第9話 『ステップシュート』と『ジャンプシュート』

 シュート練習に入り、俺は輪に混ざりはしたがどうすればいいのかわからず突っ立っていた。

 ふと、再び部長が声をかけてくれる。


「伊藤君。今からシュートを教えるから、君は反対側のコートに行こう。キーパーは…櫻井! こっちに来い!」

「……はい」


 部長が名前を呼ぶと、少し気だるそうに1人の部員が近づいてくる。


「あいつは2年の櫻井だ。伊藤君のシュート練習のキーパーをやってもらおうと思う。 櫻井、いいよな?」

「はぁ……いいですけど、なんで俺が初心者の相手を……」

「まぁそういうな。かわいい後輩のためだと思ってやってくれ」

「部長がそういうなら……」


 なんだかあまり気乗りしていないようだった。一応自分からも挨拶をしておく。


「えっと、櫻井先輩。伊藤和馬です。よろしくお願いします」

「あー、うん、最初の自己紹介で聞いてたから大丈夫。俺、本気で止めちゃうけど機嫌損ねたらごめんね?」


 本気でやってくれるなんて俺にとっては好都合だった。

 そう言ってゴールへと向かっていく先輩。ふと横の部長が話し出す。


「櫻井は2年の正キーパーだ。練習とはいえ、あいつからゴールを奪える1年生はいないからな」


 そんな人が相手してくれるのか。なんだか恐れ多く緊張してきた。


「ま、とりあえずは一通りシュートを覚えようか」

「はい!お願いします!」

「まずは、『ステップシュート』を教えよう」


 ステップシュート……。昨日見せてもらったシュートだと思い出す。確かジャンプせずに打つシュートだっただろうか。


「言葉で説明するのも難しいが…。実演しながら見せよう。伊藤君は右利きだよな?」

「は、はい。右利きです」

「となると、ステップは左足で軽くホップする。そして右、左の順に前に足を出して、左足に全体重をかけながら右手を振り下ろすんだ。こんなふうにね…左、右、左っ!」


 部長が掛け声と共にシュートを見せてくれる。投げたボールは凄いスピードと共にゴールへと向かい、櫻井先輩が止めるために伸ばした手に触れることなくゴールネットを揺らす。


「やっぱ丹野部長すげぇ……」


 ボソッと櫻井先輩の声が聞こえた。俺は今のシュートに見惚れており声すら上げられなかった。


「こんな感じだ。とりあえず、伊藤君もやってみようか」

「わ、わかりました!」


 パッと見ただけではなかなか難しい。とりあえず部長の真似をしようと思い、ゴールに向けて軽く走り出す。


「左、右、ひだ……あれ?」


 掛け声と同時にやってみたが、なぜか部長が言ったように左足に全体重を乗せることができず、なぜか右足が前に出てきた。


「少し焦りすぎだな。もっと1つ1つ丁寧にやってみるといい」


 部長が声をかけてくれる。俺はもう一度距離を取ると、再び意識して足を動かしてみる。


  (左、右、左っ……)


 声には出さず頭の中で反芻しながら足を動かすと、先ほどよりもぎこちなさは消えたがバタバタとする形になってしまった。


「ふむ、とりあえず、シュートまでやってみよう。6メーターラインは気にしなくてもいいぞ。6メーターラインはわかるな?」

「はい、昨日調べました。シューターが入ってはいけないエリアのことですよね?」

「ああ、ちゃんと覚えてるのは凄いな」


 当たり前である。昨日しっかりと頭の中に叩き込んだので、忘れるわけもなかった。


 もう一度、ステップシュートを打つために距離を取る。そして、足運びを意識しながら打つ。


 (左、右、左っ……よし!うまく行った!)


 先ほどよりもしっかりと左足に体重をかけてボールを打つことができた。しかも6メーターラインに踏み込むことなくだ。手応えに少し喜ぶも、ボールは櫻井先輩の目の前に飛んでいき、難なく手で止められてしまう。


 ゴールネットを揺らせず少し落ち込んでいると、部長が声をかけてくれる。


「初めてにしては、キーパーまで届かせることが出来ただけ上出来だ。次に行こうか」

「あ、ありがとうございます……」


 フォローしてくれる部長に感謝を告げるも、気持ちは少し落ち込んでいた。


「落ち込むな。言っただろう?1年生であの櫻井から点を取れる奴はいないって」


 部長は落ち込む俺を見かねてフォローしてくれる。


「何より、次は『ジャンプシュート』を教えよう。ハンドボールにおいて、1番基本のシュートだ」


 ジャンプシュート、俺が1番打ってみたかったシュートである。

 しっかりと自分の中で気持ちを切り替えて部長の話を聞こうと集中して向き合った。


「ジャンプシュートは、流れとして先ほど左足に全体重を乗せて打ったステップシュートと基礎は同じだ。ただ、最後左足に体重を乗せるのではなく、左足で高くジャンプをして打つ。 空中に飛び上がった際には、ボールを投げる態勢を作っておくんだ。見本を見せよう…。 左、右、左っ!」


 教えてもらった言葉を反芻しながら、部長の見本を見る。左足でジャンプした部長は、俺の膝上まで飛んで、空中で体を捻ってボールを投げる。再び櫻井先輩に触れさせることなくネットが揺れた。


 ……かっけぇ……


「こんなふうに、ステップシュートよりも上から打つ分、キーパーから止められにくいシュートでもあるんだ。やってみようか。まずはシュートまで行かなくていいから、足の動きをやってみてくれ」


 部長にそう言われ、ボールを持たずに教えてもらったステップをやってみる。左、右、左…。やってみると、案外すぐに安定してジャンプ出来るようになった。


「伊藤君は飲み込みが早いな。よし、シュートまでやってみよう」


 そう言って部長はボールを投げてくる。俺はボールをキャッチすると、先ほどのステップを意識しながらシュートしようとしてみる。


  (左、右、左っ……)


 意識通りにしっかりとステップできたが、ジャンプした状態からシュートは打てず弱々しいボールがゴールに向かっていく。再び櫻井先輩に手で止められてしまった。


「難しいだろう?空中でシュートを打つって」

「はい、難しいです……」


 思ったよりボールを飛ばすことができなかった。


「空中でシュートを打つには、体幹をうまく使わないといけないんだ。体を捻って、捻った力も全てボールに乗せてあげる。そして、最後は腕の力でボールを遠くに飛ばす意識。それだけでボールは簡単に飛んでいく。時間はいっぱいあるんだ、何度も練習してみよう」

「わかりました!」


 部長の言葉に返事をして、俺は再びゴールへと向き合う。

 そして、何度も『ステップシュート』と『ジャンプシュート』を練習するのであった。



 --ちなみに、その日1日櫻井先輩のゴールを揺らすことはできなかった。



-第9話 完

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