節分

 節分は、鬼を祓う行事だ、と聞いたことがある。

それに、歳の数だけ豆を食べる習慣もあるらしい。


 俺は目の前に豆を並べている最中だ。よし、こうして豆を並べていると心が休まる気がする……。


「鬼は外!」


 俺はゆっくりと豆を口に運ぼうとしていた。


「福は内!」


 一粒豆を噛むと、豆独特の芳醇な香りが口内を包み込む。やっぱり、豆もたまに食べるといいものだな。


「痛てっ! おい、もうちょっと加減して投げろよ!」


 ……ダメだ、全然集中できない。それもこれも、さっきから真白達が節分の豆を

投げ合っているからだ。

 俺は豆を投げ合っている真白とあきら、そして白澄に苦言を呈した。


「おい、もうちょっと静かに投げてくれよ。こっちは、静かに豆を食べたいのに、

 全く集中できない」


 すると、豆を投げていた白澄が言った。


「それはすまなかったな。吾輩は、真白に憑いている悪鬼あっきを祓うために、

 豆をぶつけていたのだ」

「えっ、俺に悪い鬼が憑いてんの⁉︎」


 白澄の言葉を聞いた真白が怯えて、そう言っていた。


「まぁ、今のはただの例え話だと思うよ」


 あきらがすかさず真白をフォローする。


 全く、こいつらはいつも騒がしいんだから。

 やれやれと思いながら、俺は再び豆を口に運んだ。本当に大豆独特の風味がするな。


「えー、雪斗。何食べてんの?」


 俺がゆっくりと豆を味わっているとき、あきらが口を挟んできた。


「これは節分の豆を食べてるんだ。年の数だけ食べると、一年間病気にならずに健康でいられるんだってさ」


 俺はあきらに説明してやった。まあこれも、俺の知識じゃなくて、俺のおばあちゃんが教えてくれたんだが。


「へぇー、そうなんだ! そういうことなら、俺も食べてみようかな!」


 あきらは、そう言って、テーブルに並べてあった大豆を一つひょいっとつまみ、そのまま口に運んだ。


「おい、それ、俺の豆だぞ!」


 俺は慌ててあきらにそう言った。あきらは人のものを横取りしないタイプかと思っていたのに……。こいつも、真白に似てきたな……。俺が勝手に不信感を抱いていると


「ごめんごめん、一粒だけだから!」


 あきらはそう悪戯っぽい笑みを浮かべ、舌をペロっと出してみせた。小悪魔的な表情というやつだろう。ここに女子がいたら確実にモテているな……。


 俺がそう変なことを考えていると、今度は白澄がやってきた。


「……む、雪斗。お前は、どうやら豆を年の数ほど食べようとしているのだろう」


 白澄は俺がさっき言ったことを何故かもう一回言った。しかもなんか、今思いつきましたみたいな口調で言ってるけど、全然俺がさっき言ったことを反芻してるだけだからなお前は。


「……そうだよ。俺の話、聞いてたんじゃなかったのかよ。今、あきらと話していたんだけどな」


 俺は白澄に呆れ気味に言った。すると白澄は


「ふっ。確認のためだ。そんな迷信に踊らされるようじゃ、お前もまだまだだな」


 と、少しドヤ顔で言ってきやがった。なんなんだそのドヤ顔は。ムカつく。


「はははっ、白澄はいつにもましてキレッキレだな。白澄、そう言ってるってことは、お前は豆は年の数だけ食べないのか?」


 真白がそう白澄に尋ねる。たしかに、白澄は『年の数だけ豆を食べると一年健康になる』ということを、迷信だと思っている。ということは、そんな迷信を信じないのであれば、豆を年の数だけ食べる必要はない。


