晶の実力

「よし、やってやれあきら!」


 俺はレースゲームの画面に向かって座ったあきらに向かってそう言った。


 あきらは、どうやらぎこちない表情をしている。しかし、ぎこちないながらも、しっかりとハンドルを握っている。


「ガキがカーレースで遊んでるみてぇだな。ははっ」


 背の低い方の、ユウがそう言った。

 俺はその言動にイライラしたが、ぐっとこらえた。


「あんな奴らの声なんかに負けずに、あきらあきららしくやればいいんだ」


 俺はあきらにそうエールを送った。


「うん……俺、頑張るよ!」


 そう自分を信じるように強く、あきらは言い、ハンドルを握り直した。


「負けるなよ、ツバキ!」


 ユウもそう言っているようだが、正直負け犬の遠吠えにしかならないのではないか、と思う。


「へっ、負けるわけねぇだろ」


 何やらツバキは結構自信満々なようだ。指をポキポキと鳴らしている。


「準備できたか二人とも?」


 ユウがそう、ツバキとあきらに確認した。


「あぁ、できたぜ」

「あ、はい!」


 二人とも、どうやら準備はできているようだ。ハンドルをしっかり握っていて、

お互いの画面にはスタートラインが表示されている。


『よーい……スタート!』


 画面にそう表示された瞬間、二人とも一斉に車を走らせた。


「初速、はやっ!」


 思わずそう口に出してしまった。ツバキの方が、走り始める時のスピードが

段違いで速い。


「これにはちょっとコツがいるんだ。スタートって表示された瞬間に、

アクセルボタンを連打すればできる。俺もそうすれば良かったんだけど……

ぬかったな」


 あきらが親切にそう解説してくれたが、正直ツバキとの差がすでに大きく

開いている。


「ご丁寧に解説してる暇はあんのかよ⁉︎ 俺との差が開いちゃってますけどぉ?」


 ツバキがそうあきらを小馬鹿にしている。ツバキはどんなもんなのかと

チラッと画面を覗くと、どうやらもう二周目に差し掛かりそうだった。

このレースは三周するとフィニッシュだから、もうそろそろやばい。


「あれれ、だいじょうぶ〜? 小動物クン?」

「お前、その呼び方はやめてやれよ〜……って、あぶね! カーブし損ねる

かと思った!」


 ツバキとユウの二人があきらをおちょくってきた。ツバキの方は、よく

人を煽る余裕があるよなって思ったが、どうやら危うくカーブし損ねて、壁に

ぶつかりそうになって、ブレーキをかけていた。

……あのまま壁にぶつかってしまえば良かったのに。

 壁にぶつかるとダメージが入って、コースに戻るまでに多少の時間がかかる。

なんとかして壁にぶつかって欲しいな……。


「……このコース、やけにカーブが多いな。特に、ゴール周辺がやたら

カーブ多いし、気をつけねぇと……」


 ツバキは、壁にぶつかることが怖いのか、やけに慎重にカーブを曲がり始めた。まるで初心者マークをつけた車がゆっくりカーブを曲がるときのそれだ。

その間に、あきらはジリジリとツバキとの差を縮めている。


「まぁ、ツバキなら余裕だろ! それにしても見ろよツバキ! めっちゃ遅れてるぞ

小動物のやつ! やばすぎるだろ」


 ユウがそう言って、あきらのことを笑った。……ついにあきらのことを小動物呼びしている。ナメるんじゃねぇよと言ってやりたかったが、ぐっとこらえた。

 笑われたにもかかわらず、あきらは一向に動じていない。淡々と、コースを走っている。

 まぁ、こいつが本気を出すのは、ここからだからな。


 ユウの笑い声が聞こえたかのように、あきらの画面に映っている車が、急にスピードをあげた。

 先ほどまでは、標準速度でハンドルを握っていたが、明らかにギアが上がっている。


「なっ……こいつ、さっきとは速度が違ってやがる! なんでだ⁉︎」


 ユウがそう言ってビビり、ツバキも狼狽してちょっとスピードを緩めた。

その隙に、あきらがツバキの車体をグンと追い越した。

 あきらの画面では、ツバキだろうと思われる車体を、あきらの車体が

追い越しているのが見えたので、そう確信した。


「えっ……今のって、コイツの⁉︎」

「ツバキ、何してんだよ! さっさと追い越せ!」


 狼狽を隠せていない二人を気にもとめずに、あきらはどんどん加速していく。


「チッ……負けねぇよ!」


 ツバキも負けじと、グンっと加速した。……普通にゲームしてるだけなのに、熱気が凄いな。本物のカーレースを見ているみたいだ。


「よし、このまま狼狽えたままでいてくれればいいけど……問題は、相手の車の方がペースが早いことなんだよな。俺は周回遅れだし……。でも、このコースなら自信あるし、きっと大丈夫だ!」


