第8話 ウォーミングアップ…?

 着替えを終えて弘樹とグラウンドへと向かうと、そこにはすでに部員が集まっていた。

 急いで駆け足で輪に混ざっていくと、それに気づいた丹野部長が全員に声をかける。


「よし、全員揃ったな。じゃあ部活を始める。とりあえず、外周いくぞ」

「「「押忍!」」」


 返事をすると同時に全員がグラウンドの脇から外へと出ていく。慌ててついていくと、弘樹が横に来て説明してくれた。



「外周ってのは、校舎の外の周りを走ることだよ。おそらくいつも通りなら5周かな」

「そ、そうなんだ。ちなみに1周何キロなの?」

「大体1キロ……くらいだと思う。実際に測ったことはないけどね」


(1キロを5周、つまり5キロか。思ったより大したことないな)


 俺はそう思い、輪に混ざってランニングを始めた。

 ……大したことないなどと思ったことを後悔した。


 ペースが早すぎる。1キロ4分ペースくらいあるんじゃないだろうか。陸上部にいたといえ、流石に結構きつい。

 何より、誰も輪を乱すことなく全員が同じペースで走っていることがすごいと思った。


「……よし、ランニング終了。次はフットワーク練」

「「押忍!!」」


 5キロ走り終えると、部長が声をかける。それに返事をすると、全員息を乱すことなく、グラウンドへと駆け足で向かう。

 俺も急いで着いていき、輪に混ざろうとすると、部長に呼び止められた。


「あ、伊藤君。伊藤君は俺と一緒に最後尾でやろう」

「わかりました!」


 そう答えて、部長と最後尾に並ぶ。前の方では副部長が指揮を取っていた。


「サイドステップ!」

「「押忍!」」


 何列かに分かれて、順々に昨日の体験で見た、横向きで歩くフットワークが始まった。まだ俺の番まで遠いし、その間に見て学ぼうとしていると、ふと横の部長が声をかけてくる。


「サイドステップは、一見反復横跳びのように見えるが、実は少し違うんだ。反復横跳びはジャンプするが、サイドステップの場合はすり足で動いて、ジャンプをしない。そこが違う」


 そう言われて見てみれば、確かに足を擦って動いている。細かい差のため、言われるまで気付かなかった。


「とりあえずやって見た方が早いな。よし、やってみよう」


 ふと、俺たちの番が来たと同時に部長のそんな声が聞こえた。

 俺は、とりあえず見よう見まねで足を擦ってやってみる。

 足の擦り方がいまいちわからず、上体が上下してしまった。

 それに対して、部長がサイドステップをしながら声をかけてくれる。


「伊藤君、腰を落として。上体が動くのはダメだ」

「わ、わかりました……」


(そ、そう言われても難しいって……)


 意識して上体を動かさないようにするが、そうすると足の動きが悪くなる。

 なんとかコートの反対側まで移動し切ると、列はまた動き出し、再びサイドステップで反対側まで戻っていく。


(くそ、結構辛いな……)


 上体を固定して動くと、体幹にかなり負荷がかかる。おそらくは体幹のトレーニングも兼ねてるのだろう。


 なんとか頑張って反対側に戻ると、副部長の掛け声が聞こえた。


「次、クロス!」

「「押忍!」」


 クロス…?

 頭の中で疑問が浮かぶ俺に、部長が説明してくれる。


「クロス、クロスステップのことだが、簡単に言えば横向きで進行方向に対して後ろ側の足をもう一方の足より前に出す。その時、出した足は体の前側にする。もう一つの足を戻す。 またこんどは後ろ側の足を前に出す。今度は体の後ろに。 そして戻す。言葉にすると難しいが、やってることは単調だ。ほら」


 先にやっている列の前方に目線を向けると、そこでは先ほどのサイドステップの形で足を交互に交差させて動いているのが見えた。


「これも、上体は動かさずにやるんだ。初めてやるには難しいかもしれないが、とりあえずやってみよう」

「わかりました!」


 そう答えて、いざ自分もチャレンジしてみる。


 ……前、後ろ、前、後ろ……


 頭の中で考えながら交差していると、頭がこんがらがってしまい、咄嗟に足同士をぶつけてしまい転びそうになる。慌てて踏ん張って転ぶことは阻止した。


「やっぱりこれは難しいか。伊藤君、焦らなくていい、ゆっくりと一歩ずつやってみるといい」

「わ、わかりました……」


 部長にそう言われ、ゆっくりと着実に一歩ずつステップを踏んでみる。

 ゆっくりやってみると、意外とできるものだった。

 反対側もゆっくりとやりながら戻ってくる。


「よし、次はパス練!」

「「押忍!」」


 ふと副部長が全体に指示を出す。全員が一斉にボールの方へと向かっていった。どうすればいいかわからず突っ立っていると、部長が声をかけてくれる。


「よし、パス練習だ。この間やったみたいにパスを出し合うんだが、伊藤君は今日も俺とやろう」

「はい!ありがとうございます!」

「うん。じゃあボールと松ヤニ取ってくるから待っててくれ」


 そう言って部長もボールの方へと向かっていった。そして、手にボールと缶を持ってくる。


「お待たせ、これが『松ヤニ』だ。中では両面だったが、外ではこの松ヤニを使って滑り止めとするんだ」


 そう言いながら缶を開けて見せてくれた。缶の中には、水飴のような薄茶色のジェルが入っている。部長に促され、それを右の人差し指と中指で取ってみる。


 …思ったより硬い。少し力を入れて少量すくってみるとなんだかベタベタする。


「それを、両手の指先に馴染ませるようにするんだ」


 言われた通り、両指に擦り込むと、指がベタベタになる。


「これで、ボールは滑らなくなる。よし、この間のようにキャッチボールをしようか」


 そう言ってボールを投げてくる部長。慌ててこの間教わった三角を意識して受け取る。そして、ボールを投げ返そうとした。


 ……ボールが手から離れない。


 これが松ヤニなのか。無理やり外れるように勢いよく腕を振り抜いてボールを投げてみる。

 ボールを地面に叩きつけるような形となり、転がって部長の方へと向かう。


「松ヤニ、すこし付けすぎだね。もう少し馴染ませてみるといい」


 部長の言った通り、指にしっかりと馴染ませてみる。

 心なしか先ほどよりベタつきは落ち着いたようだ。

 再びボールを受け取れば、先ほどと同じようにボールを投げてみる。


 ……面白いように投げやすかった。


 松ヤニってすげぇ。そう思いながら、ふと手の匂いを嗅いでみた。


 ……木の匂いがする。


 当たり前だった。松の木が原料だろうし、匂いはするのだろう。


 ……これ落とす時ってどうやるのかな……


 そんなことを考えながらキャッチボールを続けていく。

 部長はどんどん距離を離していくが、なんとか届くくらい投げることはできた。


「……よし、こんなもんか。瀬川!シュート練入れ!」

「はい!次、シュート!両45°から!

「「押忍!」」


 部長が副部長に声をかけて、指示が通る。


(よし! シュートやれる!)


 俺は念願のシュート練習に胸を躍らせながら、みんなの輪の中へと入っていった。


-第8話 完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る