 真白の問いに、白澄はなおもドヤ顔をして答える。


「ふっ、吾輩は貴様らと違って、悠久の時を過ごしてきた長命種なんだ。

 だから、ここにある豆だけでは吾輩の年の数ほど足りんのだ!」


 いや、なんだよその設定。お前が長命種とか初耳なんだが。てっきり「豆を年の数ほど食べるというのは迷信だ。吾輩は信じないから、豆は食べないぞ」とでも言うと

 思っていたのに。さすがは厨二病だ。ちゃんと設定(?)を守っているなんて、忠実だな。


「あはは。なんだか、白澄らしいね」


 そうあきらが笑いながら言った。まぁ、そこまでして自分の厨二病設定を守るとは、白澄に一周回って尊敬の念が湧いてきた。


「なぁ雪斗。それ食い終わってからでいいからさ。一緒に節分の豆まきしようぜ。きっと楽しいよ」


 真白が俺を豆まきに誘ってくれた。さっきは豆を味わっていたから、豆まきをしている三人の姿が少し鬱陶しかったのだが、今は何故だか豆まきをしてもいいような気分になっていた。


「分かった。じゃあ、これ食べ終わったら、一緒に豆まきしよう」


 俺はそう真白たちに言った。真白は喜び


「やったぜ! じゃあ今のうちに誰が鬼になるのかを決めないとな!」


 と言った。


「さっきは俺と白澄が豆を投げる役だったし、今度は俺、鬼になってもいいよ」


 あきらがそう言った。


「おっ、じゃあ思う存分豆をぶつけられるじゃん! 白澄は、どうする?」


 真白が意気揚々とそう言った。まぁ、こいつはさっき鬼の役だった分、思いっきり豆をぶつけたいよな。


「吾輩は、悪鬼になるつもりはさらさらない。今回も、豆を悪鬼––––もとい、あきらにぶつけてみせよう」


 白澄がそう不気味に笑いながら言う。


「え〜、少しは手加減してよね?」


 あきらもちょっと困り顔になり、白澄に言う。


「とか言ってお前、俺が鬼の時は一切手加減してなかっただろ? 思いっきり豆ぶつけられて、俺痛かったんだけど?」


 真白があきらにすかさずそう言った。まぁ思い返してみると、真白の悲鳴が豆を食べている俺の耳にも届いてたしな。


「あはは、だってそれは……全力でやらないと、楽しくないじゃん?」


 あきらは少し気まずそうな顔をしてそう言った。


「それはそうだけどさ……。あっそうだ! じゃあ、俺も、あきらに全力で豆をぶつけていいって事だよな?」


 真白が意地悪そうな笑みを浮かべて言った。


「うっ、それは……。やっぱり、言わなきゃ良かったかな」


 あきらは心底後悔したように俯いた。


「じゃあ、俺は……そうだな……どっちにしよう……」

「まず鬼か投げる役か決める前に、食べるのか喋るのか、どっちかを選べよ」


 俺が豆を食べながら、鬼役か豆を投げる役か決めている間に、真白にそうツッコまれてしまった。

 いつもは俺がツッコミの側なのに、たまに珍しくこうやって鋭いことを言うのが真白なんだ。


「待て、いますぐ食べるから……!」

「慌てないで落ち着いて! 喉に詰まったりしたら大変だろ⁉︎」


 俺が豆を急いで口に入れていると、あきらがそう心配して言ってくれた。

 まぁ、たしかにそれもそうだ。豆を喉に詰まらせたりなんかしたら、元も子もない。


 あきらの助言のおかげでそう考え直し、ゆっくり食べることにした。


「では、雪斗が豆を食べている間に、吾輩たちは豆の準備をしよう」


