第5話 痕跡
彼がいなくなってから何日たった。彼のことを忘れないように、あのシャーペンで今まであった彼に関わることを書いていった。それはもう国際問題もあれば、学校の中で見聞きした彼のことを書いていった。
ネットや新聞など、外に出ているものに彼の痕跡は無かった。きれいさっぱり無くなっていた。隣のうちも空き家になっている。ママは数年前から空き家だと言うが、違う、彼がいたのだ。毎朝カーテンを開けるとおはようと言い合い。彼と並んでも笑われないように髪の毛をセットしていた。もう何種類もセットできる自分がいるのは彼がいた証拠だ。
彼からもらったものはみんな消えてない。自分の記憶の中にあるものは全てあった。ノートに書き上げ、なぜ急に彼がいなくなったのか考えてみた。それはわからなかった。でも星の痕跡を歴史から消せるなんて、地球の技術では無理だ。それこそ星の科学力を持ってしなければ無理であろう。跡形もなくきれいに地球から去っていった。「立つ鳥後を濁さず」を徹底してやった。
本当にこのままもう彼に会えないのだろうか。このまま私も彼のことを忘れてしまうのだろうか。そうなる可能性もあると思ったので私はノートに記録しておく。
はじめに「この記録は全て本当であり本当の起こったことである。もし忘れているのならばこの記録のもとに思い出してほしい。せめて未来の自分は自分のことを信じてほしい。」とも書いておいた。
まだ何日か経った。もう彼のことを知っているのは地球上で私一人だろう。もう誰も彼を覚えている人がいないのだ。それでも私は彼との思い出を書き留める。このノードだけが彼と私の記録なのだ。小さいとき迷って一緒に家を探したことも毎朝したくだらない会話もできるだけ書いた。
スマホの中に書こうと思ったが、消えてしまいそうなので、私の字で私が書いた。彼と交換したシャーペンで書いている。自分の心の中にも刻むように書いているつもりだ。でも何になるのだろう。いづれ書くこともなくなってくる。そうしたら何のために書いているのだろう。
「それは...、」
と少し考えた。
彼との思い出を残すためだ。たとえ世界中の誰もが忘れてしまった彼だけれど、私の心の中ではまだちゃんといる。これならば彼がいなかったことにはならない。
でもどうしてなのだろう。何で急にいなくなってしまったのだろう。それだけは全く身に覚えがない。何か彼を怒らせるようなことをした記憶もない。彼との最後の記憶はあの記憶だ。私の部屋に来てもらって物理を教わったときだ。あの時のこわばった顔は何だったのだろうか。
私はハッとした。彼はもう会えないとわかっていたのだ。私と会うのがこれで最後というのをわかっていたのだ。
こんなことになるのなら最後の別れのとき
「抱きしめていい」
って言われたとき
「いいよ。」
と言えばよかった。
これでお別れなのだろうか。このままもう会えないのだろうか。不安でいっぱいになり、何も手につかない。誰にも相談できない。ただただ胸が苦しいだけだ。
「もう一度会いたい…。」
それだけを考えていた。暗闇のベットの中、枕を抱えながらすすり泣くしかなかった。
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