晶という男

『氷尾さん、今日はありがとう。すごい楽しくて、俺の友達も感謝してたよ』


 俺は帰宅後、氷尾さんにそうメッセージを送った。ほんとうに、今日は氷尾さんの

おかげで助かってしまった。マシュマロを焼くときの的確な指示もありがたかったし、マシュマロを焼いた後の片付けも、率先してやってくれた。

 氷尾さんがいなかったら、俺たち高校生だけで、慌てふためきながらマシュマロを焼く羽目になったかもしれない。


 すぐに既読がつき、氷尾さんから返信が届いた。


『こっちこそ、今日はありがとう。僕もすごい楽しかったし、友達もみんな良い子達だったね』


 氷尾さんのメッセージにはそう書いてあった。氷尾さんの目には、あいつらも良い子っていう風に映るのか……。銀河や銀治はともかく、真白も良い子という風に見えているのだろうか。

 俺にはとても真白が『良い子』という風には見えない。まぁ、親切だし、気も遣えるやつではあると思うのだが、所謂『良い子』像とはかけ離れている気がするな。


 ……っと。いけない。氷尾さんに返事をしないと。俺は意識を集中させ、氷尾さんにメッセージを返した。


『氷尾さんが楽しめて良かった。また、機会があったら会いたいな』


 そこまで送り、俺はベッドに倒れ込んだ。


 ……はぁ。今日は流石に疲れたな。もうとっとと風呂に入って寝てしまおう。


 そう思い、たんすから寝巻きを取り出し、寝る準備をした。



          *



「なんだか、今日のお前はやけに眠たそうだな。さては、昨日寝てないな?」


 真白がそう俺に声をかけてきた。

 ご名答。昨日、遅くまで氷尾さんとメッセージアプリでやりとりしていたので眠いんだ。


「まぁな。昨日、俺たちのマシュマロ焼くときに、氷尾さんがきてくれただろ。そのときのお礼を返してて、ついな……」


 俺はそう真白に言って欠伸をした。


「珍しいな。まぁ、今昼休みだし、この間に、たっぷり寝とけよ?」


 真白がそういたずらっぽく笑った。さすがに、五時間目に入ってまで寝ていたら、

先生に注意されるしな。


「じゃ、ゆっくり寝るんだぞ」


 真白がそう言ってくれた。じゃ、ゆっくり眠るとしよう。

俺が瞼を閉じかけたそのとき


「ふっ、この学舎まなびやで眠るとは……。さては、眠りの精の仕業だな。

吾輩の親しき学友を眠りに陥れるとは……眠りの精よ、良い度胸だな」


 低く、くぐもった声がした。それに、何やら特徴的な台詞を吐いている。

この声の主は、アイツしかいない。


「おー、白澄じゃん。相変わらず厨二病してるな」


 真白がそう白澄に声をかけた。白澄は、黒髪をかきあげながら登場した。それに、

なぜか手の甲に魔法陣みたいなものを描いている。ほんとになんでだよ。

 眼帯こそしていないから見た目は普通の高校生って感じだが、手の甲に魔法陣があるし、口を開けば意味わからない事を言ってくる。よく観察すればオカシイということに気づくはずだ。

白澄は俺を見ながら言う。


「かわいそうにな……。眠りの精に、捕まってしまったのか。眠りの精に捕まればもうあっという間に夢に囚われてしまう。夢に囚われればこちらの世界に戻ってくるのは容易ではないぞ」


 要するに、眠れば起きるのは困難ってことか。いや、普通に言えよ。

どうやら、こいつはアニメや漫画の見過ぎか知らないけど、厨二病を何故かカッコいいと思っているタイプのようだ。

 ……数年後黒歴史になるんだろうな……。


「お前な、漫画やアニメの見過ぎか知らないけど、少し静かにしろよ。雪斗が眠れないだろ」


 真白がそう注意してくれた。


「それはすまなかった。また吾輩の中にいる魔物が、吾輩を操作したのか」


 白澄はなぜか不敵な笑みを浮かべて、謝罪した。ていうかほんとに謝罪になってるのかそれ。

 眼帯こそしていないが、顔が青白いし、クマができている。まぁこれは白澄の通常モードだ。それに加え手の甲に魔法陣があるし、口を開けば喋り方が独特だし、クラスでは完全に浮いている。


「えっ、ねぇねぇ、今アニメって言った?」


 と、突然高い声がし、さっと人影が俺の前まで来た。


「おぉ……あきらか。お前、アニメの話題をすると飛んでくるよな……。

いつものことだけどさ」


 真白がそう苦笑しながら言う。


「そうそう! 俺さ、知ってると思うけどアニメめっちゃ好きなんだよね〜。あっ、そうだ! 今期の冬アニメがさぁ、もうラインナップすごくて……」


 あきらはそう子犬のような大きな目を輝かせながら喋る。息継ぎどこでしてんだよ……。


「次元が違うものを、そんなに愛でるとは……。興味深い奴だな」


 白澄があきらを珍しげに見つめる。いや、お前も大概だろう。


「そもそも、お前の厨二病だって、アニメやゲームの影響なんじゃないのか?」


 俺は白澄にそう言ったが、白澄は聞こえていないフリをしていた。……普通に無視されたの、傷つくんだが……。


「もうねー、今年の冬アニメは見たいものが多くて大変なんだよ……あっ、そういえば今日新作ゲームの発売日じゃん! あとでお店に行ってチェックしなきゃ!」


 あきらはとにかく忙しなく喋りまくった。……うーん、俺としては寝たいところなんだけど。


あきら。悪いけど、雪斗が寝たがってるからさ。少し静かにしてもらえないか?」


 真白があきらに申し訳なさそうに言った。

 するとあきら


「ごめんごめん! 眠かったのか! そうとも知らずに話しかけちゃって悪かったよ」


 と、素直に謝ってくれた。


「分かってくれればいいから。じゃ、おやすみ……」


 俺は瞼を閉じ、眠りについた。



   *



「ねぇ、一緒に店行こうよ。今日空いてるだろ?」


 唐突にあきらに、ゲームを買いに行こうと誘われた。

 俺としては別に構わない。


「良いよ。なんのゲームを買いに行くつもりなんだ?」


 俺があきらに聞いた。するとあきら


「いや〜それがね。最近話題の育成ゲームでね––––」


 と、意気揚々と話し始めた。あ、まずい。これはあきらの、オタク心のエンジンに火を点けてしまったかもしれない。

 このまま喋り始めたらしばらくこいつは止まらないぞ。


 俺は少し後悔しながらあきらに案内されるままに教室を出た。









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