 白澄がそう言って、庭の片隅に置いてあったビニール袋を何やらガサガサと探り、

 スーパーで買ってきたのだろうと思われる豆を、ますにコロコロと入れた。


「これで、悪鬼に豆を投げる準備は整ったぞ」


 白澄がそう言って、豆がたっぷり入ったますを持ってきてくれた。


「十七……よし、全部食えた!」


 俺はそう声をあげた。


「おっ、全部食い終わったか。じゃ、豆まきしようぜ!」


 真白が気づいて声をかけてくれた。


「おう。じゃ……俺は、鬼役をやろうかな」

「えっ、雪斗、一緒に鬼役をやってくれるのか?」


 真白が驚いたような声をあげた。


「あぁ、鬼役が一人じゃ可哀想だろ?」


 俺は真白にそう告げた。


「自ら悪鬼役を引き受けるなぞ、物好きな奴もいるものだなと思ってはいたが……」

「びっくりした……雪斗、てっきりドMなのかと思った」

「ちげーよ! てか失礼すぎるだろ!」


 白澄とあきらがそんなことを言い出すものだから、俺はすかさずツッコんでしまった。俺は一体どう思われているのだろうか。

 何やら白澄とあきらは明らかに引いている顔をしている。


「えっ、なに雪斗……お前、そんな趣味だったの?」

「だから、違うって……!」


 真白にまでドン引かれてしまった。まったく、真白にまでそう思われたらたまったものではない。俺はため息をついた。


「ジョーダンだって! まぁ、鬼役が俺一人じゃ可哀想だっていうお前なりの優しさなんだろ! サンキュな!」


 真白はそう言ってくれた。まぁ、真白は冗談の通じる奴だし、冗談だと思ってくれたのならいいけど……。


「じゃ、鬼役も決まった事だし、早速はじめますか!」


 あきらがそう言ったことを皮切りに、豆まきが行われることになった。



     *


––––ここは真白の家の裏庭である。真白がどうしても節分の豆まきがしたい、豆まきをする場所は自分の家の庭でやろうと言い出したので、真白の家に集まって今こうして豆まきをしている次第だ。豆まきに必要な豆や、ますなどという道具も一通りスーパーで揃えてきた。


「よーし、じゃあ、いくよ! 鬼は外っ!」


 あきらと白澄が勢いよく俺と真白に豆を投げた。やっぱり、そんなに勢いよくぶつけられると痛い。


「福は内!」


 白澄がそう言って、俺に勢いよく豆をぶつけてきた。なんだ、なんか容赦のない雰囲気を感じる。とてつもない禍々しさだ……殺気のようなものを感じる。


「お前、投げる力強いって……やめろよな」


 俺がそう注意すると、白澄はなぜか不敵な笑みを浮かべていた。


「雪斗……貴様は、まだ分かっていないのか?」

「は? 何が?」


 一体何を言っているんだコイツは。俺が訳も分からず戸惑っていると、急に間合いを詰めてきたので、俺は体勢を崩して尻餅をついてしまった。


「”俺”はな……雪斗。貴様という悪鬼を退治するために、ここにやってきたんだよ」


 なんだ、急に雰囲気が変わったぞ。俺は少し身構える。

 白澄が豆を掴み、じりじりと俺に歩み寄ってくる。


 一体、どうすればいいんだ……⁉︎ どう考えても尋常じゃない禍々しさを白澄は

 放っている。どうにかして打開策を得ないと……。



       *


「そーれっ、鬼は外〜。福は内〜!」


 あきらはゆるやかに豆を投げている。コイツ、本当に俺に豆をぶつける気あんのかよ?


