第8話 夕方

 間に合わなかった。もう私は全身の力が抜けてしゃがみ込んでしまった。何でもっと早く彼への思いを伝えなかったんだろう。彼が地球に来てプロポーズされたときにすぐに受ければよかった。


 星の王子とは思えない優しさで接していてくれたのに、どうしてそれに応えなかったんだろう。いろいろな思いが巡るが、結局のところ間に合わなかった。心の底から後悔した。


 いろいろな思いが次から次へと湧いてきたが、その相手はもういない。もういないのだ。とうとう彼は私の前で涙を見せなかった。強くなって帰ってきたのだ。でも私は涙があふれてきた。もう涙を抑えることができない。運動場の土はそんな私の涙すらを吸い取って無いものにしていった。


 何やら教室の方が騒がしい。それはそうだ。授業中大声で叫んだ人がいればざわざわするのは当たり前だ。自分のクラスを見るとみんな上を見ている。親友が上を指差している。何だと思って振り返ると、ひとつのUFOが飛んでいた。これはみんなにも見えるみたいだ。


 いろんな教室で騒ぎになっている。私が驚いていると、人がひとりUFOから飛び降りてきた。目のいい方ではなかったけれど


「彼だ!」


と気づいた。


「私はここよ!」


と叫んでしまった。彼が両手を広げて舞い降りてくる。私も両手を広げて合図する。ゆっくりと降りてくる彼をじれったいと思いながらも待った。涙でにじんでいるが、涙を拭くときの一瞬でさえ彼の姿が消えるのが嫌なので涙はそのままにしていた。


 もう全てを受け入れるという私の覚悟も決まった。


 降りた瞬間、彼に抱きつき思いを伝える。


「あなたが好きです。いつまでも私と一緒にいてください。」


彼の胸の中で彼に思いを伝える。


「いいの?プリンセスは嫌だと言っていたけれど。」


「あなたがいる世界にならどこにでも行きます。」


「地球じゃなくても。」


「あなたがそばにいてくれるならどこでもいい。」


「ありがとう。」


もう顔がぐしゃぐしゃになりながら彼の胸の中で思いを伝えた。

顔を上げると彼も泣いていた。


「あれ以来ずっと泣かないようにしたけれど、今はいいよね。」


子供の頃「泣き虫は嫌い」と私が言ったのだ。彼はそれをずっと守ってきたのだ。


「いいよ、そんなこといいの。嬉しいの...。」


これだけ思ってくれるのならばプリンセスにでも何でもなってやる。もう彼のいない世界なんか考えられないのだ。だから彼を問いただした。


「何で急にいなくなったの。」


私はたっぷり意地悪く聞いてみた。


「ごめん、実は今日の日没までが期限だったんだ。」


「えっ、何の?」


「プロポーズの返事。」


 星では王子のプロポーズを即答しなかった事はなかったらしい。初めて保留された王子ということで星では大問題になっていたのだけれど、家臣たちが10年間に及ぶ彼の気持ちを汲んで期限を設けることを王様に進言した。その期限が今日の日没。


「もしこの結婚がうまくいかなかったら、星の痕跡を消して帰らなくちゃいけなかったんだよ。ただ地球の問題を復活させないようにいろいろ残しながら記憶に作用させるので時間がかかってしまったんだ。」


「そうだったんだ…。」


「でもよかったよ。最後今日の日没前に君の気持ちが聞けて。もう僕のことは好きではないと思っていたから諦めていたんだ。最後に君との思い出のある学校に寄りたかったんだよ。君の顔を最後に見て記憶に残そうとしたんだ。」


「そ、そんな…。」


「それにしてもよく僕を覚えていたね。最後に別れてから君を見ていたけれど、僕のことは何一つ覚えていないと思ったよ。」


「怖かったわよ。私だけおかしくなったのかと思ったわ。」


「どうやら君は忘却のスキルに耐性があるみたいだね。よかったぁ。」


そんなことを話しながら二人とも泣いていた。


 何だか急に恥ずかしくなってきたけれど、今は彼と離れたくはなかった。空を見上げると無数のUFOが私たちを祝福していろいろな光を出してる。校舎の方からは拍手がした。みんな窓際に出てきて私たちを祝福してくれているらしい。親友が何やら叫んで手を振っている。先生たちもやれやれという感じで見ている。


 私はみんなに手を振る勇気はなかったけれど、王子は優雅に手を振って見せた。UFOや王子に驚かないということは、みんなの記憶が星や王子を思い出したということだ。


赤く低い夕日が二人を包み、ひとつの長い長い影を作っていた。

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宇宙がすき 風月(ふげつ) @hugetu2

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