第5話 男の子

 あのときの男の子が星の王子様だったなんて、今思えばすごい話だ。まさかそんなことがあるなんてと思った。10年前の約束を果たしてまた求婚するってどんな気持ちなのだろう。いろいろ考えてしまった。私にしてみればつい最近思い出したので、思い入れはない。


 でも彼にしてみれば、私に


「強くなったらいいよ。」


と言われたので、強くなってまた来ただけなのだ。星の王子が、星の代表としてやってくる。それは大変なことだったのだろうと想像がついた。でもどうしたらわからない私は涙が溢れてきた。膝を抱えながら考えていると足音がした。


「やっぱりここにいたんだ。」


と彼の声がした。


「1度ここにきたときにはいなかったので他を探してたんだけれど、やっぱりここだったんだね。」


「……」


私は声が出なかった。


「いきなりでごめんね。まだまだこの星のこの国の文化についてよくわかっていないところがあったので、驚かせてしまった。」


無言ながらも私がうなずく。彼は私に反応があったのが嬉しいらしく続けた。


「シリウスという言葉を聞いたときに、覚えていてくれたんだと思ってしまったんだ。約束も覚えていてくれてたと思ってしまったんだ。」


「ごめん覚えていなかった。最近夢の中で思い出した。」


「そうだよね。母上の忘却スキルは星の中でもトップクラス。そう簡単には破れないはずだ。だからシリウスと言う言葉を聞いたときは嬉しくなってしまったんだ。」


「確か最後に言っていた言葉よね。」


そのあとはもう覚い出せない。


「そう、僕たちの星の太陽だよ。ここ地球ではそう呼ばれているよね。せめて何か残しておきたかったんだ。」


横に立った彼の顔を見上げると、悲しいような苦しいような表情をしている。この顔にも記憶がある。あのときの顔だ。あの小さな男の子が涙をこらえていた顔だ。あたりまえだ本人なのだから。


 私は何だか頭の中が整理されてきて、気持ちが落ち着いてきた。彼は私が言った”強くなったらいいわ”のひとことに、10年間強くなるよう努力してきたのだろう。いくら星の王子とはいえいろんな障害があったことだろう。


 それを乗り越えてやってきた。自分のことを覚えているかもわからないまま、会いにきて結婚を申し込むなんてとてつもない努力家ではないか。私にとってはつい最近思い出したことだけれど、ずっと彼は思い続けてくれたのだ。それは悪い気がしない。


 でもいきなり”結婚してください”。と言われて”はいします”と言えるほどではない。と言うことで考え、彼の言葉を借りることにした。


「ねえ。」


と声かけると私は立ち上がった。


「なに?」


 悲しいような苦しいような顔が私の方を向いた。何を言われるのだろうととても不安げだ。


 私は心で深呼吸をして彼に向かって言った。


「お友達から始めるんでしょ。」

 

 これは彼が地球の人に向かってしたあいさつだ。


「私あなたのこと好きよ。でも結婚は待ってね。もっとあなたのこと知りたい。」


そう言うと彼の顔がみるみる明るくなっていった。


「僕ももっと君のことが知りたい。もっともっと君を好きになりたいからもっともっと知りたい。」


「ありがとう…。」


さすが王子様、そう言うこと普通に言えるんだな。


「どういたしまして。あらためて言うね。10年ぶりに会って自分のこと覚えていてくれてありがとう。」


「いやでも思い出したの最近だよ。」


「それでも嬉しいんだ。どうやって僕のことを思い出してもらおうと思っていたのだけれど。よかった〜。」


「それにしてもテレビで見た顔と今の顔違くない?」


「あれはよそ行きの顔。自分の顔出しちゃうとなかなか地球を歩けないからね。今の顔は僕の顔だよ。」


「わかるよ。10年前泣きべそかいていた顔とそっくりじゃん。」


「君だってそうじゃないか。その泣き顔あのときといっしょだね。」


 そう言いながら二人泣いて笑った。10年前にUFOが目の前に到着したときと同じ顔をして。


 少し寒くなってきた夜空には、冬の大三角形おおいぬ座のシリウスが輝いていた。

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