 あきらは何やらブツブツ言い、一気に加速し、二周目に突入した。


「負けてらんねぇよ……って、うわぁっ⁉︎」


 闘争心を燃やしているツバキの車体が、どうやらドンっと壁にぶつかってしまった。

あきらに追い越され狼狽していたのか、チラチラとよそ見をしていたことが

原因なのかは分からないが、俺は心の中でガッツポーズをした。


「ツバキ、何してんだよ! って、もうアイツ、いつの間にか二周目に突入してるぞ⁉︎ 早くしないとアイツが勝っちまうって!」

「わかってるっての! 頼むから静かにしててくれよ!」


 ユウが焦り、ツバキはユウを黙らせようと必死だった。

まぁ、友達に急かされると焦るよなぁ。

 ……口喧嘩している暇はあるのか? 俺は心の中でそうほくそ笑んだ。


 あきらの画面を見てみると、二周目のコースを走っている様だった。先ほどまで走っていたコースの景色が、また画面外に流れていく。


 チラリとツバキの画面を見てみる。ツバキの車体は、なんとかコース内に戻ろうと、必死に車をバックさせているところだった。まだそんなことやってるのか。


 ユウの罵声と、ツバキの焦っている声が聞こえる。


あきら。あいつらはまだ、二周目に入れていない。まだ車をバックさせるのに苦戦しているみたいだ」


 俺は、そっとあきらに耳打ちした。それを聞いたあきらは、「いける」と小声で言い、さらにアクセルを加速させた。 


「おい、あいつ、もう二周目の中盤に差し掛かってるぞ! ツバキ、早く追い越せ!」

「あーもう、少しは黙っててくれよ!」


 ツバキとユウがそう言い合っている。ツバキの画面を見てみると、ようやくコースに戻って、二周目に戻っているところだった。


「今からならまだ巻き返せるか……?」


 ツバキはそう呟き、グンとアクセルを加速させた。


「へへっ、ようやくコースに戻ってきたみたいだね。でも、もう追い越すことは不可能かもよ?」


 あきらは何やら得意になっている様子だ。もうすぐ、カーブの多いゴール周辺まで車を走らせている。


「ここはカーブ多いし、気をつけないと……」


 そう小声で言いながらも、手慣れているようにカーブを曲がっていく。


「くっ……あいつ、調子に乗りやがって!」


 ツバキはそう焦って言い、さらに車を加速した。俺はツバキの画面を見る。

そんなに車を加速させてもいいのか? この先は––––


「あッ⁉︎」


 ツバキが素っ頓狂な声を上げた直後、ツバキの車体がまたもや壁にぶつかってしまった。


「チッ、車を二回もぶつけてどうすんだよ」


 さっきまでツバキを応援していたユウも、徐々にツバキに対して悪態をつくようになってきた。


「うるせぇな! いいから黙れってさっきから言ってんだろうがッ!」


 そうツバキが大声を出した。ゲームを買いに来ていた周りのお客さんも、流石にザワザワとこちらを見始めた。


「なんだ……?」

「怖……ケンカ?」


 そのうちに、いつの間にかあきらはコースの三周目に突入していた。


「よしっ! コース三周目突入!」


 あきらは喜びのあまりそう口に出していた。


「な、なんとかして走らないと……だ、大丈夫だ……まだ時間はあるはず……」


 ツバキはそう震え声で言いながら、車を走らせた。


「なにあの人の運転の仕方……?」

「なんか、下手じゃね?」

「それな〜。それに比べると、左のあの子の方がダントツで上手だよね」


 周りのお客さんも、あきらとツバキのカーレースの様子が気になる様だ。

だんだん、こっちに集まってきている。


「すごい、あの小さい方の子、難しいカーブの部分をなんなくクリアしてるよ」


 観客の一人がそう言ったので、俺はハッとしてあきらの画面を見た。

すると、あきらはもうあっという間に三周目の終盤に差し掛かっていた。


「うわ〜! すごい! このコース、ゴール近くにはカーブが密集してるから、

難しいのに、難なくクリアしてるね。一体何者?」

「これで素人なわけないって。流石に、プロすぎるだろ……」


 観客たちは、ずっとあきらの画面を見ている。


 あっという間にあきらは、ゴールの白黒模様を踏み、あきらの画面には金色で『WIN』の文字が表示された。それと同時に、見ていた観客からは拍手が沸き起こった。俺も、賞賛の意を込めて、拍手をした。


 と、同時に、ツバキの画面には紫色で『LOSE』の文字が表示された。

途端に、ガタリと音を立てて勢いよくツバキは立ち上がった。


 自分が見下していた相手にズタボロに負けたことによって、さぞプライドと羞恥心は粉々にされただろう。


「チッ……次会った時は、覚えてろよ!」


 という捨身のセリフを吐き、行ってしまった。


「あっ、待てよおい! ツバキ!」


 ユウは、そう情けなくツバキを追っていった。


「良かったな、あきら! すごいじゃないか!」


 俺はそうあきらを褒めた。


「あんな奴らに実力で勝つなんて、凄いよ!」

「そ、そんなに褒めてくれなくてもいいよ。でも……あいつらに勝てたのは、正直

スカッとしたかな!」


 あきらも照れくさいながらも、そう正直に自分の心の内を話してくれた。


「よし、じゃあハムスターのお世話をするゲームを買おう!」


 そう元気よくあきらが言った。


 そうだ、あまりにゲームが白熱していたのでつい忘れてしまっていたが、このカーレースゲームをやった目的は、ハムスターの世話をするゲームを買うためだった。


 俺はそのことをハッと思い出し、あきらと一緒に目当てのゲームが売っているコーナーまで戻った。


 ––––幸いなことに、ハムスターの世話をするゲームは、まだ誰にも買われていなかった。

アイツらも、大人しく帰ってくれたみたいだ。


 あきらは最後の一個を手に取り、意気揚々とレジに向かった。


「今日は付き合ってくれてありがとうね、雪斗!」


 あきらはニコニコした笑顔で俺に礼を言った。手には、先ほど買ったばかりのゲームが握られている。


「あぁ。こっちこそ、あきらの実力が見られて良かったよ。あと、実力で

アイツらを捩じ伏せる姿とか、すげぇカッコ良かったぞ!」


 俺も、あきらにそう言った。

実際、自分の実力で大学生二人を黙らせるあきらはか弱い小動物ではなく、

雄々しいライオンのようだった。


「そうだ! 今日のこと、真白たちにも話してやろうぜ。きっと、びっくりするぞ」

「うん! 楽しみだな〜」


 俺とあきらは、店を出て、歩きながらそう話し合った。


 夕焼けが、俺たちをオレンジ色に染め上げていた。









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