第4話 自分の中だけ

 昨日、彼に物理を教わって遅かったのもあって寝坊した。慌てて着替えて髪の毛をセットする。が、時間がない。いつもより時間のかからない髪型にして、ダイニングに向かった。ママに、


「いつまで寝ているの?早く寝ないからよ。」


と小言を言われながらも朝食を食べている。大丈夫。このペースなら王子が迎えにくる前に何とかなりそうだ。支度を済ませてダイニングに座っている。いつもなら王子が来る時間なのに来ない。


「あれ?今日、王子どうしたのかな? 体調でも悪いのかな?」


とママに言うと


「誰それ? 王子? あなたいつも一人で学校に行っているじゃない。早く行かないと遅刻するわよ。」


あれ?何だかおかしい。話が噛み合わない。でも遅刻するのはいやなので行くことにした。何かで先に行っていたこともあるから、それなのかもしれない。


 途中、親友に会う。おはようとあいさつを交わしたあと、いつも王子とのことでからかってくる。今日は一人なのでからかいようがないだろう。でも何かしら突っ込んでくるはずなので待っていても王子のことは何も言わない。だから私から、


「今日は王子いないんだぁ。先に行ったみたいなんだ。」


と言ってみた。


「王子…だれ?ついに頭おかしくなっちゃった?」


「違うよ!いつも夫婦だ何だってからかってくる王子のことだよ。」


「あ〜、うちの親友はもう夜空を見過ぎて、現実と妄想の区別がつかなくなっちゃったんですね〜。」


とからかってくる。


「何言ってるの王子!王子だよ!星の王子様!」


「星の王子様って言う本はあるけどそれのこと?」


 ダメだ。ママといい親友といい、彼のことを忘れてしまっている。そう思っていたが、しばらくすると私が間違っていることに気づかされる。


 まず彼の机がない。私のすぐ隣にあったはずなのに机も椅子もない。ここだけ机がないとバランスが悪いけれど誰も気にしていない。出席も呼ばれなかった。彼の下駄箱、ロッカーから全てに至るまで、彼の痕跡が全くないのだ。


 おかしい、いや私がおかしいのだろうか。私が勝手に妄想していただけなのだろうか。あんなにイケメンの彼に対してキャーキャー言っていたクラスメイトや後輩たちに聞いても知らないと言う。なんで?どうなっているの?私の頭は「?」で埋め尽くされている。授業どころではない。


 そうだ、今日もどこかの国の大統領と話しているのかもしれない。ネットで調べてみよう。彼の話題が出ない日はない。それだけ彼は有名人なのだ。まあ星の王子なのだから当たり前なのだ。


 調べて私は愕然とする。一つも出てこない。今日のことだけではなく、この前国連の人と話したと言うニュースを見た。その日の記事を探しても探しても無い。王子のことはまったく出てこなかった。そこで不思議だったのは、エネルギー問題解決のため、星からエネルギーを分けてもらった。これがすごいのが、とても少ない量で石油の代わりになると言うことだ。


 それはまだこの地球上にもある。私の記憶では少し前までガソリンで走っていた車のがこの新しいエネルギー「ホシリン」に変わったと言うのだが、親友は昔からこの「ホシリン」で走っていたという。そんなことはない。


 もう何が何だかわからなくなった。ママも親友も学校も国も世界も地球もみんな彼がいなかったことにしたいようだ。私だけが彼がいたことを知っている。


世界中にUFOが出現したこと、


その中から人と同じような形をした宇宙人が出てきたこと、


ある日その宇宙人にプロポーズされたこと。


毎朝迎えにきてくれたこと、


難しい物理を教えてくれたこと、


いつも優しく微笑んでくれていたこと、


私を好きと言ってくれたこと、


私だけが覚えている。


私の中からだけは消えていない。私がおかしいのだろうか。そう思っていたときに思い出した。シャーペン、彼と取り替えたシャーペンがペンケースに入っているはず。慌てて私はペンケースを覗き込むと…、あった。私が選んでいない彼が交換しようと言ってくれたあのシャーペンの色が見える。私はそのシャーペンを握りながらひとり涙して彼のことを思い出していた。


「どこ行ったの?、どこにいるの?」


そうつぶいたけれど、誰も私の言葉には気づきはしなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る