氷尾さん
「えっ、頼りになる大人って、誰?」
皆の視線が、一斉に俺に集中した。
「え、えーと、それはだな」
俺は一生懸命考えた。頼りになる大人がいることにはいるが、
確実にその人が力になれるか、といえばそんな保証はない。
まぁでも、ここで言わないよりは言ったほうが進展はするだろう。
そう思い、勇気を出して言うことにした。
「えーと、氷尾っていう、俺の知り合いの大学生の人なんだ」
すると、真白が目を輝かせながら言った。
「えっすげぇ! 雪斗に大学生の知り合いがいるなんて、聞いてないんだけど⁉︎」
そりゃまぁ言ってないからな。
「へー。その人、僕たちの監督、できそうなの?」
銀治が俺にそう確認する。
「正直、監督できるかは相談してみないと分からない。相手も忙しいだろうし。
今日連絡して聞いてみるよ」
俺はそう銀治に返した。氷尾さんは、大学に通っていて、その上アルバイトもこなしていると聞いているから、正直毎日忙しいと思う。
本当に来てくれるのかは不明瞭だ。
……でも、昔はよく、俺の面倒を見てくれたんだよな。俺がまだ小学生の頃の
話だけど。
「それは分かったよ。でもさ、一ついい?」
「なんだ、銀治?」
「具体的に今、いつマシュマロを焼くのか決めようよ。
平日は学校があるし、休日は確定だとしても、土曜と日曜のどっちにするか、
何時にどこに集合するのかとか、決めることはいっぱいあるよ」
俺が過去を懐かしんでいると、銀治がもっともらしい提案をしてきた。確かに、
マシュマロをいつ焼くのかということは、頭から抜けていた。
重要なことを指摘してくれた銀治に感謝しよう。
「そうだなぁ。俺、土曜は部活あるんだよな。昼までに部活は終わるんだけど、
俺の部活、結構練習キツくてさ。その後やろうにも体力的にできるか分からねぇんだよなー」
真白がそう言った。どうやら土曜日にマシュマロを焼くのは真白にとってはキツイらしい。まぁ、真白の入っている部活は、顧問の先生も熱血だし、練習が鬼のように厳しいと話題だ。
土曜日にマシュマロを焼くとなると、真白がちょっと可哀想かもな。
「うーん。僕と兄さんは、土日どっちも暇だし、どちらでも構わないよ。ね、兄さん?」
「うん。僕たちは別にどっちでもいいけど」
銀河と銀治は土日のどちらも空いているそうだ。俺も別にどちらでも構わない。
じゃあここは、日曜日にするか。日曜なら、真白も空いてるだろうし。
「じゃ、今度の日曜にするか。氷尾さんにはそう伝えておこう」
「りょうかい!」
「分かったよ。じゃ、そのつもりでいるね。あとは雪斗の知り合いの人の日程次第、だけど」
「雪斗の知り合いの人と日程、合うといいなー」
俺はそう三人に提案し、三人とも快く了解してくれた。
「あとは時間なんだが、みんな何か希望はあるか?」
俺は三人に希望を聞いた。
「やっぱり、午後に集まったほうがいい気がするな。午後三時くらいに
集まって、マシュマロ焼けば丁度おやつの時間じゃん」
真白がそう提案する。俺も、マシュマロを焼くのならおやつの時間帯がちょうどいいかなと思っていたところだ。
「銀河と銀治は、何か希望の時間帯はあるか?」
「午後三時でいいと思う。マシュマロを食べるのにはちょうどいいし」
「僕も賛成!」
銀河と銀治もどうやら午後三時集合で良さそうだ。
「じゃあ午後三時で決まりだな。まぁ後のことはおいおいチャットでやりとりするとして、今日は一旦ここまでにするか」
そう言ったのを皮切りに、自然と解散の流れになった。
*
