涛の体験入部初日は終わりを告げた。
-第4話 完
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