第6話 親の意見と俺の意思

 リビングへと降りていくと、すでに食卓の上には料理が並んでおり、俺を待っている両親の姿があった。

 母はキッチンで片付けをしており、父はソファでニュースを見ていた。

 2人とも、俺の姿を見ると母は片付けを止め、炊飯器から全員分のご飯をよそりだした。父もテレビを消してソファから立ち上がり食卓へと着く。


「和馬、遅いぞ。声がかかったんならすぐに降りてこい」

「す、すみません。父さん」


 食卓について早々、俺の目を見ながらそういう父--伊藤裕也--に謝りつつ、俺も急いで椅子に座った。


「まぁまぁ、あなた。そんなに怒らなくてもいいじゃない」

「いや、これは決まり事だ。そんなふうにルールを破られては困る」


 ご飯をよそったお椀を食卓に運びながら、父を宥める母に対して、断固として考えを変えない父。


……やっぱり、部活変えることを口にするのはやめようかな……。


 正直、俺にとって父は怖い存在でもあった。

別に声を荒げて怒ることはないが、基本的に自分の意見を曲げたことを見たことはない。

 今回部活を変えることだって、もしかしたら怒られるかもしれない。そう考えると、口にするのも怖くなってしまった。


「……とりあえず、ご飯食べちゃいましょう?」

「そうだな、せっかくのご飯が冷めてしまうし、食べよう」


 思わず何も言えず無言になった俺に対して、空気を変えようと母がそう口にする。それに対して賛同する父。俺も頷くと、全員で手を合わせた。


「「「いただきます」」」


 口を揃えて言うと、まずはご飯を楽しもうと食事に没頭していった。





「ふぅ……美味しかった……」


 食事の間は特に会話はなく、父と母の会話を聞きながら食べていき、食べ終わった今母は後片付けをしはじめ、父と2人向かい合って椅子に座っていた。


……さて、どう切り出すか……


 いきなり「俺、ハンドボールやるわ!」と言い出すのもおかしな話だろう。何より、そんな切り出し方で父が許してくれるとも思えない。

 どうやって話題を持っていこうか思案していると、ふと父の方から声をかけてくる。


「和馬、学校には慣れたか?」

「う、うん。ちょっとずつかな」

「そうか……。スポーツが盛んな高校だし、クラスメイトも運動部の子が多いんだろうな」


  --県立湊高校けんりつみなとこうこう--

 それが俺が進学した高校である。公立でありながら、スポーツに力を入れていて、部活によっては全国大会に出る部活もあるほどだ。

 俺もさっき調べてて知ったが、ハンドボール部も県で上位に登るほど強いらしい。


「……どうだ?今日体験入部だったんだろう?陸上は部員が多かったか?」

「……」


 きた。やはり父は陸上をやるものだと思い込んでいる。ハンドボールをやると伝えるにはここしかない。

 ただ問題は、どういうふうにそれを伝えるかどうかだ。

 どう伝えようかと考えている間に、母が台所からお茶を人数分持って戻ってきた。


「……父さん、母さん。聞いて欲しいことがあるんだ」

「あらあら、どうしたの?」


 お茶を配り終えた母が椅子に座りながらそう聞いてくる。父は無言で次の言葉を促すようにしていた。

 ……怒られるかもしれない。でも、それよりもハンドボールをしたい気持ちが強く、止まることはできなかった。


「俺、陸上やめてハンドボール部に入りたい」


 思わず怒鳴られるかと思い口にした後下を向く。だが、怒る声は聞こえてこなかった。

 恐る恐る視線を上げると、困り顔の母と、目を瞑って何かを考える父の姿が目に入る。


「……和馬。どうして、陸上をやめるんだ?」


 ゆっくりと、だが確かに重い空気を纏いながら父が問いかけてくる。

 正直、若干気圧されるが、ここで負けるわけにはいかないと、本心を口にした。


「俺、チームスポーツをやってみたかったんだ。中学まで陸上を頑張ってみて、正直辛かった。なんとかタイムを縮めようと頑張ってみたけど、それでもダメだった。このまま無理して陸上を続けたら、スポーツ自体が嫌いになる。だから、ハンドボールをやってみたいんだ。父さん、母さん、今まで口にしなくてごめん」


 口にしながら、父の反応を伺っていたが、父はずっとこちらに目線を向けながら無表情のままだった。


「……お前、俺がなんであの高校に進学させたか、分からなかったのか?」

「……いえ、わかっていました」


 ……わかっていた。湊高校は陸上部がめちゃくちゃ強い。全国大会常連であり、全国で優勝する競技があるほどでもあった。父は、それをみて陸上をさせるために進学させたのだろう。


「それでもなお、陸上はやらず、ハンドボールなどという訳のわからんスポーツをする気なのか?」

「……はい。ハンドボールをやりたいです」


 思わず父の問いかけに途中から敬語になってしまう。ハンドボールを訳のわからんスポーツと言われたことに若干腹が立ったが、そこに喰い付いたところで余計に話が拗れるだけであった。

 なお、母は余計な口を出さず、このやりとりをじっと聞いている。


「……正直、俺は反対だ。今までやっていた陸上を捨ててまでやる価値はないと思っている」


 ……やっぱりか。簡単に許してくれるものでもないだろう。でも、決意を決めた俺は言葉を返していく。


「父さんが教えてくれた陸上も好きだったよ。でも、それでも俺は他のスポーツをやってみたいんだ。今日クラブ紹介で見たハンドボールはすごくカッコよかった。こんなスポーツがあるんだ、って驚いた。俺も、あんなスポーツをやってみたいんだ!」


 思わず熱が入ってしまい言葉が大きくなる。それを父は聞き届けると、目を瞑って何かを考えているようだった。


「……とりあえず、今日は疲れただろう。部屋に戻りなさい」

「……はい……」


 俺の言葉に返答することはなく、部屋に戻れと言い出す父。

 仕方ないであろう。今日ここで結論づくとは思ってもいなかった。父と母に挨拶すると、俺はゆっくりと階段を登り自室へと戻っていった。




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「……はぁ……」


 リビングを後にする息子を見届けると、俺--裕也--はため息と共に机の上のお茶を口にした。


 正直、陸上を辞めたいと言い出した息子のことを理解できなかった。


「あなた、かずくんだって色々考えた末に言ってるのよ?」

「わかってる。それでも、陸上を辞める意味がわからない」


 俺は学生時代ずっと陸上を続けていた。息子にもそうなって欲しくて幼少期から陸上に触れさせていた。なのになんで今更、辞めると言い出したのか。

 ……中学の大会でタイム差に絶望したのは聞いていた。だが、中学ごときの差など高校で余裕で挽回できるものだ。息子にも何度もそう伝えていたはずなのに。


「……ねぇあなた?気づいてる?」

「……何がだ?」

「かずくん、自分の意見をあなたに伝えるの、今回が初めてよ? 今までずっと我慢してたことだってあるのかもしれない。 今回くらい、自分のやりたいことをやらせてもいいんじゃない?」


 ……言われてみれば確かにそうだ。今までは言われたことに対して否定することはなかった。つまり、今回は本気なのかもしれない。


「……正直、あいつの言ってることは理解できない」

「あなた、でも……」

「理解はできないが、意見をぶつけてくれたんだ。少しくらい、理解しようとしてやらないとな」


 そう言いながら、再びお茶を口に含む。

 どういう結果になろうと、まずは息子を信じてみよう。

 そう決意して、俺は考えることをやめた。

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 自室に戻った俺は、なんだか勉強する気も起きずベッドに飛び込んだ。


「……父さん、やっぱり怒るよな……」


 分かってはいたことであった。ただ、ハンドボールを、訳のわからないスポーツと言われたことだけは、気に食わなかった。


「……どうにか、父さんを見返してやる…」


 俺はそう決意をすると、今日はもう休もうと布団の中へと潜っていった。


-第6話 完

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