帰り道、俺はとぼとぼと歩いていた。うーん、氷尾さんにお願いするのは
いいとしても、果たして氷尾さんは了承してくれるのだろうか。
忙しいから、断るかもしれない。
まぁその時はその時で、また考えるしか……。
「あ、雪斗!」
不意に後ろから声をかけられた。
なんだろう、誰が声をかけているのだろうと振り向くと、それはなんと
「久しぶり、雪斗」
氷尾さんだった。あのサラサラの黒髪も、縁が黒い眼鏡も、柔らかい微笑みも、見間違えるはずがない。
数年ぶりに見る氷尾さんの姿は、あの頃と何も変わらなかった。
それが、何故かとてつもなく嬉しかった。
「氷尾さん⁉︎ まさか、こんなところで会うなんて嬉しいな。
ちょうど氷尾さんに用があって、会いたいなって思ってたところなんだ」
俺は氷尾さんに会えたことが嬉しくて、少し興奮気味にそう言った。
「あぁ、僕も嬉しいよ。変わりないようで、何よりさ」
氷尾さんは、そう言って柔らかく微笑む。
こんなところで会うことができるなんて、棚からぼた餅が降ってきたようだ。
「氷尾さん、ところで急なんだけど……。今度の日曜日って、空いてたりする?」
俺は単刀直入に要件を氷尾さんに伝えた。
「今度の日曜日……? あぁ、空いてるけど、それがどうかしたかい?」
「実は……日曜日、高校の友達とマシュマロを焼くんだけど、氷尾くん
保護者兼監督として、来てくれない……?」
俺は、勇気を出して氷尾さんにそう言った。
「あぁ、今度の日曜日か。いいよ。僕が保護者兼監督になるなんて、務まるか分からないけど……」
氷尾さんは、困り顔だが了承してくれた。氷尾さんは自分に自信がないらしいけど、
氷尾さんがしっかりしているということを、俺はちゃんと知っている。
「やった! 大丈夫、氷尾さんならしっかりしているから、しっかり務まるよ」
俺は氷尾さんにそう言った。実際、氷尾さんはよく俺をしっかり見てくれて、。
昔、俺が小学五年生のときだ。上級生と些細なことで喧嘩をしたことがあった。
*
なにしろ上級生と喧嘩をしたところで勝てるわけがない。俺はこてんぱんに負けて、泣くのを必死に堪えて帰路についていた。
「あれ、雪斗。どうしたの?」
ふと聞き慣れた声が耳に飛び込んできたので、俺はハッとして声のする方を見た。
「なんか落ち込んでるようだったけど……なにかあったのかい?」
そこには、学ランを着た氷尾さんが立っていた。
「……いや、なんでもない!」
まだ子供だった俺は、氷尾さんに泣き顔を見られたくなかったので、わざとそっけない態度をしてみせた。
「あれ、膝、怪我してるじゃないか。転んだのかい?」
氷尾さんは俺の膝を見ながら心配そうな表情で尋ねてきた。これは上級生と喧嘩した時にできた傷だ。
「べつに、ひお兄には関係ないだろ!」
俺は喧嘩をして怪我をしたことを氷尾さんに知られたくなかったので、氷尾さんを突っぱねるようなことを言ってしまった。
……あ、あとこの頃は、氷尾さんのことを恥ずかしながらひお兄と呼んでいたんだ。
「もし良かったら、見せてくれない?」
「なんでひお兄に見せなきゃいけないんだよ! ほっといてよ!」
あの時は、氷尾さんはわざわざ俺のことを心配して、怪我の様子を見せてくれと頼んでくれていたのに、俺はその氷尾さんの要求さえも突っぱねてしまった。
「いや、もしばい菌が入ってしまったら更に悪化して危険だよ」
氷尾さんが真面目な顔をしてそう言うので、俺はついに折れた。
「……分かったよ、見せればいいんだろ」
そう俺は不貞腐れてたっけ。懐かしいなぁ。