「あはは、真白ってば、それ本気で逃げてる?」


 あきらが俺に聞いてきた。


「逃げてるって。お前だって、本気で豆をぶつけろよ」


 俺はあきらにそう言った。


「大丈夫だよ。これから本気を出すからさ」


 あきらがそう言ったとき、離れたところからドンっと音がした。

 一体なんの音だ……? と音のした方を見やると、そこには尻餅をついている雪斗の姿があった。雪斗の目線の先には白澄がいる。


「雪斗……! あいつ、白澄に嵌められたのか……⁉︎」


 俺はそう叫んだが、どうやら雪斗には届いていないらしい。


「残念だったね。雪斗は、もう助からないよ」


 あきらが、そう不敵に笑って言う。


「ちっ……なにか無ぇのか? 雪斗を助ける方法は……!」

「ムダだよ。君も、俺に豆をぶつけられて終わりさ」


 あきらが、漫画の悪役然とした台詞を吐いた。


「それでも諦めたくねぇよ……! 友達が豆をぶつけられるのを黙って見てるだけなんて……! そんなの許せねぇ!」


 俺は雪斗をじっと見ながら叫ぶ。雪斗と白澄、その二人だけが俺の網膜に焼き付いていた。


「でも残念だね。君は俺に豆をぶつけられて終わりだ」


 ふとあきらの声が背後から聞こえた。なぜだ⁉︎ あきらは俺の目の前にいたはずじゃ……。


 俺が訳がわからずに混乱していると


「ゲームオーバーだ」


 という声が後ろから聞こえ、俺の背中に次々と豆がぶつけられた……。



    *


「頼むっ……。やめてくれ……!」


 俺は必死に白澄に懇願するが、白澄は聞く耳を持たない。


「ふっ……まるで、桃太郎に追い詰められた鬼のようだな……。哀れで、見ていられないぞ」


 白澄の背後に、黒い影が見える気がした。その黒い影が不気味にぐにゃりと笑った気がした。


「ひっ……頼む、豆をぶつけるのだけはやめてくれ!」

「くくく……観念しろ、悪鬼よ。これでしまいだ!」


 白澄は容赦無く俺に豆をぶつけた。



 ––––「させるか!」


 ふとそう声がし、豆をぶつけられる音がした。不思議だ。豆をぶつけられる音はしたのに、俺自身の身体にはなんともない。

 庇ってくれたのか……もしや……


「よっ、雪斗。ギリギリ間に合ったな!」


 目を開けると、真白が俺の目の前にいた。


「貴様……! なぜここに⁉︎ お前は、あきらによって豆をぶつけられたはずだろう⁉︎」


 白澄があきらかに狼狽しているのが窺える。


「あぁ。確かに、豆はぶつけられた。だが、友達を見捨てられるわけないだろ?」


 真白はそう言った。なんかカッコいい気がする。


「くっ……吾輩もここまでか……!」


 白澄がそう言って、ガクンと膝をついた。


「あれ? もう負けを認めるなんて、白澄らしくないじゃん!」


 ふと俺と真白の背後から声がした。そして、間髪入れる間もなく俺の背中に

 何か硬いものが当たった。


「ふっ……負けを認めたわけではない。貴様が来てくれると確信していたのだ」


 白澄はいつの間にか立ち上がり、不気味な笑みを浮かべた。そして、俺には目もくれず、豆を容赦無く真白にぶつけた。


「まっ、真白⁉︎」


 俺は、真白に駆け寄り、必死で真白に呼びかけた……。



      *



「いやぁ〜、今の茶番は最高だったね」


 あきらはそう言って、アハハと笑った。


「ホントにな。気づいたらノせられてたし」


 俺はハァとため息をついた。


「くくく。吾輩の内に封印していた力が解放されていたようだな。すまない」


 どうやら白澄もノリノリのようだ。何やら楽しそうな雰囲気を感じる。


「白澄、お前一人称変わってたよな? なんか『俺』って言ってたし」


 俺は白澄にそう指摘した。


「あぁ、吾輩の内に秘めている人格が出てきてしまったようだ」


 白澄はノリノリだった。『吾輩』と『俺』の一人称を交互に使う奴なんて漫画の

 登場人物以外にいるのかと思っていたが、まさか俺の友人にそんな奴がいたのか。


「よく分からないノリだったよなアレは。気づいたら俺もノリノリだったし。

 あきらがやけにウキウキしてたから、俺もそれに合わせてただけなんだけど」


 真白がそう言って、不思議そうに顎に手を当てた。


「まぁ何はともあれ、楽しかったよね」


 あきらがそう言って微笑んだ。

 まぁ、確かに楽しかったし面白かった。家族では節分の豆まきなんて滅多にしたことなかったから、新鮮だったな。


「さてと。じゃあ、あとやることは……散らばった豆の、掃除だね」


 あきらが地面に散らばった豆を見て、そう言った。


「あぁ……そうだな」


 真白も遠い目をしてそう言った。


「吾輩は、もう住処に帰りたいのだが……」

「そうやってすぐ逃げようとするんじゃねぇよ。お前も今日ここで遊んだからには、

掃除をするのが筋だろ?」


 俺はこそこそ逃げようとする白澄を捕まえて、ピシャリとそう言った。


「う……すまない」


 白澄は叱られた子犬のようにしょぼくれた。


「まぁ、みんなで頑張れば終わるって! 一緒に頑張ろう!」


 あきらがしょぼくれている白澄を見てそう元気づけた。

あきらはなんというか……人を元気づけるのが上手いな。


 そう思いながら、俺は散らばった豆をひたすら片付けた。


 気づくと、庭にはもう夕陽が差し込んでいた。





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