「僕が保健委員で良かったよ。絆創膏を持ち歩いているから、こういう時のために役立つんだ」
氷尾さんはそう言いながら絆創膏を俺の膝に貼ってくれた。
「これでよし、と。それにしても、今日の雪斗はなんだか強情っぱりだなぁ。
いつもは僕の顔見たら、パァッと笑顔になって駆け寄ってくるだろう?」
氷尾さんはそう首をかしげながら俺に尋ねる。いつもはそうだったが、今日は喧嘩してそんな気分じゃないんだ。
「……いや、今日はそんな気分になれないよ」
「何かあったのかい? まさか、喧嘩とか?」
氷尾さんに言い当てられ、俺の心臓はドクンと高鳴った。
「……どうやら図星だったみたいだね」
俺の表情が強張ったのを見て、氷尾さんはそうやれやれと言いたげな表情をした。
「いいかい? 喧嘩はしないに越したことはないんだ。自分がついカッとなっても
お友達に手をあげちゃいけないよ」
氷尾さんはそう俺に説教をした。
「別に、友達じゃねーし……」
俺はそう氷尾さんから目を逸らしながらまたも不貞腐れた。
すると氷尾さんはニコッと笑って
「でも、喧嘩はしちゃダメだよ。喧嘩をすれば、雪斗も相手も、痛い思いをしたり、嫌な思いをするだろう?」
と言った。今にして思えば、氷尾さんは至極真っ当なことを言っていたのだが、当時小学五年生だった俺は子供すぎて中々素直に慣れなかったのだ。
「分かってるけどさ……でも、俺の持ち物を馬鹿にしたアイツらが悪いんだ!」
俺はそう憤った。
「そう言いたい気持ちも分かるけど……ほら、喧嘩をした人たちに、明日。謝ってくるんだよ。いいね?」
氷尾さんはこれまでになく厳しい表情をしてそう言った。氷尾さんの、これまで見たことがない表情に俺は一瞬たじろぎ
「……分かった。明日、謝ってくるよ」
と、素直に氷尾さんの言うことに従った。普段怒らない人があんな厳しい表情をするのはただごとじゃない。重大な事だと小学五年でまだ子供だった俺にも感じ取れたのだろう。
俺がそう言うと、氷尾さんはにっこりと笑い
「よしよし。やっぱりそうやって結局は素直になるところがお前の長所なんだよ。雪斗」
と優しい声で言ってくれて、その上頭を撫でてくれた。
「へへっ、なんかひお兄のおかげで元気出てきたよ! ありがとう」
その頃の俺はゲンキンなことに、氷尾さんに褒められたくらいでコロッと態度を変えたりしていた。……まぁ小学五年生なら仕方あるまい。子供なんてみんなそんなもんだろう、多分。
*
そんなこともあったよなぁと思い出を回想していると
「雪斗のお墨付きなら安心だ。それに、雪斗が喜んでくれるなら、こんな嬉しいことはないよ。
いつどこに集合すればいいんだい?」
と氷尾さんが言ってくれた。氷尾さんは俺が言うまでもなく、自分から集合場所と時間を聞いてくれた。
「あぁ、集合場所は、開けた広場だよ。あそこならバーベキューとか火を使った
アウトドア料理もできるし、マシュマロも焼けると思うから。それと、集合時間は
午後三時だよ。おやつの時間にちょうどいいでしょ?」
「なるほど、結構考えているんだね」
俺は氷尾さんにそう伝えた。氷尾さんも、心なしか嬉しそうだ。
「おっと。もう行かなきゃいけないんだ。バイトがあるから、続きは
チャットでいいかな?」
氷尾さんは予定を思い出したように、腕時計を見て言った。
「あ、うん。じゃあまた後で、チャットで連絡するね!」
俺は走り去る氷尾さんの姿を見ながら、久しぶりに会えた感慨に
耽るのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます